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日記24 もう行けない

2年前と異なり、村民は夕食を作ってくれた。根菜の煮物とご飯、味噌汁という古風で質素な日本料理だった。日本で育った私にもハルキさんにも嬉しいメニューだった。レンコンを食べるのはもう何年ぶりだろう。私は懐かしさのあまり、感嘆の吐息を漏らしてしまう。


おそらくハルキさんも同様の思いだっただろう。他国と異なる繊細な味付けがとても懐かしい。美味しい。


食事を御堂まで運んでくれたのはリヒトだった。


「ありがとう。リヒト」


私が礼を言うと、リヒトは柔らかく微笑んだ。ロウソクでリヒトの顔が赤く光っている。


「先に言っておくけど、母さんの料理、うまいよ」


私は頷き、満面の笑みを浮かべる。村民が心を開いてくれたという事実が何より嬉しかったし、その一端を担っているのがリヒトのお陰だと思うと、心がいっぱいになる。


「じゃあ、また明日」


リヒトは軽く片手を上げてから、御堂を後にした。


「マリル。早速明日、出発するか」


ハルキさんがご飯を咀嚼しながら言った。


「そうね。子供達も気になる。できるだけ早い方がいい。でも」

「でも?」

「いや、ナオトとリヒトは本当にいいのかな。本当はこの村でもう少しゆっくりしたいだろうし」


私が言うと、ハルキさんは「うーん」と唸った。


「でも時間はあんまりない。子供のことだけじゃない。世界にも脅威は刻一刻と迫っている」


ハルキさんは急に真剣な顔で言った。私はすぐに答えを出せなかった。



食事を終えてから、私は睡魔に襲われた。

有り得ないことだった。私は眠れない身体なのだ。もう20年近くほとんど眠っていない。私の睡眠の機能が回復したのか、それとも・・・。







マリル




「もうすぐ」だよ




もうすぐ会いに行くよ





私はその声の主を知っている。最も今会いたくない存在だ。

会えば、私はその場で嘔吐してしまうかもしれない。失神してしまうかもしれない。


遠くから歌が聴こえた。聴いたことのある歌だ。

どこで聴いたのだろう。


わらべうた?

いや、これは・・・




息苦しくて目が覚めた。焦げた匂いが鼻を刺す。

体の表面が熱い。


私は起き上がる。御堂が燃えている、と気付くまで時間はかからなかった。


「これは・・・?」


村民の歌。そして炎に囲まれたこの状況。


私は1つの答えを導いた。簡単な方程式だ。


「イケニエはイケニエ」であるということ。御堂には青い呪いの刃がある。丸ごと私達の命を捧げようとしている。


私の横には突っ伏したままのハルキさんとノエルの姿がある。激しく揺さぶってみるが全く起きない。夕食に薬を入れたに違いない。眠っている。とても深い眠りだ。


私は御堂の扉を開けようとするがビクともしない。外から鍵をかけられている。ガンガンと叩き、何事か叫んでみるが反応はなく無意味だった。


ハルキさんならば、コアの絶大な力でこじあけられるだろう。しかし、深い眠りの底にいる彼は全く起きない。


「ハルキさん!ハルキさん!!」


私はただひたすらに叫ぶしかなかった。死ぬわけにはいかない。私には守るべき世界と子供達がいるのだ。


しかし私の叫びは無情に響くだけで、禍々しい歌と業火の猛る音に掻き消されようとしていた。


「いや・・・いやよ。死にたくない!誰か!」


そこで不思議なことが起こった。


私の声に反応するかのように、耳を貫くような咆哮が聴こえた。そして歌がピタリと止まった。


「え?」


そして歌の代わりに断末魔のようなおぞましい夥しい叫びや呻き声が外から聞こえてきた。御堂には窓がないため、外の様子が全く見えない。私は恐怖に駆られる。


やがて炎の音しか聞こえなくなった。


急に心細くなる。息も苦しい。酸素が減り、代わりに一酸化炭素が充満しつつある。意識が遠のくのを感じた。気持ち悪い。


ガラガラと音を立てて、扉が開いた。


虚ろな意識の中で、私は見た。そこには涙を流したまま立っているリヒトの姿があった。彼の顔は恐怖で硬直している。


「マリル・・・」


言葉はフワフワと浮かびそうなくらい軽く小さかった。弱弱しく、海に浮かぶ泡のようにいつ消えてもおかしくないような声で彼は言った。


「僕、食べたんだ・・・」


リヒトの言葉は不思議と炎の猛る音に掻き消されず、私の耳に届いた。


「母さんも、父さんも、みんなも・・・全部、僕の・・・いちぶに」


扉が開いたことで酸素が私の肺まで届いた。私は何とかして立ち上がって、リヒトの元へ辿り着き、彼の足元で崩れた。


「僕も・・・星のいちぶに・・・」


彼の流した涙が私の乾いた顔の皮膚に落ちた。リヒトは軽々と私を抱えて、燃え続ける御堂から離れたところに横たわらせた。耳元で彼がささやくのが聴こえた。


「もう、一緒にいけない」


涙がもう一滴落ちた。それが合図となったように張り詰めていた糸がプツンと切れた。

私はそこで意識を失った。


この話の裏側が第31部「地獄の風景」に書かれています。併せて読むと外の様子が分かって良いかもしれません。

もしよろしければどうぞ。



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