案内人
「チェキ・・・?どうして・・・」
私だけではなくここにいる全員が驚きを隠せないようだった。
「私だけが何故日本に留まったのか、という問いですか?その理由を今語る必要はありません。私がやるべきことは2つ。貴方に事情を説明することと貴方達をアメリカへ送り届けることです」
何故星の下僕であるコアの彼が私達を味方するのか、という疑問を持つのは馬鹿げている。彼らは星に従うように創られているが、星を滅ぼす手助けをできないわけではない。彼らは既に密かに星に反旗を翻している。
「残念ながら日本に落ちたミサイルのせいで、現在政府は混乱状態にあります。コアが入り込んだ日本政府はもはや暴徒と化し、その報復のためアメリカを攻撃すると決定しました。既に日本国の所持している私以外のコア六体はアメリカに入り待機しています。もはや強力な爆弾を仕掛けた状態にあるのです」
淡々と語るチェキの言葉は澱みなく台本を読んでいるように正確で分かりやすいものに思えた。
「言うまでもなくこれは星の思惑であり、今戦争という名の盛大な夜会が開かれようとしています。他ならぬ人間の手で。私達は星にロサンゼルスを破壊するように言いつけられていますが勿論そんなことをしたくはありません。私達もかつてヒトであった身ですから」
「貴方達を信じる根拠は?」
チェキは苦笑しながら肩を竦め両手を広げた。
「ありません。根拠を用意している暇はありませんでしたので」
丁重に謝罪するチェキに罪悪感を抱いた。そんなことを訊く私はどうかしている。私は日記で彼等の過去を垣間見たではないか。あれほど切実に星に戦いを挑もうとする姿をこの【眼】で見たではないか。
「リヒトもアメリカに?」
鋭い視線を向けてナオトは問う。彼はノエル以外のコアを嫌悪しているからか語調まで鋭い。
「リヒト様は今眠っておられます」
「どういうこと?」
「今、リヒト様は星により身体を支配されています。その間、リヒト様は強制的に眠らされています。今六人のコアを率いているのは紛れもなくリヒト様の身体を操作している星です」
デジャヴを見ているようだ。先ほど刀に身体を操作され、眠っていたナオトを思い出す。
「星の器はリヒト様の身体をベースに次の大規模な夜会で完成するでしょう」
チェキは感情のない言葉をただ発している。機械人形が話しているような様子だ。無理矢理そうしているようにも見えた。
「星は完成した身体を貴女と再会し、その後身に秘めた強大な力で世界中のヒトを殺すでしょう。星が私にそう語っていましたから間違いありません」
予言者のような口調で残酷な未来を語るチェキ。私は彼の中に秘めた激情を感じずにはいられなかった。彼はリヒトに敬意を抱いている。底知れぬ愛を抱いている。忠誠を誓ったかけがえのない存在が今星の手により飲み込まれようとしている今、彼の内面が穏やかなわけがない。
「ヒトを殺す?」
星の欲望が膨張している。日記で彼は「マリルの願い」の他に「自分の願い」があると言っていた。その欲望は際限なく膨れ上がり、ついにはヒトを消し去る邪悪な夢を抱いてしまったのだろうか。
「マリルを傷つけた者達に対する復讐です。一度決めたことを星は曲げません。私の説得など耳にすら入っていなかった。せめてもと思い、私は貴女達に伝言と手助けをするため、日本に留まることを星に願い出ました。私の真意を知らない星はそれを許可し、私を日本の監視役として留まらせました」
「リヒトは」と、ナオトは口を開く。
「リヒトは身体を星に乗っ取られるってこと?」
「はい。まもなく」
答えるチェキの言葉には落胆も絶望も含まれていない。少なくとも見えはしない。ナオトからも感情は読み取れない。
「俺はその星を貫く、ということ?」
「はい。それがリヒト様の意志でございます。リヒト様は器として成熟し、星に身体を明け渡す瞬間を想定していらっしゃいましたが、私としては大規模な夜会で多くの犠牲を出す前に、というのがよろしいかと思います」
口に出されてしまうと全身が硬直しそうになる。日記の最後にリヒトが耳元で囁いた言葉が脳に刻み込まれている。
『僕が星の一部になった瞬間、青い月で僕を星もろとも消すんだ』
彼は最初からそのつもりだった。そのためだけに地獄の日々を生きていた。今から考えると、あの青い桜で語りあった時の切ない表情の意味が分かる。
『慌てずとも、いずれ僕もその刀で貫かれる日が来るさ』
途方に暮れている様子でチェキは息を吐く。彼らにできることは限られている。抗う術はもはやないと言いたげだ。傍らで話を聞いていたノエルがのっそりと立ち上がり、乾いた声でチェキに言葉を放った。
「あまり時間はないのだろう。彼らをアメリカに転送してくれるなら、早い方が良い」
チェキは頷き、私とナオトを外に出るように促した。私達がそれに従い、私達の後姿をノエルが見送る。
「ナオト、カオル」
階下から名を呼ばれ私達は振り返る。こころなしかノエルが小さく見えた。
「ありがとう」
「え?」
階段の5段目から見下ろすノエルが妙に遠く感じる。灰色の毛並みもその中にぽつりと描かれたような黒い瞳も、輝きを失っているように見えた。突如感謝の意を述べるノエルに気持ち悪さを覚えるが、階段の上からはチェキの私達を急かす声が聞こえる。私は不吉な予感がしてノエルの円らな瞳を見つめる
「どうしたの?まるで死ぬ前みたい」
ノエルは吐息交じりに笑う。その様子を私とナオトは神妙な面持ちで眺めていた。私の心配とは別にナオトは哀れみを含んだ目でノエルを見つめている。
「ノエル、もしかして」
ナオトが何かを言いかけた所でそれに被せるようにノエルは少しおどけた様子で応じた。
「心配することはない。私は死なない。コアだから」
「でも」
「早く行け!」
ノエルの強い意志の篭もった「早く行け」はヨーイドンと似ていた。私は半ば無意識のまま、その言葉にスイッチを押されたように階段を駆け上がった。使命感に近いようなものが湧き立ち、ただひたすら足を動かしていた。
建物の外に出るとぴしゃりと自動的に扉が閉まった。もう2度と開くことがないような音だったので私は走り去ったことを後悔する。
「ノエル・・・」
私が未練がましく扉を眺めていると、チェキが「申し訳ありませんが」と私に声をかけた。
「時間があまりないのでアメリカに転送します。いいですね」
そう言ってチェキは手を差し伸べる。こういう状況が今まで何度もあったな、と思い返す。ナオトとダイアリー、そしてチェキ。みんなコアでありながら、私達に力を貸してくれる。
「やるべきことは1つです。星がリヒト様の身体に入り込んでいる時をカオルが見極め、その時、ナオト様がその刃を突き立ててればいい」
事務連絡のように聞こえるが、そんな生易しいものではないことぐらい把握している。
「忠告をしておきます。現在のところ星は器の一部に足をつっこんだ状態なのです。ですから星はいつでも足を引っ込めることができる状況、と考えてください」
「それって」
「貴女の【眼】がしっかり星を捕捉しないと、計画は総崩れです。チャンスは1度きりと思ってください」
私達はチェキの手を握る。大きな手だった。ダイアリーやリヒトのものより、少し骨ばっていて男性的な手をしている。チェキは額に汗を滲ませ、うっすらと瞳を閉じた。固く接続された手に熱を感じる。熱くて手を反射的に離しそうになるが、瞬きした刹那に私達はその場から消えていた。
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