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日記29 動き出す反逆

私は石像のようにその場で動かなかった。先ほどまでそこで漂っていた曖昧な存在の放っていた緊迫した気配の余韻のせいかもしれない。


どうしよう。


私はあの星の薄ら寒い笑みを思い出しながら冷静さを保とうとしていた。

私はこのまま星の提案に乗るだけでいいのだろうか。確かに私が再度甦るだけならば、世界に影響はほとんどない。しかし、あの星の提案ならば何か裏があってもおかしくはない。


慎重に選ぶべきだ。


私の選択は大きく世界の行く末に影響を与える。そう思っていた方がいい。


私は空を見上げる。空気が澄んでいるせいか、満月がいつもより輝いて見えた。一息吐くと、白い息が空に昇りながらうっすらと消えた。


あの時は2人だったな、とぼんやり考える。3年前、異国の地でリヒトが私達に審判を下した日だ。


『あれ?泣いてるの?』


顔を覗き込まれそうになって慌てたな。懐かしくなってまた涙が出そうになる。もうどんなに望んでも、彼には会えない。少なくとも、あんな些細な会話ができるような関係ではない。



「悩んでるの?」



リヒトが私の頭で囁いたような気がした。


「え?」


すぐに気のせいだと思い苦笑するが、またその声は聞こえた。



「眼を閉じたら【眼】が開く」



私はよく分からないままゆっくりと瞳を閉じた。真っ暗の世界にぼんやり小さな光が見える。


「マリルには直接会えないけど、こうやって会えるんだよね」


光はやがて明確な輪郭を得てリヒトの形となった。


「リヒト?!」


よくリヒトに会う日だ。私は疑いの眼を向けるが、彼は手をヒラヒラさせて穏やかに笑った。


「そんな眼をしないでよ。僕は偽物じゃないから。今日言った通り、僕は星の監視下にいて直接マリルに会えない。だから、マリルの【眼】を利用させてもらった」


眼?私は首を傾げる。


「星を感じ取れる力。強い思念を読みとる力。いわば心の眼だね」


彼は子供に諭すようにゆっくりと告げた。


「僕の思念を今マリルに向けて発信している。すごい集中力を使うから、長い間は話せないけどね」


私の【眼】が特別だと思ったことはない。しかし昔から星を感知できたのは私だけだと考えると、確かに私には特殊な力があるのかもしれない。


「さっき星に会ったね。星はマリルに生まれ変わりを提案しただろ?」


私は頷く。何故彼が知っているのかという問いは無駄な時間を割くことになるのでやめた。


「マリルは悩んでいる。星の提案に乗るか否か」

「そうだけど・・・」

「じゃあ僕からも提案しよう。星の提案に乗るべきだと」

「でも私は星のために生き返りたくないわ。彼の思惑通りに動くことが恐ろしい」

「でも闇雲に提案を棄却すれば世界は更なる混乱に包まれる。それも困る。だから、僕が少し一役買おうと思うんだ」


暗闇に光が揺らいでいる。それは淡く輝き、囁くように煌めいた。


「マリル。毎日日記を付けているだろ?」


日記はイギリスに行く前から毎日つけている。あの最初の命蝕の直後以外は。日記をつけていることを幼いナオトが興味をもっていたな。勿論リヒトも知っている。


「あれをここでおしまいにして僕に貸してくれないか?」

「どういうこと?」

「おそらくマリルの魂を呼び起こすのに日記を使うことになる。だから少し細工をしたいんだ」


彼は飄々としていたが、いつもより少し早口だった。本当に時間がないのだろう。


「最後のページに挿し絵を挟むだけだよ」


彼は片目を瞑り笑みを浮かべた。挿し絵?何だろう?


「何のために?」


リヒトに問う。一応彼が星の下僕であることを忘れてはいけない。彼が星の願いを叶えるために、私の背中を押そうとしている可能性もある。感情的にならずに私はそれを言い聞かし、彼を見極めるために訊ねるべきだ。

訝しがる私の問いをリヒトは真っ正面から受け止め、悪戯を企てる子供のような無邪気な笑みを浮かべた。


「星に少し反逆を、ね」


その顔はかつてのリヒトを思わせた。あの世界を破天荒に飛び回ったあの時の彼のままだ。

急に緊迫していた糸が緩むのを感じた。無駄な危惧であったと笑いそうになる。

驚くほど簡単に私は彼への疑いを撤回できた。


「分かったわ。でもどうすれば?貴方は立場上私に会えないのよね」

「そうなんだ。僕は星のお気に入りだから」

「お気に入り?」


彼は肩を竦めて「選ばれても嬉しくない最優秀選手みたいなものだ」と嘯いた。


「僕の友人を明日の夜にそっちへ寄越すから、彼に渡してほしいんだ」


彼の口から出た友人という単語に私は安堵した。彼は少なくとも孤独ではない。


「名前はチェキ。茶髪のポニーテールが目印だね。スタイルが抜群で格好いいよ」


あれほどの美少年に格好いいと評価される男はどれほどのものだろう。こんな時にそんなくだらないことを考えている私は不謹慎かもしれないが。


「僕も最悪の状況だけどさ、38歳の若さで死んだ後の話をされるマリルも最悪だね」

「そうね。確かに」


私は思わず吹き出してしまう。


「でも頑張ろう、マリル。僕達はまだ這い上がれる」


その強い意志に満ちた言葉を最後にして光は消えた。私はその余韻を噛みしめたまま、瞳を開ける。


そこには輝いた満月があった。私はその光が眩しくて、思わず目を細めた。

何故かその時一筋だけ涙がこぼれた。


読んでいただき、ありがとうございます。

何か気軽に感想など書いていただけると嬉しいです!

次、日記編最終です。

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