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蛇の目/requiem  作者: ふゆはる


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12/21

第12話/アーティストプロファイル

 静まり返った科警研第二課の会議室には、低く一定の駆動音だけが響いていた。

 蛇の目が冷徹な演算を続けると、壁一面の大型ディスプレイに大量の数値と映像、構造線、相関図が一斉に投影される。遺体の姿勢、エンバーミングの痕跡、装飾の配置、現場の地理情報――そのすべてが、まるで一枚の巨大なキャンバスのように連なっていく。

「……始めます」

 無機質な女性の声が、天井のスピーカーから淡々と響いた。

 それはKAZUHAコア――蛇の目の声だった。

「現時点における“遺体の飾り付け”の意味、及び行動様式の解析結果を提示します」

 秋山慎一郎は腕を組み、目を細めながらディスプレイに視線を固定した。

 片瀬梓は端末を膝に抱え、震える指でメモをとる。

 渡辺直樹は座っていながらも、いつでも立ち上がれそうな緊張を全身に漲らせている。

 そして吉羽恵美は、蛇の目の解析が次に何を突きつけてくるのか、息を止めて見守っていた。

 蛇の目の声が、一切の抑揚なく続く。

「第一に――美的保存の衝動。

 犯人は死を“終わり”ではなく、“凍結された生”と見なしています。エンバーミング処理の施し方は高度かつ手慣れており、単なる死体処理ではありません。腐敗の否定は、時間の否定。すなわち、生の瞬間を永遠化するための技術として選択されている可能性が高いです。」

 恵美は小さく眉を寄せた。「……まるで、死を芸術品として保存するみたいに。」

「第二に――支配の証明。

 遺体は“モノ”ではなく、犯人の世界観の中で“従属する存在”として配置されています。姿勢、表情、眼球処理、装飾の仕方に一貫性があり、それは犯人が被害者の肉体を完全に支配し、自分の思うままに造形していることを意味します。彼にとって、死体は彫刻であり、言葉を持たないキャンバスです。」

「……支配の象徴ってわけか。」渡辺が低く唸る。「生きてるうちじゃ従わせられなかった奴を、死んでから完全に支配する……最低のやり口だ。」

「第三に――生者へのメッセージ性。

 遺体は隠されるために処理されているわけではありません。むしろ“発見される”ことが前提です。外見・服装・姿勢には明確な“見せる意図”が認められます。遺体はただの死体ではなく、犯人の言語、メッセージ、声明です。」

 片瀬が顔を上げた。「……発見されることが、完成形……?」

「肯定。遺体は展示物です。次に――」

 蛇の目の声が冷たく空気を切り裂いた。

「第四に――記憶の固定と儀式化。

 犯人は殺害から処理、配置に至るまでを“儀式”として遂行しています。死体処理そのものが祈りであり、創作であり、回帰でもあります。この行為の中心にあるのは“不変性”への執着です。人間は朽ちる。だが彼の作品は朽ちない。その対比が、犯人にとっての宗教的美学を形成しています。」

 恵美は喉がひりつくような感覚を覚えた。

 エンバーミング――あの異様な処理の正体が、ただの猟奇ではなく、「信仰」に近いものだったというのか。

「第五に――観測者への依存。

 遺体は必ず人目に触れる形で発見されています。つまり犯人は、観測者を必要としている。報道、科警研、社会――それらすべてが彼にとっての“観客”であり、恐怖と注視こそが彼の作品の仕上げです。」

「……見せたいってことか。」渡辺が呟いた。「見せびらかしたいんだよ、俺たちにも、世間にも。」

「第六に――幾何学的構成力の存在。

 被害者の配置、方角、距離、空間構成を解析した結果、黄金比・対称構造・三点配置といった芸術的構成要素が確認されました。偶然ではありません。犯人は芸術的センス、または空間認識能力に優れています。」

「芸術家気取りの殺人鬼ってわけか……」片瀬が吐き捨てる。

「第七に――死の美学的再構築。

 犯人にとって死は汚れではなく、清浄であり、静謐です。生を排除し、肉体を清め、装飾し、保存することで“完全な美”を作り上げる。死を穢れではなく、神聖視している可能性があります。」

「まるで、死が完成形って言ってるようなもんだな……」秋山慎一郎が低く言った。

 恵美は思わず拳を握った。「つまり……殺すこと自体が目的じゃない。死体を“創る”ことが目的なんだ。」

「肯定。犯人は殺人者であると同時に、創作者であり、観測を渇望する存在です。発見され、語られ、恐れられることで自己を確立しています。」

 沈黙が落ちた。

 蛇の目が語った冷徹な羅列は、まるで犯人の思考をそのまま言葉にしたようだった。

 科警研第二課の面々の胸に、静かに重いものが沈殿していく。

 恵美がゆっくりと息を吐く。「……つまり、この犯人は“見てもらう”ために殺してる。自分の作品を、この世界に刻みつけるために。」

「そのためにエンバーミングをして、腐敗も風化も許さない。死を永遠の形にして、誰かに見せつける。……完全に狂ってるな」渡辺が机に拳を打ちつけた。

 片瀬が端末を閉じる。「私たちは“証拠”を見てた。でも……“意味”を見ようとしてなかった。犯人の視点で考えるって、こういうことなのね。」

 秋山は深く息を吸い、まっすぐモニターを見つめた。「蛇の目。犯人の次の行動パターンを予測しろ。観測されることを望むなら、次も“見つけやすい場所”に飾るはずだ。」

 蛇の目の声がすぐに返る。

「了解。過去の空間配置データから予測モデルを構築中。犯人は演出を好むため、次の配置も視覚的インパクトの強い場所になると推定されます。」

 恵美はその声を聞きながら、唇を固く結んだ。

「――もう逃さない。あいつの“作品”が完成する前に、終わらせる。」

 秋山は静かに頷き、蛇の目の光に照らされた恵美の横顔を見つめた。

 死を美と信じる狂気と、それを追い詰める人間たち――その均衡は、今、きしむように崩れ始めていた。

 冷たい機械音と、人間の熱。

 それが、この部屋のすべてだった。

 ――そして、次の“展示”が、もう間近に迫っている。


 1)犯人の「技能・リソース」に基づく行動圏(安全圏)

 結論(要旨):犯人は「生理学的処置」「薬剤調合」「衛生管理」に熟練している可能性が高く、それゆえ市街地の表層ではなく、郊外〜地方の“人目の少ない屋内空間”を安全圏にしている。具体的な拠点候補は以下。

 安全圏候補 A — 非稼働の小規模倉庫/工房/民家の離れ(S)

 根拠:エンバーミング処置のために換気・薬液保管・作業台が必要。既存の「小部屋」を使い慣れている痕跡。外観上は廃屋・倉庫に見える場所を利用している可能性高。

 安全圏候補 B — 小規模な葬祭関係か医療関連の裏ルート(M)

 根拠:処置技術が専門的。葬祭業者や解剖補助経験があるか、元業者・医療従事者の関与の可能性。だが完全なプロではなく“独自調合”の形跡がある(既存業者の手法とは異なるため確度は中)。

 安全圏候補 C — 山間部の別荘・貸別荘/長期空き家(M)

 根拠:アクセスが限定される一軒家や別荘を期間限定で占有している可能性。監視の届かない場所が好み。

 行動圏(移動距離):

 犯行半径は居住拠点から車で概ね1〜2時間圏内に分布(遺体発見地点の分布から推定)。遠隔地で散発的に配置することで捜査を撹乱している。確度:M

 備考(痕跡的根拠):

 エンバーミングの品質が安定している→作業環境・器具が揃っている可能性。

 遺体を「展示可能状態」に保つための薬剤調合の痕跡→保管資材(容器、乾燥剤、密閉設備)を持つ場所が安全拠点。

 2)次の被害者プロファイル — 犯行選定基準と確度

 結論(概略):犯人は外見的「装飾性」を重視する。被害者は「特定の見た目・趣味性(SNSや通販で同モデルのカラーコンタクトを購入している)」か、あるいは犯人が“飾り付けたときに映える”人物を好む。以下が具体的プロファイルとその理由。

 A. 表層プロファイル(高確度:S)

 年齢層:20代〜30代の成人(外見的に“若め”を重視)

 根拠:現被害者群の年齢レンジとファッション系コンタクトの利用傾向。

 性別:女性比率が高い(現状の被害者データより)だが男女どちらも対象になり得る(M)。

 根拠:化粧やファッションで“視覚的演出”が映えやすい点を犯人が選好。

 外見的特徴:カラーコンタクト装着歴・ファッション系SNS投稿(コスプレ、ヴィジュアル系、インフルエンサー的写真を投稿するアカウント)

 根拠:複数被害者が同型コンタクト購入履歴、SNS上の活動が示唆されている。

 生活パターン:ネット通販や匿名転送を利用するユーザー(個人輸入や通販サイトの利用履歴が追える)

 根拠:蛇の目が特定通販サイトの履歴を突き止めた点。

 B. 行動的・心理的プロファイル(中確度:M)

 社会的孤立寄り/夜間に行動する職種の可能性(アルバイト・夜間勤務等)→発見タイミングや生活パターンを利用しやすい。

 被害者が犯人と直接的な交友関係を持つ可能性は低〜中:現状痕跡はネット接点(同一通販)を示唆。完全な面識犯とは限らない。

 C. 「選定基準」まとめ(確度総合)

 被害者は「視覚的に演出したときに完成度が高い」人間を犯人が選ぶ確度が高い(S)。

 犯人は過去の被害者データから“共通する外見/購買履歴”を抽出し、次を選定する可能性が高い(M〜S)。

 3)犯人像(強化されたプロファイル)

 主要特徴(確度):

 専門的技能(S〜M)

 解剖補助・葬祭関連・医療/薬学系知識、もしくは独学で高度な防腐処理法を習得している。

 根拠:処置の均質性と特殊薬剤の使用(ホルマリン不使用の自調合)。

 審美的・演出志向(自己顕示)(S)

 作品化したがる傾向。発見されることを前提にした配置を好む。

 根拠:幾何学的構成要素・左右対称性・黄金比の反復。

 計画性・冷静さ(S)

 計画的に死角を選び、痕跡を残すことで「メッセージ」を残す。捜査の視線を読んでいる節がある。

 根拠:遺体の保存状態と複数現場の分散配置。

 ネット/通販を利用する現代的接点の活用(M〜S)

 カラーコンタクトの調達・被害者選定にネットルートを使う。匿名転送等を活用し足跡を隠蔽。

 根拠:購入履歴と転送拠点の共通点が蛇の目で確認済み。

 年齢・社会的立ち位置(M)

 日常では目立たない(平凡・控えめ)人物像だが、私的空間では極端な自己表現欲と支配欲を発揮する。仕事は安定した職種の可能性(例:パートタイム医療補助、技術職、小規模業者など)。

 根拠:作業の手際良さと長時間の“作業保持”が必要な点から、一定の自由時間と作業場確保が可能であること。

 4)「次の行動(犯行)」予測モデルと優先確度

(A)短期予測(72時間〜1週間)

 犯人は視覚的インパクトが高い公共性のある場所を好む(例:小規模だが開けた公園脇、古い祠・霊園の入口近く、廃屋の扉前など)。発見されやすいが「演出しやすい」場所を選択する確度:M〜S。

 時刻帯:早朝〜未明(人目が最も少なく、発見タイミングを演出しやすい)。確度:M

(B)中期予測(1週間〜1ヶ月)

 犯人は「同一ロットのコンタクトを購入した利用者グループ」から次の被害者を選定する可能性があり、通販履歴上にある匿名転送拠点周辺での警戒を強めるべき(確度:M〜S)。

(C)長期予測(1ヶ月以降)

 犯人は作品の“シリーズ化”を志向するため、被害者像に一定の統一性(年齢層、着衣ジャンル、瞳色)を持たせる可能性が高い(確度:M)。

 また、犯人が「展示」に満足するために、報道露出や検証に時間差で反応する可能性(犯行の間隔調整)あり。

 5)捜査上の示唆(優先順位付き・確度つき)

 ※以下は捜査支援のための示唆であり、実行は法的手続きを踏むこと。

 コンタクト流通の重点監視(高:S)

 指定メーカー・型番(解析で特定済)の販売店・通販業者・匿名転送拠点・コンビニ受取履歴を逆引きして、複数被害者に共通する受取拠点を洗う。法人・個人の購入履歴を法令に基づいて提出させる。

 確度:S(最も直接的な手掛かり)

 配送経路・転送拠点の監視(高:S)

 解析で浮かんだ転送拠点3件を重点監視。特に、昼夜の出入り、固定滞在者、借用車の使用歴を調べる。

 確度:S

 安全圏候補(倉庫・別荘・貸家)の家宅捜索協議(中〜高:M〜S)

 既知の空き家リスト、貸倉庫契約履歴、長期賃借記録を突合。可能性高の拠点に対する令状取得のための証拠固めを優先。

 確度:M〜S

 被害者のSNS・通販行動のクロスチェック(中:M)

 共通のコミュニティ、フォロー先、DMの送受信履歴などから犯人と被害者の接点がないかを確認。匿名性を利用しているケースがあるためデジタル導線の洗い出しを強化。

 確度:M

 葬祭業・医療系関係者のヒアリング(中:M)

 特殊薬剤の入手経路、過去に同種の処理に関与した人物の洗い出し。退職者・トラブル履歴の照合。

 確度:M

 現場優先の視覚インパクト地点へのパトロール強化(短期:M)

 蛇の目の空間配置モデルに基づき、発見されやすいが演出的に映える場所を重点巡回。目撃通報ラインの強化。

 確度:M

 6)リスクと犯人の「心理的脆弱点」仮説(逮捕に繋がる要素)

 自己顕示欲の強さ:犯人は“観測されること”を欲しているため、捜査側が示す注視(メディア露出・捜査のプレゼンス)に刺激されて誤算を起こす可能性が高い(確度:M〜S)。

 作業負荷/時間コスト:エンバーミング作業は時間と物的準備を要する。長期の精神的負荷や物資補給のタイミングでミス(不用意な購入・受取)が生じ得る(確度:M)。

 物流の欠陥:匿名転送の多段経路は「便利」である一方、複数の拠点を跨ぐと必ず“綻び”が出る。ここを突くことが有効(確度:S)。

 7)推奨する短期的実務アクション(捜査向け)

(優先度高→低)

 法的手続きを踏んで、該当カラコンの購買者情報(受取拠点、IP、決済情報)を全件取得。重点転送拠点の出入記録を押さえる。

 受取拠点周辺の定点観測(CCTVの再解析、出入者の特定)。購入者リストと照合することで「複数被害者と同じ拠点」を特定する。

 倉庫・空き家の契約データを電子的に突合し、長期占有の不審契約を洗い出す。

 被害者のSNS・通販行動を詳細突合し、**共通接点(フォロー先、コミュニティ)**を抽出する。

 媒体向けの情報コントロールを行い、犯人の「観測欲」を逆手にとる(捜査上の誘導情報を限定的に流す検討)。ただし広報は慎重に。

(注:具体的捜査手段の実行は法令順守と上長承認を前提としてください)

 8)最終総括(蛇の目の一言)

 蛇の目:本件犯人は「殺す」行為自体を最終目的としていない。彼にとっての犯行は「創作」であり、「観測者に示すための儀式」である。したがって、犯人の“供給線(コンタクト等)”と“作業拠点”を断ち、観測の欲求を満たさせない(=公開・展示のルートを封鎖する)ことが最も効果的です。

 私は既に候補拠点と配送経路の重ね合わせを始めています。優先度のあるデータ出力を行うため、続けて詳細照合を行い、最短で「具体的な個人名候補」を提示します(確度評価を伴う)。

(解析終了音。部屋に沈黙が戻る。メンバーは無言でモニターを見つめる)

 吉羽(小声):「……逃がさない。次は、必ず。」

 秋山(静かに):「蛇の目の解析を基に、司法・捜査手続きで動く。まずは流通と転送拠点の情報取得を急げ。」

 渡辺(拳を握り):「俺は現場を回る。目立つ場所を重点的に。奴の“見せたい”欲求を逆手に取る。」

 片瀬(端末を操作しながら):「必要なデータは全部出します。蛇の目と連携して、購買履歴と受取記録を早急に突合。」

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