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地獄への入り口

私達はリヒトに連れられて、緑色の芝が生えた丘に登ってみる。そこから上半身を乗り出してみると、くすんだ緑色の水面が見えた。私は高所恐怖症ではないが、20メートルの高さは私の足を竦ませるに充分なものだった。


「ここから、飛び降りるの?」


先ほど同じような問いをしたが、もう一度確認せずにはいられなかった。


「うん」

「え、でもさっきは」

「湖に入る必要はない。飛び降りて直接入り口にいけばいいだろう」


格好悪いほど腰が引けている状態で私はもう一度崖の下を見てみる。確かに水面から4メートルほど上のところに穴が開いている。


「この入り口は正式なものではない。基地の非常口みたいなものなんだけど、真正面から行くより今はここから行く方がいいと思うんだ。その方がコアに遭遇する可能性が低いと思うし」


この非常口から行く方が危険ではないか、という考えが浮かぶのは私が常人だからだろう。超人的な力を持つリヒトには私の「危険」という感覚はない。


「ナオトは飛べるのか?」

「飛ぶ?」

「その刀にそういう力はないか」


ポリポリと頬を掻きながら、リヒトはあれこれ考えを巡らしている。


「お前と手を繋ぎたくないなぁ」

「あぁ?」


不機嫌な声を上げるナオトの眉間には皺が寄っている。そんな彼の様子に構わず、リヒトは両手を私達に差し出した。


「まぁそう言ってられないな。2人とも、手を貸して」

「え?」

「手を握って、というべきか。飛んであそこまで降りた方がいいだろ?」


しなやかな長い指がこちらに向けられている。以前にも彼の手を見た記憶がある。あの時は彼に青い桜へ誘われた。


「まぁ、お前がどうしても嫌なら僕はカオルだけ連れてくけど」


いい歳した(と言っても90歳越えている)男同士が手を繋ぐことに抵抗があるのか、ナオトは長い黒髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜて唸っている。彼らは両者共に美女のような綺麗な容貌を持っているのだから絵的にはおかしくはないが、と傍らでこっそり私は考えていたが、口にはしなかった。


「時間ないから、早くしろよ」

「あ~分かったよ!繋げばいいんだろ!」


ナオトは交錯していた邪念を吹き飛ばすような声を上げて、リヒトの手をとった。その様子を見て笑いそうになるのを堪えながら私も彼の手に触れた。


「!」


その瞬間、息が止まりそうになり、私は思わず手を引っ込めた。雷に打たれたような激しくも一瞬の出来事だった。


「どうした?カオル」


ナオトがリヒトと手を繋いだ状態のまま、私の変化に気付き、顔を覗き込んだ。一方でリヒトは無表情のまま黙っている。


「いや。大丈夫」


そう言いながらも、私は思わずリヒトの顔を見た。当惑した私を慰めるようにリヒトは硬直した表情をふっと緩ませて笑った。


「【眼】が開いた今、カオルには誤魔化せないね」


ナオトの視線が行き来している。私、リヒト、私、へと。


「僕に触れたことで、僕の中に生き続ける命の心が一瞬でカオルに伝わった。僕がどれほどの命を飲み込んだか分かるだろ?」


微笑むリヒトはどこか悲しそうだ。私は思わず「ごめん」と謝ってしまう。


「なんで、カオルが謝るの?」

「いや、私が【眼】を制御できてなかったから」

「いいんだよ。僕も油断してた」

「もう大丈夫だから」


そう言って私はおそるおそるリヒトの手を握る。艶々とした白い手が温かい。


リヒトは目を閉じて大きく息を吸う。足元の短い芝がふさふさと風に揺れた。掌から掌へと熱が伝わり、ゆっくりと身体が浮かび上がる。


「重くないの?」

「多少ね。集中力がいる」


3人で手を繋いだまま、私達は崖の下へと降下していく。足元がフワフワして不安定なせいで、体に妙な力がこもってしまう。


穴は大人が4人並んで入れるほどの大きさだった。雑草や木などでカモフラージュされているが、穴が大きすぎて隠しきれていない。


「よし、着いた」


穴に入り、リヒトがそう言った瞬間、ナオトは手を離した。よっぽどイヤだったらしい。

眼前に広がっているのは真っ暗な闇。ピシャンピシャンという水が滴る音が奥のほうから聞こえてくる。ここが本当にアメリカ軍の基地に繋がっているとは到底思えない。ただの鍾乳洞のように見えて仕方がない。

私が思い切って一歩を踏み出した時、リヒトが私達の名前を呼んだ。


「何?」

「何だよ?」


2人の声が重なって、更に洞窟の中に響くので気持ち悪い。


「さっきも言ったけど、星はもうすぐ僕の体に戻ってくると思う」

「・・・だから何だよ?」


ナオトの語調は勝気なものだったけれど、すぐに強がりだと分かるほどに脆い響きを帯びていた。


「だから、僕は今お前達と一緒にいる。これでお前達が星を見失うことはない。もし僕の身体が星に乗っ取られたら、僕をちゃんと刺し殺してくれ」

「・・・分かってるよ」


私の中で再び蠢くものを感じた。リヒトの口から出た「刺し殺す」というワードのせいであることは間違いないだろう。


「星は今どこにいるの?」

「さぁ」

「さぁ・・・て」

「近付いてきたらカオルにも分かるよ。さ、先へ進もう」


リヒトは言いたいことはそれだけだと言わんばかりに、私達を差し置いて歩き出した。


既に時刻は日本時間午前1時半。あと1時間半で、計画は実行される。悪夢が世界を襲う。








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