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寝るわ

サンデは赤い刃の切先をナオトに向けたまま動かない。ヘラヘラと笑った緩んだ表情は既になくなっていた。緊張感が私にまで伝わってくる。


「来い・・・!」


ナオトが短く言うと、それを合図に弾丸のようにサンデは強烈な突きを繰り出した。ナオトはそれをひらりと避けて、素早く刃を翻しサンデの背中にミネ打ちをくらわした。ビシッと低い音がして、サンデは軽く吹っ飛んで突っ伏した。

私は既に分かっていた。サンデの心は激しく乱れている。頭の中は散らかり、収拾つかない状況になっているのがすぐに分かった。笑みを浮かべノラリクラリ戦っていたときの方が随分集中力があったと思う。


「どうした?」


ナオトが無表情のまま問う。寝そべったサンデはすぐに起き上がり、ナオトを真っ直ぐに見た。


「『どうした』はこっちの台詞だ。どういうつもりだ」


その声は淡々としているが、戸惑いや怒りなどの感情が表情に浮かんでいる。


「どういうつもり?」

「ミネ打ちなどせずに刃を突き立てれればいいだろう。その瞬間あんたらは先に進める。違うか?」

「そうだな」


確かにそうだ。その青い妖刀はコアを斬れば、無慈悲に再蝕をする。斬りさえすれば全てを飲み込む恐ろしい武器だ。先ほどミネ打ちなどしなければ、既にサンデは刀と同化していたはずだ。


「俺にはカオルのような【眼】はないからお前の過去とか知らないけどさ、それでも何故かお前の心が見えちゃったんだよな」

「何だと?」

「そしたら、急に斬れなくなった」

「・・・」

「勿論あんまり時間ないし、優しさや哀れみなんて大いなる世界の前では無意味かもしれないけど・・・。でも今お前を斬れば、俺は同時に大切な何かを失うような気がしたんだ」


ナオトは背後を振り返り、坂道から見下ろせる静かな街を瞳に映しながら言った。


「リヒトは、お前にとってそんなに大事な存在か?」

「はぁ?」


拍子抜けしたサンデは大きな声を上げた。


「いきなり何だよ」

「俺はリヒトのこと、何も知らない。気がつくとリヒトは闇の世界のカリスマになってた。お前が危険を冒してまでリヒトを守ろうとした理由がふと気になったんだ」


私が心の中で唱えた内容と同じものをサンデは口にした。


「リヒト様はオレの光」

「光?」

「絶望の淵にいたオレを救ってくれた。そしてオレに居場所をくれた。リヒト様がいてくれたから、オレはオレでいられる」


回答を聞いて、ナオトは少し笑みを浮かべて「そうか」と言った。


「それを聞いてもお前はリヒト様を消すんだろ?」


背中に届いたサンデの問いにナオトはしばらく答えなかった。坂道から見渡せる景色はようやく全身を見せた太陽に照らされていて輝いていて、その情景に魅せられたようにナオトの視線は釘付けになっている。


「それは間違いない」


はっきりと告げた。爽やかささえ感じさせる、迷いのない思い切りの良い言葉だった。


「でも、リヒトを斬るという運命があいつ自身に用意されたものだと知った今は違う。あの頃抱いた憎しみはない」


穏やかな声だった。先ほどの海岸で耳にした小波の音のように。


「それでも俺はリヒトの用意した運命に乗っかるだろう。星を滅ぼすために」


ぽかんと口を開けてサンデは話を聞いていたが、ふっと息を吐いて笑った。


「お前もつらいね。まだ憎んでいた方が楽だったのに」


私はサンデの体が微妙に震えていることに気付いた。身体が痙攣を起こしているような妙な震え方だ。赤い刃を握った彼の手がゆっくりと動く。意志に反して、何とか動かそうとしているのが見て取れた。


「罪悪感、やっぱ感じてたみたい。オレ、戦意を失っちゃった」

「サンデ?」

「戦士失格だ。星はそんなオレを許さないだろうね」


サンデはにっと笑った。そして彼は力を込めて思いっきり赤い刃を自分の腹部へ突き刺した。赤い血液がパッと飛び散り、石畳の地面に鮮やかに付着する。私もナオトも息を呑み言葉が出ない。サンデが力なく膝をつく。膝を着いてから、彼は次に胸に刃を突き立てた。通常の人間なら即死だろう。著しい出血を前にして、私まで貧血になりそうだった。まるでバケツに入っている紅いペンキを零したようだ。


「オレがあんたらを通すにはこうするしかないんだよね。動けないっていう言い訳がないと星は許してくれないから」

「サンデ・・・」

「なぁ、ナオト。全部終わったらオレとちゃんと再戦してくれよな」


サンデは力なく笑った。


「オレ、しばらく寝るわ。リヒト様をよろしく」


少し途切れ途切れになりながらそう告げて、サンデは目を閉じ気を失った。小さくリヒトの名を呼んだような気がしたけれど、はっきりと聞こえなかったので気のせいかもしれない。赤く染まった地面を覆うようにして、サンデは静かに眠りについた。私は動けないまま、彼の安らかで血にまみれた寝顔を見下ろしていた。




流血させちゃいました。苦手な方、申し訳ありません。


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