1年後
私は夜会の現場に来ていた。黒い悪魔が居座るように、焦げた瓦礫は重苦しさと窮屈さに満ち溢れている。
「滝島さん」
私に駆け寄ってきた若い女性は私より4歳年下のヒヨッ子刑事だ。
「随分探しましたよ。勝手にヒョイヒョイ行かないで下さいよ」
「貴方が遅いからよ」
私がピシャリと言うと、彼女はむくれた。まるで幼い少女を相手に話しているみたいな感覚になるのはいつもと何ら変わりない。
「それにしても…これが夜会現場、ですか」
彼女は無表情のまま、夜会現場を凄惨たる光景を見渡した。それを目に焼き付けようとしているのか、時折目を凝らして見ている。
「街そのものが燃えた。大勢の人が死んだみたいね」
私はぼんやりとその痛みや苦しみを想像した。そして1年前にアメリカで見た大爆発を思い出していた。
「滝島さんは1年前の星が降った日何してましたか?」
「え?」
「私の9歳下の妹はあの日、里親が決まったんです。前言いましたよね、私達、孤児なんですよ」
「あぁ、そんなこと言ってたね」
私の直属の後輩、つまり夜会担当に任命された可哀想な新入りである夏川シオリは幼い頃に夜会に巻き込まれた両親を喪い、施設で育った。そんな話をつい1週間前に駅前の小汚い居酒屋でつくねを頬張りながら聞いたことを今し方思い出した。
「あの日はたくさんの人が死んだけど、私にも妹にとっても大きな分岐点だった気がします」
いつもより夏川シオリは聡明な横顔をしているな。そんなことを考えていると彼女が私の方を見たので視線がぶつかった。
「で、滝島さんはどうでした?」
「私は……」
頭の中であの頃の数々の不思議な体験を思い出す。夜会の全貌、命蝕の全貌、忍海の全貌。全ては繋がっていた。全ては私の中に眠る少女と彼女へと愛が引き起こしたこと。それを知る者は限られている。
「私にとっても、重大な分岐だったわ」
「何かあったんですか?」
「嬉しいこともあった。死に瀕してた友人が助かった。でも悲しいこともあった。私の友人の『友人』とのお別れの日だった」
「……そうですか」
触れると壊れそうな華奢な物体に遭遇し、それを避けるように夏川シオリは目を反らした。
「ところで、休みの日に何故夜会の現場に?」
今日は私も彼女も休みが重なった数少ない日だ。勿論、夜会が起これば休みと言えども出動命令が出るのだが、当時に比べて夜会が減った今ではたまにはそんな休日が存在する。
「夜会の現場に行きませんか」
昨日突然誘ってきたのは夏川の方だった。気がつくと理由を問い詰める作業を忘れていたまま、申し出を承諾していた。
「夜会のこともっと知りたいんです。滝島さんは私に比べて夜会のこと詳しいって聞いたから」
「そうね。私は確かにいろいろ知ってる」
星が消えてから1年が経つけれど、夜会は残念ながら終わらない。残り香のように命蝕が残ったからだ。規模、回数は減ったものの、確実にそれは未だ私達の脅威として残っている。
私が廃墟を眺めていると傍らで夏川は吹き出すように笑った。
「あ、だめだ。もう言いたくなっちゃいました」
「何?」
彼女はモジモジとラブレターを渡そうとしている女子学生のようだ。
「実は本当に知りたいのは滝島さん自身のことです。滝島さんは謎が多くて……。なんだか同じ事件を見てるのに遙か遠くを見てるっていうか。それを見極めたくて」
なるほど。夏川は良いところを突いている。
「それで誘いました。私、変ですね」
「何か分かったの?」
「はい。滝島さんは予想よりもっと深くてもっと謎を秘めてるってことが。一朝一夕で見極められるわけがないですね」
照れながら夏川は笑った。頬をポリポリと掻きながら、前方へと歩きだした彼女に私は声をかけた。
「私、行きたいとこあるんだけど一緒に来る?」
私の秘密を見せてあげよう。そんなことを考えたのは、決死の覚悟で本音を打ち明けた彼女の健気さと可愛らしさを評価したからだ。それだけではない。秘密といえども、ただ表沙汰になっていないだけで、私が敢えて隠すようなことではない。
私達は車でまず花屋に行きピンク色のチューリップと黄色の名前の知らない花にカスミソウが入り乱れた花束を買って、そのまま都内の大学病院に向かった。
「病院・・・ですか?」
予想外の行き先だったようで、夏川は呆気にとられている。
「そう。ただのお見舞いよ。どうする?帰る?」
私は別に無理強いするつもりは毛頭ない。夏川に全てを委ねるつもりだ。私の顔色を慎重に観察しながら、彼女は口をキュッと結んで首を横に振った。私はその様子を見てニッと笑ってみた。