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言いたかった言葉

僕の前で泣きべそをかきそうな顔をして叫んでいるのは、血を分けた実の弟だ。

混沌に包まれそうな不安定なモノクロの世界で一人だけ鮮やかな青き光を放っている。光源は言うまでもなく、僕らが守り続けてきた妖刀だ。そう言うと使命感に溢れた名誉ある自分に思えるけれど、実際は大きく異なる。

僕達は刀の奴隷として命を捧げてきた咎人とがびとだ。手段を選ばずに生贄を選んでいた愚者だ。そう思っている矢先に彼らが現れた。

彼らは正義感と使命感を以て集落を訪れた。自身の命を省みず、ただ力のみを求めて。一匹の喋る犬、そして若い男とハーフと思われる女性。彼らの強き意志と表世界に僕は心惹かれ、狭く閉ざされた箱庭から飛び出した。今思うと、僕は運命に導かれるようにして彼らと出会い、命蝕に関わったのだろう。

後悔がないわけではない。僕が世界と交わらなければこんな結末は訪れなかった可能性が高いから。  しかし僕がその道を選ばなければ、青い月は地底に沈んだまま、昇ることはなかった。そう思うと、この結末を少しは受け止めることができるような気がする。

 

 僕はあの時、命蝕の時、星と一瞬交わった。頭の中が膨張しているような感覚に陥り、駆け巡る様々なビジョンが僕を支配した。最初に現れたビジョンは幼い少女だった。少女は手作りの白いワンピースを着て、川辺に座って空を見ていた。その姿は愛らしく、極めて清純な印象を受けた。


「誰かいるの?」


僕は星を通して彼女に再会した。星は彼女に問う。


「私が分かるのか?」


星の問いにきょとんとしたまま少女は小さく頷いた。僕は星の鼓動を聞いた。ブリキの人形に命が吹き込まれたように、星は呼吸を開始した。


「私はマリル。あなたのお名前は?」


マリルが無邪気に笑いながら尋ねる。言うまでもないが、星に名前はない。


「私には名前はないんだ」


少女は指をくわえて首を横に傾ける。


「へんなひと。ねぇそこで何してるの?」

「私は命を見守っているんだよ」


星は穏やかな声で答えた。川辺で犬の散歩をしている中年の女性が通りかかったけれど、彼の声は全く聞こえてないようだった。小さな少女が演劇の練習をしているように彼女の目には映っただろう。


「いのちをみまもる?」

「私は世界に散らばった命を見守り続けるために存在している。そこに必要なのは秩序だ。私はそれを管理している」


 星は淡々と語った。当然幼き少女に理解できるわけがない。しかしマリルは「ふーん」と丁寧に相づちをうった。

 僕はその様子を見て全てを察した。マリルに出会ったために生まれた星の感情を。やがて歪んでゆくその深き愛を。荒々しい星の息吹に耳を傾けたまま時間だけが過ぎ、気がつくと僕は炎の中にいた。目の前には気を失ったマリルと彼女を炎から守ろうとする滝島ハルキとノエルの姿があった。


 僕は必死だった。マリルを守ることは星の命令だったけれど、あの時は純粋に僕だけの感情で彼らを救っていたと思う。後から知ったことだけれど、僕は「例外」だった。星と交わり、命と交わった時、意識の混濁を受けずに命蝕を終えた。それもあって僕は星に目を付けられたわけだけど。

 やがて彼らを炎から救出した時、僕は残酷なほど冷ややかな現実に直面した。弟のナオトが立って僕を見つめている。彼の目は恐怖で見開かれていた。まるで怪物を見たかのような表情だった。

 彼は悪くない。彼が見たのは、まぎれもなく怪物の食事の現場なのだから。僕は彼の親も友人も、全ての愛する人間を喰い尽くした怪物なのだから。

 しかし僕はその目に耐えられなかった。逃げて逃げて逃げ続けた。僕は認めたくなかった。怪物と化した自分を。


運命を呪った。随分長い時間、僕は逃げていた。目を反らし続けた。


 ある日のこと、僕は街で老いたマリルに出会った。最初僕は逃げようとも思ったけれど、彼女はそれを許さなかった。僕をその場に留め、一緒にお茶しようと無垢な少女のように誘った。

 彼女にナオトと青き刀の契約のことを聞いた。僕は心の底で安堵と恐怖を抱いた。それらは拮抗していたけれど、いつかは安堵に変わることが分かっていた。僕は弟に殺される。憎しみを込めて貫かれ、この呪縛から解放される。

 待っていたら死が訪れる。他ならぬ弟に刺されて死ねるのはこの上なき幸福に思えた。しかし、この頃から僕の中に何かがいることに気付いていた。僕を乗っ取ろうとしている悪魔がいる。その歪んだ思念と邪悪な声は僕を幾度となく苦しめた。いつの間にか、僕は僕ではなくなっていた。

 僕が器だと聞かされたのはそれから数年経った頃だった。その頃、僕は扇動者として闇に蔓延り夜会を開いていた。星のために命蝕を起こし、命を回収するために。世界は僕を受け入れた。夜会は瞬く間に広がり、多くの死を招いた。全ては星が願い、僕が叶えたことだ。

 僕は星に抗う手段を考えた。僕以外に生み出された可哀想なコア達もそれに協力してくれたけれど、その中の何人かは星に見つかり処刑された。どんな手段も星は目敏めざとく監視し、弾圧した。僕達はまた運命を呪った。

 しかし冷静に考え、気付いたことがある。僕が器ならば、星と僕はまた交わるときが来る。その時が最後のチャンスだ。あの強大な力が抑えられるチャンスだ。

 そして、僕は今星の一部となりつつあり、その腹には希望の刃が刺し込まれている。


最後に僕はどうしてもナオトに伝えたいことがあった。どうしても兄として言いたかった言葉が。


「幸せになれよ」


ありきたりで格好悪いな。でも心からそう願う。


僕の意識が薄らいでいく。遠くで彼女の声が聞こえる。


これでいい。

僕は今、この上なく幸せだ。


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