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星の糧

PVが10000を超えているのを見て、びっくりしました。

こんな拙作をたくさんの方が読んでくださっているなんてとても感動です。

ありがとうございます!

白い部屋を抜けた先には延々と通路が続いている。決して広くはない廊下と灰色の壁や天井が息苦しさを感じさせるが、とりあえず先に進むことにした。

時折、息絶えた人間が血を流して倒れているが、コアの姿は一切ない。どうやら奥にたむろしているのだろう。


「静かだな」


ナオトがぽつりと告げた。私は未だ滲んでくる涙と垂れてくる鼻水を拭いながら頷いた。前方を歩くリヒトが短く「そうだな」と言った。そして腕につけている簡素な時計の文字盤を見る。


「あと20分だ」

「あくまで星が時間を守れば、の話だな」


ヒヤリと背筋に伝う嫌な汗が気持ち悪い。


「時が来れば、星は僕の元にやってくる。身体が傷つくのを嫌がるからな。カオルは星の気配に気付いたら教えてくれ。僕にも多少感じられるが、【眼】ほどの感度はない」

「うん。わかった」


相変わらず涙は流れるけれど、私は前へ進むしかない。そして【眼】を開いて、彼らの力になるしかない。もう運命の時は近づいている。

廊下はただの1本道だった。いつまで経っても同じ風景。同じところを何度も何度も歩いているのではないかという不安に襲われる。通路は緩やかな下り坂だった。どうやら地底へと続いているらしい。


私はイライラしていた。おそらく私だけではない。タイムリミットが迫る中、ひたすら同じ景色を見せられて精神的に追い詰められつつあった。もし、私達が間に合わなかったら、青い月も私も消し飛ぶのだろう。ではマリルは?私に潜むマリルの魂は?星が得たいと思っているはずの彼女はどうなる?


「ねぇ。星は……」


私が疑問を口にしようとした時、突如悪寒が走った。頭の中がザワザワと騒ぎ出し、鳥肌がぶわっと吹き上がる。


「近い……。コアがたくさんいる」


リヒトが足を止めずに「その中に星はいるか?」と訊ねた。私はブツブツの浮き上がった腕を摩りながら、意識を集中する。


「ああ……。いる。いるよ」


声が上擦ってしまう。恐怖で身体が強張るのを感じたが、もう引き返すことはできないという理性に近いものが私を前進させる。

星は私達を待っている。地の底で、じっと獲物を狙うアリジゴクのように。私達は馬鹿な獲物のように深い闇に飲み込まれているだけなのではないだろうか。そのような不安が私を襲うが、できるだけ考えないようにした。


やがて永遠に続くかもしれないと思われた通路に終わりが見えた。狭い廊下に栓をするように鉄の扉が見えた。


「この裏にあるものは地獄だ」


私が口にした言葉が思いの外大きく通路に響いた。同意を求めたわけではないが、リヒトもナオトも首を縦に振り、口元を引き締めた。

ナオトが扉に手をかけた。ギィと金属の擦れるような音がしてゆっくりと扉が開いた。


巨大なホールのようなその広間には夥しい数のコアの姿があった。人の姿をしている者もいれば、さきほどのオシリスのような半獣の者、完全な獣の姿の者もいる。まるで朝礼でもしていたように彼らは整列し、その視線は一斉にこちらへと向いた。


「待っていたよ」


突如頭の中で声がした。この声を私は知っている。


「星……」

「そう、私だ」


鼓膜を震わせているのか、脳を揺らしているのか分からない。姿の無いその存在と話すのは、初めてだった。戸惑いを隠せない。


「随分遅かったから心配したよ。道は1本道だった。猪すら迷わないはずだが」


声は愉快そうに笑った。それに併せてコアも声を上げて笑った。


「リヒトの身体をまた奪うつもりなの?」


私が訊ねると「当たり前だ」とすぐに答えた。私は睨んで呪い殺したいと思うほどの衝動に駆られたが、どこを見ていいのか分からない怒りは宙ぶらりんになったままになってしまった。


「身体を奪うためにはささやかなイケニエが必要だ」


星の低く太い声がそう告げた時、フロアにいたコア達が呻き始めた。天井が高いせいか、声は何度も反響し悲鳴にも聞こえる。その呻きはやがて旋律を奏で始める。この歌は……。


「そう。古から存在するイケニエの送り歌だ」


夜会で耳にしたものと同じであり、刀鍛冶の一族が歌うものと同じものだ。やがて広間に歌が響き、壮大な合唱となった時、コアの身体から淡い光が溢れ出た。ここに存在していた100のコア全てから放たれる光はウネリとなり絡み合うようにしながら、拡散した。彼らは自らを星のために捧げようとしている。魂も肉体も全てを投げ捨てて、自ら星の一部となろうとしている。

星の奴隷である彼らは星の糧となることも躊躇わない。


「リヒト!」

「兄貴」


私は悲鳴のような声を上げた。ナオトも同じだ。叫びは虚しく響くだけで、傍らで立ち尽くしていたリヒトの眼が鈍い色を放っている。催眠術にかかってしまったように、焦点があっていない。


やがて無表情だったリヒトの口元が醜悪に歪み、その隙間から笑い声が洩れた。


「ククク……。私の物になると運命だというのに」

「リヒト!」

「リヒトはもういないよ。滝島カオル」


私の横には既に星の手に堕ちたリヒトの成れ果てが立っていた。



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