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秘密

病室は最上階の一番奥の角部屋だった。こうして離れた部屋に向かっていると、昔尋問をかけられた会議室を思い出す。あの時は思わぬ疑惑をかけられ、どうなるものかと思ったなぁと今なら懐かしささえ湧いてきた。私が全ての命を守る闘いを見据え、今こうして元通りの生活ができているのは他でもない忍海達のお陰だ。


「ここよ」


私はゆっくりと病室を開ける。真っ白な清潔感のある小部屋の窓際にベッドがあって、そこには美しい青年が眠っている。


「彼は?」


私は窓際に置かれてある粗末な花瓶に水を入れた。


「彼があの日助かった私の友人なの」


私は花瓶を桟に置いて、そこに持ってきた花を生ける。そういうセンスがないなりに頑張ったつもりだ。


「この人…私知ってるような気がします」

「そう……」


知らないわけがない。あんなに日本中を騒がしたのだから。


「彼、確かコアの……」

「よく覚えてたわね」


そこで眠っている桐谷リヒトは1年前の星が振ったあの日からずっと眠り続けている。


あの日、地下基地になだれ込んできた洪水に飲み込まれ、私達は死んだと思った。でも生きていた。目覚めると青い光に包まれていて私とナオトは湖の岸辺に打ち上げられていた。

そして驚いたことに、少し離れた所にリヒトの姿があった。妖刀・夜明けに飲み込まれたはずが、何故かそのままの姿でスヤスヤと眠り続けていた。


星が消えてから世界は混沌に包まれた。世界各国から責任を追及された日本は、コアを擁立した屋代タケシを法で裁き、コア襲撃による被害の復旧を全面的に行うことで新しい道を歩み始めた。さらに被害者に対し、巨額の補償金を支払い、謝罪を繰り返した。たったそれだけの処置で済んだのも、各国に潜んだ忍海のお陰なのだろう。まるで奇跡に近い。


今では少しずつ夜会と命蝕の関係性をマスコミを通して公表していた。夜会という命の喪失が命蝕を促進させると言うこと、そしてそれをコアが扇動していたことを日本政府が発表して以来、コアは完全に悪者となった。結局、命蝕の責任を全てコアに押し付けることになってしまった。

当時彼らを率いていたリヒトに対して、夏川シオリが憎悪を抱くのも無理はないだろう。


「彼は星が降った日から眠り続けている。私は彼が目覚めるのを待っている」

「彼は全てを引き起こした張本人じゃないですか……なんでこんな所に……」


夏川は動揺していた。目玉をぐりぐり動かしながら声を荒げた。


「アレは彼が起こしたことじゃない。むしろ彼は一人で闘っていたの。それをこの国は知った。世界も知った。だから彼はここにいる」


リヒトが眠るこの部屋は国に用意された。精密に検査され脳内に異常はないことが分かったが、目覚める様子は今のところないと言われている。


「滝島さんの秘密ってこれですか」

「私は隠す気はないわよ。少なくとも貴女には」


私はベッドで眠り続けるリヒトを見下ろす。彼の星を止める壮大な計画は無事に幕を閉じた。しかし彼が生き延びてここに未だ存在していることは計画外だっただろうな、と私は心の中で思う。


困惑している夏川は意外と従順だった。私に熱い視線を向けたまま、なんとか彼を受け入れる体勢を調えているように見えた。


「夜会を起こすのはコアじゃない。恐怖と自己愛に支配されたヒトよ」


私は自分に言い聞かすように呟いた。夏川が小さく頷いたのは見間違いではないはずだ。

風が窓を通り抜け、私の頬を撫でる。あれ?窓を開けたかな。そんなことを考えていると夏川がリヒトのめくれた布団を直し始めた。


「分かってます。今、世界中に蔓延る夜会はここで眠る彼のせいではない。夜会を起こすのは恐怖に囚われ自制心を失った人間達です」


私達はそれから多くを語ることなく1時間ほど病室で過ごし、病室を後にした。病院を出るまで一言も会話を交わさず、2人は終始無言だった。


「ごめんね。驚いたでしょ」


病院の入り口の自動ドアが開くと同時に私は声をかけた。できるだけ湿っぽくならないように注意したつもりだ。一方で彼女は乾ききった空のような表情だった。


「はい。でも」

「?」

「彼を眺めていると声が聞こえました」


彼女は空を見ながら、さらに続けた。


「私達は世界をもっと知らないといけない。世界の秘めた真実を知って歩き出さないといけないって。失ったものを嘆くだけじゃ、どうにもならないって」


それが事実なのかどうかはさておき、私は貴女にも聞こえたか、と言いたくなった。けれどそれ以上言わない方がいいだろう。リヒトが今何を思い、何を語ろうとしているのかは誰にも分からない。


「じゃあ、私帰ります」

「え、送るわよ」

「いや、ここから歩いて5分くらいのところなので」


夏川シオリは丁寧に頭を下げて、背を向けた。少しだけヒヨッコの背中が広く頼もしいものに見えたのは気のせいだろうか。しゃんと背筋を真っ直ぐにして歩き出す彼女の姿に私は微笑み、息を吐いた。

私も駐車場に向かって歩き出そうとした時、「カオル様」と名を呼ぶ声がした。


そこにはグレーのスーツを着た、微笑むチェキの姿があった。


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