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暇つぶし

 今私の眼前でナオトは赤毛の少女と剣を交えている。あまりに危うく激しい戦いゆえに、時折目を背けそうになる。ナオトも彼女の覚悟をまるごと受け止めようとしているのだと傍らで眺めている私にすら伝わってくる。

 ルイは眼を輝かせ、赤毛を揺らしながら剣舞を舞う。緑色の光のうねりが麗しいショールのように見える。彼女の額に滲む汗は朝日に照らされ輝き、それが彼女を美しく見せた。

 時間は日本時間24時を回り、既に日は変わっていた。


「忍海クン。ありがとうね」


ルイは息を切らしながら言った。彼女の肩に担がれた大剣は既に彼女の筋力では持ちきれないものになりつつある。


「星は本当に見捨てるのか?お前を・・・」


ナオトが少し上擦った声で訊ねるが、ルイは力なく微笑むだけだった。


「仕方ない。私は使い捨ての兵士に過ぎないから」


やがて、遠くからパチパチと拍手が聞こえた。先ほどルイが立っていた壊れた遊具の上に、足を組み優雅に座っている男の姿があった。


「よく分かっているじゃないか。ルイ」


私は絶句する。そこにいるのはリヒトでありながら、決してリヒトではないものだった。禍々しい歪んだ笑みを浮かべてルイに向けて手を叩いている。


「教育がよかったのかな」

「ほ・・・星・・・」


まさか自分から姿を現すとは思わなかった。ナオトも眼を丸くし、見慣れた兄の顔を眺めている。


「どうして来たの?」


私の問いに星はわざとらしく吹き出した。


「マリルを迎えに来たに決まっているじゃないか」


どうやら私を本当にマリルであると勘違いしているらしい。ここで否定するのも憚れたので、訂正は敢えてせずにそのまま私は星の言葉を否定する。


「そんなわけないわ。それなら、サンデやルイが私達を足止めした理由がないもの。時間稼ぎをした理由は何?」


星は意味深げな笑顔のまま、私を見ている。


「それはあと3時後のお楽しみだ」


背筋がゾクリとした。リヒトの美しい容貌が醜悪に屈折して見える。


「ルイはもうすぐ消える。哀れな人形だ。見ているのも辛いよ」

「なら救ってあげてよ!」

「それは無理な要望だ。私が貴女の願いを叶えるのは1度きりと言ったはずだよ。もう私は私以外の誰の願いも叶えるつもりはない」


ルイは膝を着いて、表情を動かすことなくその様子を眺めていた。諦観していたのかもしれない。私は昂ぶる心を落ち着けて冷静にリヒトを観察しようと努めた。

リヒトは今、中で眠っている。星はリヒトの肉体を占拠し、自由に扱っているが完全に定着しているわけではないらしい。私の【眼】にはリヒトと星がダブって映っている。決して完全に融合し、同化しているわけではない。

今ナオトがこっそりと星に近づき、夜明けで身体を貫けばそれで全てが終わる。しかし、おそらくそう簡単にはいかないだろう。そんな危険は星自身が既に考えていてもおかしくはないし、今もおそらく青い刃の動向に細心の注意を払っているに違いない。気付かれれば逃げられる。釣り餌を掠め取る魚のように。


「マリル。まだこれは私の身体ではない。分かっているだろうけれど」

「そうね。まだ貴方はリヒトの体を勝手に使っているだけに過ぎない」


その通りだ、と言わんばかりに星は鷹揚に頷く。私はごくりと唾を呑む。


「もう少し待っていてくれよ。3時だ。あと3時間も経たないうちに夜会が始まる。あれだけのイケニエがあれば再蝕ができてリヒトの肉体は偉大なる私を全て受け入れられるようになる」


蹲りかろうじて大剣で体を支えている様子の弱弱しいルイを星が見下ろし嘲笑を浮かべる。かつての忠実なる下僕は既に彼にとって虫けらのような存在にすぎない。小さく息を吐いて、顔を歪めた。


「さて、先ほどのマリルの質問の続きだ。何故、私がここにわざわざ出向いたのか、だが・・・」


星は自分に酔いしれる演説家のように、荒野を舞台にうろうろしながらゆっくりと話している。


「もう1つの理由は3時までに青い月を沈めておきたいからだ」


星が静かに、そして力強く言うと偶然ナオトの横にあった街路樹に急に火がついた。猛る黒い炎。それは悪魔が泣き叫んでいるように見える。

星にとっての唯一の脅威。それが青い月。マリル達が生涯かけて見つけ出した呪われた刀。


「随分姿が変わったみたいだな。忍海ナオト」

「あぁ。以前の俺を知っているようだな。会った事ないのに」


星は声高らかに笑う。耳に刺さるような冷たい笑い声が荒野に響いた。


「会った事ないわけないだろう?これはお前の兄の肉体だぞ」


星が腕を伸ばし、その体を見せ付ける。ナオトの抑えこんでいた怒りが暴れ出そうとしていた。【眼】などなくても分かりやすいほどに。


「自分の作ったコアの記憶くらい知っている。彼らは一度私と交わり、肉体を構成するからな。この男が如何なる人生を歩んできたか、この男の中にお前という存在がどれほど占めているか、お前も知らないことを私は知っている」


星はそう言って自分の頭を指差した。禍々しい存在が兄の体を巣食っていることにナオトは怒り、鋭く睨んだ。その様子を見て、星は目を丸くする。本当に驚いているようだ。


「おや、お前は両親を奪ったリヒトを憎んでいると思っていたのだが、どうやら違ったようだな。私には好都合だが」

「何だと?」

「無用な情のお陰でお前は私を斬れない。それが人間というものだ。憎悪がなければ、最愛の兄は斬れまい」


星は楽しんでいるように見えた。まさに、余興。ただの遊びなのだ。だから、彼は3時までの暇つぶしに姿を現したのだろう。


「マリル。そこで待っていて。愛する息子ナオトを失う悲しみは私が永遠の愛で癒してあげよう」


星は弱りきったルイに近寄り、彼女の手に握られた大剣を奪い取る。その反動でルイはヘタッと倒れこんだ。

黒い長髪を風に靡かせ青い刀を構えるナオトと同じく黒い滑らかな短髪を靡かせる大剣を持つ男。彼らの顔は酷似していながら、全く異なるものだ。私は息を呑みその様子を見守る。

風が止んだ瞬間、星は左足で力強く大地を蹴り、攻撃を開始した。



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