日記30 メッセージ
世界は私達の想像を絶するほどの速度で命蝕を繰り返した。小規模なものがほとんどだったが、7年に一度はやはり大規模な命蝕が起こった。
そのせいで、裏側の世界では半身が蛇の人間や、言葉を喋る動物等が増えた。また、完全にヒトの形のコアも明らかに増えた。彼らは獰猛で、星に極めて忠実だった。
やがて、世界で「夜会」と呼ばれる奇怪なイケニエの儀式が始まった。それは唯一表の世界と裏側の世界をつなぐものだった。
それが星の意志によるものであることは明白だった。
星は彼らに語ったのだろう。
「再蝕をして、更なる進化を遂げよ」と。
彼らはその言葉に扇動され、世界中でイケニエの儀式を始めた。巨大な火を起こし、命を奪った。
私達は世界中に蔓延するその野蛮な儀式を促すコア達を青い月で駆除する活動をしていた。星が明確な身体を持たない以上、私達にできることは限られていたからだ。
「忍海」を名乗るナオトとそれをサポートする私の子供達は裏の世界で有名になった。
彼らだけが災厄に抗った。絶望に飲み込まれ死を選ぶ者や邪悪な夜会に身を投じる者と相反する者達はこの国の希望だった。
その活動は圧倒的な命蝕の増加の前には微弱なものだった。夜会は星の生み出したコアによっていくらでも開かれる。そしてコアがまた生まれる。
永遠に続く負のスパイラル。
増え続けるコアと失われる命。激しい命の循環を見届けながら私は歳をとった。私は【眼】で世界の悲鳴を感じ取っていたが、それに耳を傾けながらじっと耐えることしかできなかった。
星は確実に魂を食らっているのだろう。あの未熟な身体を如何に成長させているのか、想像もできない。だが確実に彼は末路へと近づいている。
体を手に入れれば、星は青い月で貫くことができる。
星はそれに気付いているのだろうか。
気付いていたとしても、彼はおそらく食事を止めることはない。欲望の暴徒と化した星にそんな選択はないだろう。
私はあの日、リヒトの友人チェキに日記を渡した。彼はリヒトの言うとおり、格好いい男だった。クールで紳士な彼はどこかの城の執事でもしていそうな青年だった。
彼はリヒトのことを「リヒト様」と呼んでいた。友人なのに、と茶化したけれど彼は穏やかに笑うだけで、その呼び方を変えることはなかった。
私はその時、彼にリヒトの計画を聞いた。
星を滅ぼす計画。
星の傘下にありながら、反逆心をもって生き続ける彼を私達は賛称すべきかもしれない。
その計画はあまりに自虐的で、あまりに危うく、あまりに辛い内容だった。
その計画を聞きながら、耳を塞ぎたくなるほどに。
私はリヒトの悲痛な覚悟を知った。だから、生まれ変わる私にも出来る限りその覚悟を受け止めて欲しい。この日記を読みながら。
世界には絶望しかないように見えるけれど、
強大な存在に舌を巻くしかできないようだけれど、
それでも抗う者がいる。
まだ希望が存在している。
世界のどこかで星と再会する時、私は泣くと思う。
それは間違いない。
それは『彼』の終わりを意味するから。
日記編終了です!長々とすいません。