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希望に満ちた推測にすぎないけれど

チェキは1年前と何も変わらない。茶色の長い髪も、すらっと長い脚も、端正で整った顔も変わらない。老いることのないコアである彼が劇的に変化することはないし、そもそも1年しか経ってないのだから、冷静に考えれば当然のことだと気付く。

それでも私にとってこの1年は長く感じたし、これまで以上に走り回った1年だった。私の方は一気に老いてしまったのではないかと不安になる。


「お久しぶりですね。カオル様」


丁寧な物腰も話し方も、相変わらずだ。おそらく彼もリヒトの見舞いに来たのだろう。


「久しぶり。チェキ」

「お見舞いの帰りですか?」

「えぇ。そうよ」


チェキは右腕につけた簡素な腕時計に視線を向けて、少し思案してから思わぬことを口にした。


「少しお話しませんか?」


私には断る理由がない。目を丸くしたまま小さく頷いた。


彼が案内したのは病院から歩いて3分くらいのところにある、古びた喫茶店だった。赤い看板には白い文字でヒナタと書かれている。

私達はホットコーヒーを2つ頼んで、向かい合わせに座った。客は私達以外誰もいなかった。


「あれから1年が経ちましたね」

「そうね」

「お元気でしたか?」


私は頷く。忙しい警察官としての業務に戻り、相変わらず勃発する邪悪な夜会に走り回る毎日だ。以前となんら変わることがない生活ではあるが、あの頃と異なるのは世界が諦観せずに夜会に立ち向かおうとしていることだ。あの調査のような捜査ではなく、原因を追究し撲滅するという、警察本来の捜査ができるようになった。


「チェキは?」

「はい。元気です。とはいうものの、あまり表立って行動することは控えています。私の顔はリヒト様同様、有名ですからね」

「そうね。その方がいい」


コアであることを隠すことは不可能だ。既に彼は屋代タケシの演説の際、テレビを通して国民に顔を見られている。


「でも、私は今幸せです」


彼にとってリヒトは全てだった。その彼が今、まだこの世界に存在していることは彼にとってこの上ない幸福に違いないだろう。チェキが噛み締めるようにして幸福を味わっているのが見ていても分かった。


「あの時、青い月が粉々にならなければ、リヒト様は消えていた」


彼はポケットから小さな小瓶を取り出した。そこには未だ青く光り輝く数粒の砂が入っている。


「青い月が星だけを飲み込んで、リヒトを救ったなんて信じられないわ」


しかし、結果的にはそうなる。あの時、確かに青い月はリヒトの身体を貫き、消し去るはずだった。でも刀はそうする前に、粉々に砕け、世界中に飛び散って消えた。もう星の気配は存在しないが、しかしリヒトはあのベッドで眠り続けている。リヒトだけが生かされたのだ。


「そうですね。確かに信じ難いことです」


あの日、チェキはビルの上で空から降る青き月のカケラを眺めていた。息を呑むほどの美しさで、思わず見惚れた。


「星の食らった膨大な生命を食いきれずに壊れてしまったと考えることもできますが」

「?」

「私は異なる推測を抱いている」


チェキは穏やかに微笑んだ。いつも何かを案じ、暗い表情を浮かべていた彼の見せた笑顔に私は癒された。


「青い月がナオトの願いを叶えた。リヒト様を失いたくないというナオトの強い思いが聞き届けられたのではないかと思うのです」


私はその希望に満ちた予想を笑い飛ばすつもりはない。そのようなファンタジーはこの世界に満ち溢れている。


「そうね。そうだと思う」


私はロンドンの燃えた蔦の館で、夜明けと語った時のことを思い出す。獰猛で非情だと思っていた彼は、もっと落ち着いていてナオトのことを大切に思っていた。彼らは固い絆で結ばれていた。

夜明けはナオトのために、リヒトを救った。彼を食い潰す前に、自らこの世を去ったのではないか。


「リヒト様はこのまま目覚めないかもしれませんが、私は待ってみようと思います」

「うん。私も待っているわ。そして、彼女も」


私は胸を押さえる。そこには目を閉じ眠っている「彼女」の姿がある。リヒトと同様にただ時が過ぎるのを待ち続けている。


「これからなんだよ。何も知らなかった世界が歩みだすのは」


私がそう言うと、チェキは強く頷いた。そして「そうですね」と言って、テーブルの上で輝く小瓶を見つめた。


「私には世界を見守るという役割があります」

「リヒトが命じたの?」

「はい。それはノエルの願いでもあるのです」


私は既にノエルがチェキと再蝕したことを知っていた。忍海の1人が、ノエルとの再蝕を依頼するためにチェキと接触したことを教えてくれたのだ。全ては再構築を防ぐため。大勢の命と強制的に融合する道ではなく、誰かの一部となる道を選んだ。私の父・滝島ハルキと同様に。


「世界が誤った方向に向かうなら、私がそれを止めましょう。もう私は自由だから」


彼はそう言って、コーヒーを口に運んだ。


「だから、貴方は安心して生きてください。仕事に振り回されすぎない程度に」


そう言って微笑む青年の姿を見て、私はようやくハッピーエンドに辿り着いたことを確信し、安堵した。




次が最終話です。もしよろしければ、感想をいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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