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愛という名のエゴ

「器・・・」


私は星の発したその単語を反芻する。そして同時にマリルの日記を思い出す。コアとなったリヒトと再会したあの日、星がマリルに提案した内容を。


『貴女が死んだ後、抜け出した魂を一時的に器に保管する。あとは器の中で魂が定着するのを待つだけ』


『器に魂が定着したら、後は器を壊す作業に入る』


私の中には確実に忍海マリルが存在している。私は彼女の器。星にとっては彼女が復活するための道具にすぎない存在なのだろう。星は紫色に光る妖しい瞳で私を捉えて放さない。


「私と交わり生まれた2人目のコア、滝島ハルキと忍海マキ。彼らの間に生まれた胎児に魂を。それはマリルの指示だった。私はそれに従った」


母の旧姓は「皆川」だったはずだ。母が忍海?驚きを隠せない。


「母が忍海だった?」


もしそうならば母は父がいなくなった理由も、父の研究内容も全て知っていたことになる。父が命を懸けて守ろうとしたものを、父が何者かも全て分かっていた。


「私のマリルを横取りしようとする愚か者、忍海。彼女もその一員だった。こともあろうことか、コアと交わり子を産んだ」


蔑むような口調で星は言った。


「私は胎児のお前にマリルの魂を吹き込んだ。そして順調に魂は定着した。日記を読んでマリルは復活するはずだったのに、お前がでしゃばるせいで彼女は出てこれない」


殺気に近い空気を纏っているのがありありと分かった。恨みの篭もった言葉が私に浴びせられる。


「『出して』というマリルの泣き声が聞こえるようだよ」

「・・・ふざけないで」


私は思わず声を荒げる。


「貴方は何も分かっていない。貴方の生み出した悪夢に果敢に立ち向かいながらも、彼女は苦しんでいた。でも貴方は欲望のまま、彼女の声を無視した。【眼】が開いた今ならよく分かる。えぇ、確かに彼女は私の中で泣いているわ。ずっと私に泣き叫んでいる。『世界を守って』と」


彼女が何故私を選んだのか、なんとなく推測できる。理由の1つは器を見守り続けられると信頼できる者達に託したかったということ。もう1つは私に準備させるためだ。彼女の死後、器の定めを背負った代わりに生まれ来る赤子を、誰よりも強くたくましく育ててもらうために。


「貴方の愛という名のエゴが、彼女を閉じ込めた」


その言葉が引き金となったのか、星は纏った緊迫した空気をこちらに放った。ゾクリとする感覚と共に大地の唸りと震えは止まることなく、世界の終末を告げているように響き渡る。


「もう、お前はいらない」

「え?」


気が付いた時には閃光に包まれていた。文字通り目の前が真っ白になり、日記の入り口の純白の部屋を思い出す。明らかに異なるのは、私を覆っている景色は白い壁ではなく、白い光そのものであること。一瞬で世界の崩壊に巻き込まれたのだと思った。


私は瞳を閉じた。瞼の裏にまで光が浸潤してくるのは、光の強度が如何なるものか感じさせてくる。凄まじい爆音で大地と大気が揺れるのを感じた。それに反応して全身の産毛が逆立つのが分かった。

数分後、次第に瞼にまでなだれ込んできた光が弱まったのを感じたので、ゆっくりと目を開いた。最初に目に飛び込んできたのはナオトの広い背中だった。刀を両手で持ち、その刃から放たれる青い光が強靱なベールと化し私を守っていた。


「な、ナオト?」


ナオトは背中を私に向けたまま微動だにせず呟く。


「カオル・・・無事で良かった」


私は息を呑んだ。よく見るとナオトの両腕には焼け爛れたような痛々しい皮膚がぺらりとくっついている。ナオトが地面に膝を着くのが見えた瞬間、私は駆けだして彼を抱き止めていた。力なくうなだれる彼は目をうっすらと開けたまま力なく笑った。


「ナオト!私なんか庇わなくても良かったのに・・・こんな酷い傷を・・・」

「お前が死んだら困るんだ。カオルは俺の光だったから」

「光?」


風が吹いてナオトは顔を歪めた。火傷にしみるのだろう。


「博士が死ぬ時にカオルの写真を見せてもらった。カオルの弾けるような笑顔を見て俺は灰色のモノクロの世界から抜け出すことができたんだ」


掠れた声だったけれど鮮明に聞こえた。私のことをそんなに大切に思ってくれる存在がいたことが素直に嬉しかった。ナオトは青い刀を杖のように支えにしてなんとか立ち上がろうとしたが、膝は壊れた椅子のようにクニャっと折れた。

塵の舞う鬱蒼とした空からケタケタと笑う声が聞こえる。星は宙に浮かび上がり、汚いものを見るかのように私達を見下している。


「もういいよ・・・ナオト」


私の言葉にも暮れず、彼はただ真っ直ぐに宙に佇む破壊神の如き存在を澄んだ瞳で見据えていた。


「俺が守るんだ」


彼は再び立ち上がった。身体を支える足はガタガタ震えていたが、それでも足の裏はがっしりと大地に根付いているように見えた。


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