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おんぶ

「・・・ル」


私は全身に軋むような痛みを感じていた。このまま、眠っていたいような早く目を覚ましてしまいたいような、奇妙なパラドックスに悩まされている。


「・・・カオル」


誰だろう。私を呼ぶ声がする。


「カオル、起きろ!」


身体を激しく揺さぶられ、私は飛び起きる。


「わっ!」


格好悪いほど大きな声をあげて起きた私の目の前にナオトが立っている。ナオトに叩き起こされるのは何度目だろう。こんな短時間にここまで体験できることではない。呆れている顔が少年から青年のものへと変わっただけで、かつてとなんら変わらない。


「ここは・・・」

「日本みたいだ。飛行機代が浮いたな」


見渡すと深い森。見覚えのある森のお陰で助かった。木々が空を覆っているせいで今が夜なのか昼なのかも判断し難い。


「これは・・・忍海の森?」

「とりあえずノエルに会いに行こうか」


ナオトはそう言って、森の奥を指差した。私にはどちらに何があるのかさっぱり分からないが、さすが故郷と言うだけあって、森のことは知り尽くしているらしい。


足早に集落へ向かいながら、ナオトは私に訊ねた。


「本当に日本にはミサイルが・・・?」


ここは切り離された世界。彼らが日本に確かに存在しながら、伝説のごとく扱われているのもこの隔離された森のせいだ。私ももし、「マリル」という魂を内包していなければ、彼等の存在を知らぬまま、生活していたに違いない。


私は歩きながら眩暈を感じることがあった。時々頭に金属の擦れるような鈍い音が聞こえてくる。しばらくして、それが悲鳴であることに気付いた。時に感じる眩暈はそのせいだ。


「どうした?」


私には異常なほどの汗が滲んでいた。それにナオトが気付き私の顔を覗き込んでくる。


「いや・・・」

「カオル、おかしいぞ。具合、悪い?」

「あんまり元気ではないみたい。【眼】が開いたからその反動かも・・・」


日記により開いた【眼】のせいで、私は他人の強い思念を過度に受け止めていた。今、日本は危機的状況にある。それが私には分かる。情景が見えるわけではないが、感じるのだ。


それをコントロールできる力が今の私にはなかった。3日3晩、飲まず食わず、さらには寝ずに日記を読み続けた私は疲労困憊だ。準備のない私に次から次へとメッセージが届けば私にも処理できない。今はそういう状態だ。


それでも立ち止まるわけにはいかなかった。とりあえず、忍海を取り仕切っているノエルに会い今の状況を確認しなければならない。私は無心で足を動かしていた。


「カオル」

「?」


ナオトは私の名前を呼ぶと、膝を屈して背中を私に向けた。


「何?」


私が白い顔に吹き出す汗を拭いながら問うと、ナオトは「おんぶ」と呟いた。


「え?えぇ?!」


私はなんとなく照れてしまう。おんぶなど幼少時以来、一度もしてもらったことがない。冷や汗で濡れている顔が少し熱くなる。


「ほら、早く」


急かされて、私は目の前の広い背中に倒れこむ。一瞬後悔や罪悪感が湧いてきたが、すぐに温かく頼もしいその背中に私はほっとした。

ナオトは私を抱えているにも関わらず、身軽にピョンピョンと跳ねるように森を抜けていく。木々を潜り抜けるように先へ先へと足を運んだ。


「ごめん」

「何が?」


何がって・・・分かるだろ。そう思うけれどすぐに私は言葉を言い換えた。


「ありがとう」


ナオトは満足そうに「よし」と呟いた。


「随分大人になったね」


広い背中に身を任せたままナオトの耳元で私が言うと、彼はくすぐったそうに笑った。


「おい。26歳。俺が何歳だと思ってるんだ」

「もうお爺ちゃんだったね。ごめん」


日記から考えると、ナオトはすでに90歳を過ぎたおじいちゃんだ。コアの刀に成長を止められているとはいえ、3分の1も生きていない私に「大人になった」などと言われるのはいささか照れるのかもしれない。


やがて遠くに明かりが見えた。集落が見えてきたのだ。


集落は静まり返っていた。あのオリンピック選手村のような賑わいはなく、そこには誰も残っていないようだった。


「みんな、外に出て行ったのか」


私を負ぶったまま、彼は真っ直ぐに奥のノエルのいる建物に向かう。

建物に入る前に私は彼の背中から降りた。負ぶわれた私を誰かに見られるのはなんだか恥ずかしいからだ。相変わらず眩暈は健在だったが、すでに吹き出すような汗は止まっていた。


「ノエル!」


地下に続く階段を駆け下りて、扉を開くと、うずくまるようにノエルがいた。あの灰色の艶やかな毛並みは荒れている。体調が優れないのかもしれない。


「あぁ・・・ナオト」

「ノエル?どうした?」

「なんでもない。それより、日記は・・・?」


私が膝を付きノエルに顔を近付けると、彼は目を丸くした。そして、ふっと一息吐いてから「カオル、だね」と私の名を呼んだ。


「マリルじゃなくて、残念だった?」

「いや、マリルじゃなくて安心した。彼女はもう眠ることを望んでいたから」


ノエルが穏やかな口調で言った。その低い声は地下室の書斎に響いていた。


「おかえり。カオル」


私には記憶に祖父の存在がないのだが、もしいたとすればノエルのような話し方をするだろうな、と思った。安心感を与える不思議な声だ。


「ただいま」


私は微笑む。元気がないノエルを励ましたい一心だった。


「帰って来て早々申し訳ないが、アメリカからのミサイル攻撃を受け、日本はもうすぐ報復作戦を実行する。今、忍海がそれを遅延させるために動いているが時間の問題だ」

「やっぱり止められなかった?」

「仕方ない。星やコア達に日本は取り込まれている」


メディア。

警察。

政府。

全てが今コアの手中にある。つまりは星の意志のままに動く状態にある。


それは屋代タケシの演説からも考えられるし、私が有りもしない罪で追いかけられたことからも推測できることだ。


私はごくりと唾を飲み込む。


「彼らが明日の日本時間午前3時にロサンゼルスへの攻撃を開始する、という情報を手に入れた」

「今は何時?」

「午後10時だ」

「そんな・・・」


目の前が真っ暗になるような気分だった。もうどんなに急いでも間に合わない。ダイアリーのような力を持つ者がいない限り。私はすがるような気持ちでナオトを見るが、彼はゆっくりと首を横に振った。強大な刀の力を以ってしても瞬間的な移動は無理らしい。


「戦争は止められないの?」


私の問いに答えるものはいない。部屋中に絶望が満たされていく。


「クソッ」


舌打ちをしてナオトは抑えきれない苛立ちを拳に代えて壁にぶつけた。。

もうなす術はない。私達は俯き、その暗黒に満ちた世界に跪きそうになる。


そんな時だった。

背後の階段から、誰かが降りてくる足音がした。


「随分散らかった部屋ですね」


扉が開き、そこに立っていた男を私は凝視した。何故、この男が今ここにいるのだ?彼はリヒトの付き人のはずだ。今アメリカを攻めんと準備をしているはずの男がそこにいる。


茶色の長髪を束ねた、チェキが微笑を浮かべて立っていた。



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