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血と光

本当に殺人現場に居合わせたような状況ではあるが、私達は倒れたサンデをそのままにして先を急いだ。


「本当に大丈夫かな」


私が問うと、ナオトは「コアだから死なない」と短く答えた。

いずれにしろ、私達は先へ進まなければならないと強く思っていた。サンデが自分を「止めて」まで、私達を星の元へ導いてくれたのだから。


リヒトも、チェキも、そしてサンデもそうだったように、コアにも意志がある。黒く塗りつぶされそうな儚い願いがある。それを命懸けて守ろうとしている。決して失われはしないかけがえのない誇りがあるから、それを守るために彼は私達と闘わず、自らを傷つけることで戦いを終わらせた。

私はナオトに言う。できるだけ湿っぽさを加えないように気をつけながら。


「行こう」


私の言葉にナオトは深く頷き、それを合図に私達は坂道を駆け上がる。希望も絶望も見えない、その坂の峠をめがけてひたすら足を走らせる。その先にある景色に絶句することになることも知らずに。


「こ・・・これは・・・」


私が身を震わせる。私は時間を間違えたのだろうか。思わず身につけた腕時計に目を向ける。

目の前に広がっている世界は、この世の終わりを思わせるような瓦礫に埋もれた荒野だった。いろいろな匂いが混じりあい鼻に刺さる。全てが燃えた後だった。私達の知らない戦争の跡地のようなおぞましい光景がそこにある。


「どういうこと?」


まだ、時計の短針は11時を差している。破壊作戦が開始するのは日本時間の午前3時のはずだ。


「これは序章にすぎない」


声の聞こえる方に視線をやると右手にある瓦礫の山の上にルイがいた。壊れた公園の遊具の上に立っている。


「残念だけれど、もう止められないわ」

「何故こんなに早く動き出したの?計画では・・・」

「そう、3時に始まる。これは星がリヒト様の身体を試すために行ったこと。試し切りみたいなものね」


ルイが相変わらず身体のサイズに似合わない大剣を片手で軽々しく持ち、背負うような姿勢で私に言う。


「でも私達は引き金を引いた。これで国が動き、世界が動く」


ルイは身軽に瓦礫の山から飛び降りた。彼女の大きな動きにも瓦礫は微動だにしなかった。

おそらく3時から更に激しい粛清が開始されるのだろう。星が全力で世界に挑戦状を叩きつける瞬間だ。しかし、もしそれを妨げたとしてもこの完膚なきまでの破壊は、既にアメリカが黙っていられる状況ではないだろう。何人死んだかも分からない。


「大きくなったね、忍海クン。そっちの方が格好いいよ」


夏休みに孫を迎えた祖母が言いそうな台詞だ。ナオトが「そりゃどーも」なんて言うせいで、更に拍車がかかる。


「忍海クン。どうやら私達戦わないといけないみたい」


ルイが大剣の刃先をナオトに向けたがナオトは動じることはない。むしろ当たり前だろうと言いたげだ。


「イヤなのか?」

「喧嘩は好きだけど、殺し合いはイヤだな」


ルイは一瞬苦笑いを浮かべたが、すぐに真顔に戻した。


「でも、星の命令だから貴方を殺すわ」


逆らえない運命。従うために生まれた存在。なんて悲しい存在なのだろう。彼らは星の意思を実現する者。それ以外の意味を持たない。ルイは大剣をふりかぶりナオトの頭に降り下ろす。私がアッと声を上げた時には既にナオトが刀を抜いていた。


「奇襲が好きな奴だな」

「だから、これは奇襲とは呼ばないんだって」


ナオトがルイの大剣を弾き返し彼女はヨロヨロっと後ろに下がったが、すぐに姿勢を立て直しまたナオトに強力な突きを繰り出す。


「ねぇ。分かってる?私達が今やってることなんてさ、星からしてみたら玩具で遊んでるだけに過ぎないんだよ」


ルイは息を切らしながらナオトにそう告げる。


「そうだろうな。もし本当に殺す気なら1人ずつを俺にぶつけたりしないさ。やるなら全員でやる方が早い」

「さすが。よく分かってるじゃん。大きくなって物分かりもよくなったのかな」


ルイが赤い頭と大剣を振りながら美しく舞う。上質な新体操の演技を見ているようだ。リズムに合わせて剣と剣がぶつかり合う。とはいえ何度も危険な瞬間はあった。ナオトは幾度となくルイの首筋や左胸を狙い、ルイもそれは同様だ。

だが、もしナオトの刀がルイの一度でも身体を貫けば、彼女は刀の糧として消える。ナオトにそのリスクがない分だけ、彼の方が随分有利なのかもしれない。目に留まることない素早い動きに、私の目は着いていけなかったが、甲高い金属音だけは耳に入ってくる。


「意志に逆らうことは出来ないのか」


次に大きくルイを弾き飛ばした時、動きを止めてナオトが尋ねた。


「無理ね。サンデも無理だったでしょ?戦いを止めるために随分無理をしたみたいだけど、私には彼ほどの力はない。星に抗い、自分の身体を抑えることはできないな」


残念だけれど、と付け加えるルイは本当に残念そうだ。


「だからさ、思いっきり闘おう。私は負けても消えても、平気だからさ」


そう言ってルイは手をぶんぶん振る。明るさと快活さを健気に演じているのが見て取れた。しかし、ナオトはその提案を敢えてまるごと受け入れた。それが彼女の覚悟ならば。

ナオトの体から衝撃波のようなものが放射状に放たれる。彼女はそれを剣圧で掻き消し、一足でナオトの方へ駆け寄り大剣を振り下ろした。

武器が大きいからか、ルイの一振りは極めて大きい。破壊力はあるにしても当たらなければ俊敏なナオトの方が明らかに有利だった。


「なぁ、リヒトはどこにいる?」


武器を振り回しながらナオトは問う。ルイは息を弾ませながら「もう少し先に」と答えた。


「でもそれはリヒト様ではない。すでに星がほとんど占拠してる」


ルイの左手には白い炎が握られている。彼女はそれをナオトの顔面に向けて放った。それを咄嗟に刀で受け止めた。


「そうか」


青い刃が妖しく煌き、刃先が間合いに入ったルイの右肩を捉える。彼女の肩から紅い血液と淡い緑色の光が滲んでいた。


「はは。さすがだね」


ルイの額には輝く汗が滲んでいる。


「勝てる気がしないなぁ」


あくまで彼女は飄々とした態度を貫いている。


「もう先に行っていいか?」

「だめだね。星が許してくれないよ」

「お前は負けるまで戦う気か?」

「星がそういうなら仕方ないんだよね。悲しいことに」


彼女は困った顔をしながら手を赤毛の生えた頭に回しポリポリとかきむしる。相変わらず右肩の傷からは光が放たれ続けている。光は彼らを構成する命のカケラだ。これが尽きれば人間と同様に死が待っている。


「今、この辺りに、この傷を癒せるだけの命はほとんどないわけ。忍海クンもほとんどコアみたいなものだから、イケニエとか炎とかないと、食えないんだよね。」

「で?」

「今目の前にいるこの女だけが私の傷を癒せるの。彼女を糧に再蝕すれば傷は治る」


ルイは私に人差し指を向ける。


「でもそれを星が許さないと思うの。貴方は『愛するマリル』だから」

「私はカオルだけど・・・」


私が口を挟むと、ルイは急に不機嫌そうな顔をこちらに向けた。


「少なくとも星は貴方をマリルだと思っている。星は私をきっと見捨てる。その結果、考えられることはもう私に残された時間はあんまりないってこと。このままじゃ出血多量ならぬ出魂多量で死んじゃうからね」

「ルイ・・・」


ナオトの眉間に皺が寄ると、ルイは唐突に吹き出した。


「やだなぁ。その顔、リヒト様そっくりじゃない。同情はいらないよ。刺したことを悔やむ必要もない。さっきも言ったけど私はもう覚悟できてる」


ルイは血と光の滲む肩を抑えながら大剣の切先をナオトに向ける。


「だから、せめて最期まで遊んでね。忍海クン」











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