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みんなここにいる

その神秘的な様子を私は固唾を呑んで見つめていた。


私達は生き物を食し、様々な酵素でそれらを分解して自らの糧とする。そして遺伝子というバトンを渡しながら、種としての自分を遺す、その繰り返し。

一方でコアはもっと原始的だ。彼らは自らの恒常性、そして能力向上のために融合し、生命をまるごと呑み込む。そこには代謝が存在しない。もっと大きな違いを挙げるならば、コアは生命を物質として受け取るのではないということだ。彼らは文字通り「まるごと」生命を受け取ることで、彼らの記憶や心を受け取る。


今、目の前でリヒトはルイを喰った。彼らの間でバトンが手渡された瞬間に立ち会っているのだ。そう思うと、とても重要な儀式に参加しているような気がした。

やがてルイの放った淡く尊い命の光は消えた。瞳を閉じたまま天を仰ぎ見るリヒトに、私は何を話しかけるべきか分からない。


「この瞬間は・・・とてもつらい」


リヒトがぽつりと呟いた。


「人の記憶や心を受け取る時は、とても責任重大で、とても生々しくて、つらいんだ」


端正な横顔がいつもより悲しげに見えた。

リヒトの言おうとしていることが私はとてもよく分かる。心を受け渡すということは全てを曝け出すということだから。全ての人間が身につけている仮面ペルソナを脱ぎ捨て、自分のエゴや醜悪な面を露にするということだ。それを強制的に見なくてはいけない、となると相当の覚悟が要る。「知りたくもないこと」を知る恐怖は想像を絶するだろう。


「行こうか」


リヒトは短くそう告げて、荒野の向こうを指差した。彼の話が本当ならばその向こうには湖と恐ろしい兵器が眠っているはずだ。私とナオトは目を見合わせ、2人で頷き彼の背中を追いかけることにした。


先ほどまで心地よい朝日が昇っていたというのに、既に空は薄暗く、どす黒い雲がうようよと浮かんでいた。吹き飛んだ家屋や電柱は無惨な姿へと変貌を遂げ、ロサンゼルスの美しい町並みのカケラも残っていない。私達はかつて道だったはずのアスファルトの塊の上をひたすら歩いていた。

歩きながら、私はナオトの神妙な顔つきが気になっていた。思いつめているように見える。星に操られるコアの悲しくも残酷な末路を2回も見せられては、戸惑うことも仕方ないことのように思える。


「気に病むな、ナオト」


その様子に気付いていたのは私だけではなかった。前を歩くリヒトは振り返ることなく彼に声をかけた。


「あれは彼らの選んだ道だ。彼らの生き様だから、お前のせいではない」

「あぁ」


頭では分かっているが、心がついていかない。ナオトの中に確かな動揺があるのは間違いない。ナオトは抱いていたモヤモヤを吐き出すように話し始めた。


「これまでに俺はコアを何度も斬ったのにな。獣みたいなやつも、人間の姿をしたやつも全て消してきたのに、何故か今は苦しいんだ。大声で泣きたくなるほどに」

「そうか。でもルイはお前と闘えて喜んでいた。女の自分に手加減なしでくだらない同情なしで闘ってくれたお前に感謝している。俺の中で今、彼女は笑っているよ」


リヒトの瞳には前方の広大な焼け野原が映っているだろう。彼は全くナオトを見ようとはしないけれど、それでも彼の底知れぬ愛が感じられた。


「僕はいつもカサブタに守られていた」

「カサブタ?」


突然発せられた「カサブタ」という単語に私は首を傾げる。


「僕が傷を負えば、仲間は身体を差し出した。昔は星に対して僕と同じ意思を持つ者はたくさんいたんだけどね。彼らはみんな僕の友達で、僕の保護者を買って出てくれた。そして僕の血が流れないように、みんなはカサブタになった。そして幾度となく僕は再蝕を繰り返した」


リヒトは足を止めて全身をこちらに向けた。


「みんなここにいる。ルイもまたここにいる」


リヒトは穏やかな笑みを浮かべながら、胸に手を当ててそう言った。その言葉に不思議な重みとそれに伴う爽快感を感じた。リヒトの目がほんの少し潤んでいるように一瞬見えたが気のせいだった。それに応えるようにほんの少しナオトが微笑んだような気もしたが、それも気のせいだったかもしれない。

歩き続けて15分ほど経った時、前方にひっそりと水面を揺らす湖が見えてきた。近づけば近づくほど湖がそんなに大きなものではないことが分かった。向こう岸がはっきりと確認できるくらいのこじんまりとした湖だ。アメリカの広大な国土からすれば湖ではなく、水溜りと呼ばれている可能性のほうが高いかもしれないな、と思う。


「湖の底に基地があるって言ってたのよね?」


私が確認するとリヒトは「そうだよ」と短く答えた。


「まさか湖に飛び込んで泳げって事じゃないわよね?」

「さすがにそれはないな。ちゃんと入り口がある」


リヒトが指差す先には湖に面した小高い丘がある。湖の水面まで20メートルほどはありそうだ。入り口とは門があって扉があるものであるというのは私の偏見なのだろうか。どこをどう見ても入り口には見えない。


「ちゃんとした入り口なんでしょうね?」


あくまでYESを期待して(というより願って)訊ねた質問だったが、リヒトは不適な笑みを浮かべて肩を竦めた。私は思わず大きな溜め息を吐いた。




読んでいただきありがとうございます。

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