目覚めた青年
ぼんやりとした様子で、彼は瞳を開けた。
「・・・カオル?」
虚ろな瞳で私の顔を見つめる。その声はこれまで聞いたことのない青年のものだった。成長したナオトは本当にリヒトに似ている。敢えて違うところ挙げるならば黒髪が肩よりも長く、少しあどけなさが残っているところぐらいだろうか。先ほどまで同じ顔をしていたはずの妖刀・夜明けにはない無邪気さがある。
「ナオト。起きたのね」
未だ放心状態の彼は辺りを見渡し、状況を把握しようとしている。しかし、記憶が曖昧でなかなか戻らないので、諦めて彼は「ここ、どこ?」と訊ねた。
「ここはロンドン。マリルの家」
「あ、そうだ。俺、闘って・・・」
糸口を見つけたナオトは少しずつ記憶を辿っていく。
「俺・・・コアに負けそうで」
「そうそう」
「・・・っていうか、俺成長してる?!」
急に現実に戻ってきた、という様子で彼は声を上げた。
「なんで?!どうして成長したの?」
彼は目に見えて動揺し、当惑している。いつも超然な態度をとるナオトが慌てている様子に私は笑ってしまう。
「おめでとう」
私はにやけた顔でナオトにそう言った。
「おめでとう、じゃないよ。どういう状況なんだ?カオルは知ってるんだろ?」
私は先ほどまでナオトの身体が刀に支配されていたことを話した。
「貴方の身体能力じゃ勝てないと思って、成長させてくれたみたいよ。私にはその仕組み、さっぱり分からないけど」
ナオトは無造作に伸びた黒い髪を触ったり、自分の身体を眺めながら悦に浸っている。刀と契約し時を止められた成長しない身体であっただけに、今とてつもない歓喜が湧いているに違いない。
「刀と話したんだね」
「夜明け、とね」
「!」
ナオトは目を見開き、息を呑んだ。
「こいつが名乗ったの?」
「ええ」
「びっくりだな」
「まぁ、私が訊ねたからだけど」
「ふーん。あ、そういえば、ウィルがいないな」
思いついたようにナオトが言う。日記を読んでから、いろいろなことがありすぎてすっかり忘れていた。彼には申し訳ないが。私の中で最悪の想像が湧いてきて、思わず口走る。
「まさか・・・ウィル、食われた?」
私の言葉でナオトの表情が曇る。私には崖から突き落とされるような悪いイメージがどんどん湧いてくる。
「ウィリアムは私が日本に帰しました」
冷たい感情のない声が背後から聞こえて私は振り返る。視線の先には仏頂面のダイアリーが立っていた。
「ナオトと戦ったコア達がここを去るのを見届け、私はウィルに早急に日本へ帰るように言いました。日本では今、大変なことが起こってますから」
「大変なこと?」
命蝕、夜会。大変なことなら100年前から起こっている。
「3日前、日本にミサイルが落ちました」
「え?」
「落ちた数は7発。北九州、広島、徳島、大阪、名古屋、東京、北海道。各地にアメリカが発射したミサイルが落ちて日本は大混乱です」
ちっとも大混乱していなさそうな声でダイアリーは告げた。その表情は先ほど垣間見えた人間らしさを微塵も感じさせない。
「ミサイル発射の黒幕は星です」
「星が?」
「ミサイルを落とした理由が貴方に分かりますか?カオル」
私はミサイルを落ちた日本を想像する。理不尽にミサイルを投下された日本は何も言わないだろうか?これまでの日本ならば他国に取り入って、アメリカに平和的な報復をするだろう。しかし今は違う。コアという奇跡の力を得て、日本は臨戦態勢にある。むしろ、この奇跡の力を世界に見せびらかしたくて仕方ないこの国は戦争を始めかねない。
星は扇動に長けている。人間の本質を容易く利用する。この夜会と命蝕で不安定になっているわが国ならば、なおさらだ。
「戦争・・・?」
「そう。巨大な火、イケニエ。命蝕を起こすに最適な条件が戦争ならば揃いますからね」
私の横で高揚している様子のナオトは声を荒げる。
「止めよう」
「止める?どうやって?国で動かれては、私達の力じゃ」
「日本は戦争で絶対にコアを使う。ならば俺の出番だ。俺にしかできない」
その瞳は以前の少年の瞳と変わらない。ギラギラと輝き、強い意志を秘めていた。
「おそらく今忍海が日本を走り回っています。悪い方向に日本が進まないように、相当抗っていますが時間の問題です」
ダイアリーが言うと、ナオトは小さく舌打ちをした。
以前、忍海の何人かは政治を動かすような位置に配備されている、という話を聞いたことがある。それは政治家であったり、裏の世界を牛耳るマフィアの首領であったりするようだが詳しくは知らない。
「そういうわけで、急いだ方がいいですね。私が日本までお送りしましょう」
「そんなことできるの?」
「私は戦うことはできませんが、転送くらいはできます。これでもコアですから」
彼は両手を差し出した。右手は私に、左手はナオトに向けられている。真っ白で滑らかな手は青い桜の元へ誘ったリヒトの手を思い出させる。
「カオル。貴方は今【眼】を取り戻しました。それと同時にリヒトの計画も知ったはずです」
ダイアリーの言葉にナオトが反応し、私の顔を見たが私はそれに気付かない振りをしたまま首を縦に振る。
「貴方にできることをやるだけ。貴方の【眼】で星が身体を得たことを確認した上で、計画を実行してください。失敗は許されません」
彼の言葉には重みがあった。圧力に近いものもあった。私を脅かすような意図はないにせよ、私は一瞬恐怖を感じ慄いた。
「随分、プレッシャーをかけてくるのね」
少し皮肉を込めて言うと、ダイアリーはふっと息を抜いて少しだけ微笑んだ。
「私はマリルの願いそのものですから」
日記に込められたマリルの願い。お父さんの願い。それらを具現化した彼にとって、その実現を促すことは彼にとって呼吸をするのと同じなのかもしれない。
私達はダイアリーの手を取る。そして強く握り、接続する。
空間が歪み、私の表皮が微振動を感じているのが分かる。
行く。
そう思った瞬間にダイアリーが呟いた言葉が印象的だった。
「また会いましょう」
眩しいものを見るようにダイアリーは目を細めた。彼なりの笑顔だと気付くまでに少し時間がかかった。
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