挿絵
【眼】を開けると、私は全身裸の姿で立っていた。
壁も白い。天井も白い。床も白い。全てが白の世界は、奥行きを感じさせない。
私は純白の立方体の中に閉じ込められてしまったような気分だった。
いつから私はここにいるのだろう?
そもそも、私は何者だろう。
頭の中には靄がかかり、全てが曖昧になっている。
私はぼやけた視界を見つめていると、遠くから誰かが歩いてくる。それが男の人だと気付くまでに時間がかかった。
彼の端正な美貌は青年を「男」という認識から遠ざけていた。
私は裸だったけれど、恥ずかしいという感情は不思議と湧いてこない。
「おはよう」
青年は緩やかな口調で私に目覚めの挨拶をした。私は乾いた口を動かし「おはよう」と言った。
「名前、わかる?」
青年は訊ねる。それが自分の名前なのか、はたまた青年の名前なのかは分からないが、両方分からなかったので私は首を横に振った。
「滝島カオル。貴方の名前だよ」
「かおる・・・?」
私は点字をなぞるように丁寧にその響きをなぞった。
「そう。やっぱり、挿絵を入れといて正解だったね」
青年はその目を細めて笑った。
「このままでは貴方は内なる存在に飲み込まれて消えるところだったんだよ」
私は胸に手を当てる。すっと頭の中に風が吹くような爽快な感覚があった。
「マリル・・・?」
「うん。どう?少しスッキリしてきたかな?」
青年は彼の顔に少しかかった長めの前髪を掻き分けながら言った。
「私、日記を読んでた・・・?」
「そうそう。もう大丈夫そうだな」
急に紐解いたようにするすると記憶が蘇る。私は日記を読んで、今ここにいる。ということは・・・
「ここは、日記の中だよ。正確には僕が強引に付け足した挿絵みたいなものだけど」
「挿絵?」
「生まれ来る貴方が飲み込まれることをマリルは拒んだ。だから、僕はそれに協力するために日記にこっそり細工したんだよ。最後にストッパーをするようにチョッチョといじったんだ」
挿絵とは私が最後まで日記の深淵に辿り着かないようにするためのストッパー。それが今、この白い部屋ということになる。そういう認識でいいのだろうか。
「日記を読んで、この世界の混沌の始まりを知ったはずだ。あの絶望の時代を見たんだろう?」
私は目を伏せた。今もありありと思い出せる。
「日記を読むことで、貴方の【眼】は開かれた。貴方はこれで星に会うことができる。語ることもできる。そして、殺すこともできる」
「リヒト、貴方の計画って・・・」
リヒトは柔らかく微笑んだ。
「魂で創られたかりそめの肉体が見限られ、僕が星の器として選ばれた時から計画は始まっていたんだ。僕が星と交わる時が必ず来る。近いうちに僕は星になり、星は僕になる」
そして、リヒトは私に近づいて何事かを耳元に囁いた。
私はその言葉で胸を貫かれるような痛みを感じた。
「いいね。それが世界を救う最後の手段なんだ」
彼は冷酷に念を押した。
マリルの最後の日記で言っていた「覚悟」とはそういうことだったのね。
私は心で眠り続けるマリルに語りかける。
「お願いだから世界を救って。それは僕の願いで、ハルキの願いでもあり、マリルの願いでもある」
切実な声に私は耳を傾ける。胸の奥で蠢くものを感じながら、私は瞳を閉じ、ゆっくりと頷く。
その様子を見届け、彼は目に見えて安堵したようだった。
そんなリヒトの様子を確認してから、私は静かに【眼】を閉じた。暗闇にうずくまる小さな少女を見たような気がした。