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あふれる記憶

いい歳して言う台詞ではないことは自覚している。それを前置きとして敢えて言わせてもらうと、負けそうな自分の騎士ナイトが再び立ち上がったような、感動を覚えた。

絶望の闇の前に屈した者が、光を見つけ這い上がるような希望がそこにあった。


「随分ペラペラと勝手に話してくれたな、サンデ」


一瞬、サンデはたじろいだもののすぐに笑みを取り戻した。


「へぇ、姿だけ大きくなったわけではないみたいだな」


ニヤッとナオトが口角を上げて笑う。そして、容赦なく青い刃でサンデの首元を斬りつけるが、サンデは素早く反応して一歩後ろへ下がった。


「荒々しいところは相変わらずか」

「これが取り柄なんだ」


ナオトの刃を避けたり受け止めたりしながら、サンデは攻撃の機会を窺っているように見えた。一見稽古をしているだけに見えるが、真剣な命の取り合い。妖刀・夜明けに貫かれれば、サンデは消滅を免れない分不利なのかもしれない。

激しい斬り合いの間、時折自然とは思えない突風や着火操作なしの豪炎が2人を巻き込んだ。魔法と武器。全てを駆使しての死闘だった。赤い刃と青い刃が重なり合い、紫色の光が放たれ、傍らで見守る私の目に飛び込んでくる。


息を切らして2人は向き合っていた。互角と思っていたけれど、ナオトの腕からは血液が滴っている。


「やっぱり楽しいな」


愉快そうにサンデは汗を拭った。子供がスポーツをして満足しているみたいだ。一方で険しい表情のナオトが低い声でサンデを咎める。


「こうしている間にも、世界は脅威に晒されている。お前には・・・」

「オレには罪悪感なんてないよ」


被せるようにして、少し大きな声でサンデは答えた。


「オレはね、この世界に守る価値が見出せないんだ。正直に言うと、何故リヒト様が自分の存在を危うくしてまで、世界を守ろうとしているのか分からない。ここにどんな大事なものがあるというんだ」


気がつくとサンデの笑みは消えている。子供が「何故生き物を殺してはいけないのか」という問いをぶつけるように、彼の抱いていた素朴な疑問をナオトにぶつけていた。


「親はコアになったオレを殺そうとした。友達もオレを日本政府に売ろうとした。オレを傷つけた奴は、みんなみんなオレの一部になった。そんなオレがニコニコしてこんな腐ったヒトの世界に手を差し伸べるのか?」


私は彼の悲痛な叫びを通して、彼の過去を垣間見た。


彼はポルトガル人で外交官の父と日本人の母の間に生まれた。ほとんどの時を日本で過ごし、日本の大学に進まんと浪人生活を送るだけの平和な日々だった。大学入試に合格することだけを考えていた。それだけで彼は両親に励まされ、褒められ、生きられた。

およそ50年前、サンデが当時18歳の時に彼はコアになった。その瞬間から全てが変わった。彼の命蝕は極めて小規模なものであったが、彼は既にヒトではなくなっていた。コアになったことを彼は打ち明けたが、両親はサンデを守ろうとはしなかった。彼の父はサンデを夜中に刺し殺そうとし、彼の母は彼を毒殺しようとした。彼を取り巻くものが全て歪みつつあった。サンデは両親に6度殺されかけたけれど、誰にも言わずに堪え続けた。

親友にも打ち明けた。親友は相談を聞くやいなや、奇怪な声を上げて自分から離れていった。

彼の家を日本政府が訪れた。政府は親友の手引きでやってきたのだとすぐに分かった。政府の人間が土足で家に入り込み、うっすらと笑みを浮かべてサンデの手を掴んだ時、彼は身に潜むドロドロした感情を爆発させた。

そこにいる両親も政府の人間も全て食ってしまった。彼は言いようのない満足感を味わった。


「なんだ。こんな簡単なことだったんだ」


これは食事なのだ。彼は何故我慢していたのか、と自分を笑いそうになる。でも一方で彼は溢れる涙をどうすることもできなかった。枯れるほど泣きながら、彼は笑っていた。どちらも抑えることのできない衝動に近いものだった。

彼は真っ先に自分を売った親友を食いに行った。自分の命蝕が小規模で中途半端なものだったせいで、彼の身体は再蝕を欲していた。いくらでも食えた。

コアになって2年が経った頃、サンデは偶然夜会の現場に遭遇した。轟々とおぞましい音を立てて燃える家屋を見守る青白い顔をした人々は、自分を冷視する両親の顔と重なった。

そんな彼らの傍らに一際美しい青年がいた。彼は炎に見惚れる様に真っ直ぐに現場を眺めていたが、やがてサンデに気付き、ゆっくりと足を運び近づいてきた。


「私の忠実なる戦士よ。待っていたよ」


彼は微笑んだ。炎が映りオレンジに染まった瞳は彼をより美しく見せた。その瞬間サンデは無意識で跪いていた。彼はそこで意識を失っていた。

彼が目覚めた時、見知らぬ部屋にいた。白い壁に白い天井。ベッド以外は何も置かれていない素っ気無い部屋。自分がベッドを占拠し、その傍らで膝を抱えて座ったまま眠っている美しい青年がいたことにサンデは戸惑った。青年はすぐに目を開けた。


「大丈夫か?」


青年は穏やかな声で安否を問い、その美貌をサンデに向けた。確かにあの時の青年がここにいるはずなのに、まるで別人のような話し方と表情だった。


「あんたは・・・」


サンデが問うと、青年は自分の名前を名乗ってうっすらと笑った。


「もう少し眠っていたほうがいい」


なんとなく気が引けたサンデはガバッと身を起こした。人様のベッドにずっと寝そべっていられるほど図太い神経ではない。しかし、彼の身体は言うことを聞かずに再び後ろに倒れた。


「随分疲れていたんだな」


サンデがコアになって以来優しい言葉をかけられるのは初めてだった。突然糸が緩んだのか、彼はひたすら赤ん坊のように泣き喚いていた。青年はサンデを慈しむように、背中をさすった。彼が泣き止むまで青年はひたすらそうしていた。

サンデはそれ以来、リヒトに付き従うようになった。彼の居場所はリヒトの元であると決めていたし、それ以外のものは餌としか思わなかった。少し先輩のチェキやルイにさえ、彼は心を許せなかった。彼の心は鍵付きの扉でしっかりと閉ざされていた。


私は【眼】でそれらの感情を全て受け止めた。頭の中に浮かぶ悲しい光景を私は全て見た。走馬灯のように次から次へと舞い込むそのリアルなビジョンに眼を背けそうになるが、頭に直接映写されるせいで、見ざるを得ない。


「ひどいよ」


私は呟いていた。思ったより響いた私の声のせいで2人の視線がこちらに向いた。


「ひどすぎるよ。こんなの」


私は行き場のない感情に押し潰されそうになる。


「ごめん、サンデ。私見ちゃったの。貴方の過去を」


感情のない顔でサンデは私を見ている。


「いいよ。別に。あんたの【眼】に反応するぐらい、オレは取り乱していたんだね」

「サンデ・・・」

「それ以上は何も言わないでくれ」


サンデはぴしゃりと私に告げた。強い語調に私は思わず口を瞑る。


「哀れむ目も止めてくれ。オレはまだ戦わなくちゃいけないんだから」


サンデは赤い刃を再度構えた。



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