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日記22 ナミダ

私、ハルキさん、ノエル、桐谷リヒトと桐谷ナオトは子供達と共に世界中を再び巡り始めた。


あれから1年後にはやはり命蝕が起こった。次のコアは中国で生まれた。人口の最も多い中国で生まれたコアはこれまで以上の人間を飲み込んだ。消滅人数は推定1000人と言われている。私達はコアの気配を頼りに彼を求めて中国へと向かったけれど、途中でその気配は失われ、私達はコアに出会うことはできなかった。これまでコアの居場所を認識できていたけれど(1匹はノエル、1人はハルキさん、1本は桜の木だったから)この時から私達は生まれてくる数々のコア達を見失うことになる。


7年の時を刻みながら、星は魂を食らい続けている。すでにどれほどまでの形を得たのだろう。早く止めなければ、この悲劇は永遠に繰り返される。


兄弟にとって、命蝕の爪痕は衝撃だったようだ。居場所を失った孤児。未亡人。恐怖に駆られる人間達が生み出す暴動。それにより家を焼かれた家族。

彼らが力なく路上でうなだれる姿をリヒトとナオトは何度も見た。

崖から飛び降りて死を選ぶ現場に居合わせたこともある。


兄弟は私達に協力してくれた。悲しみの淵に立つ人々に寄り添い、出来る限りのことをした。それが無意味に思えるようなときもある。けれど、兄弟は不平不満を全く言わずに手伝った。


兄弟が外の世界に旅立ち2年が経とうとしていたある夜、私は暴動で崩された廃墟の瓦礫に座ってリヒトと話をした。


「月が綺麗だね」


リヒトが言った。輝く星、そしてそれに寄り添う三日月は青白く光って見える。


「そうね」

「マリル、何か悩んでるでしょ」


図星をつかれた。悩んでいる時は月を見たくなる。輝く星を見たくなる。だから私は自然と悩む時は夜1人になり空を仰ぐ癖がある。


「もうすぐ2年になる。きっと貴方の両親は心配してるわ」

「なんだ。そんなことか」

「そんなことじゃないわ。貴方は家出してるのよ。自覚してる?」


リヒトは優雅に笑いながら、指で四角を作り、カメラでピントを合わせるような格好をしている。おそらく四角の中心には三日月があるに違いない。


「大丈夫だよ。マリルが気に病む必要はない。僕達が出てきたのは僕達の意志だし、責任を感じる必要は一切ない」

「それでも貴方はまだ未成年でしょ」


19歳になったばかりのリヒトに私は叱咤する。2年前助けてくれたのは事実だが、それとこれとは話が別だ。


「来年には20だ。大丈夫だよ」

「貴方はそうかもしれないけど、ナオトは?まだ14歳なのよ。彼はまだ親元を離れるべきではなかった」

「ナオトにそれを言ったら、あいつは怒るよ」


ナオトは子ども扱いされることが嫌いだ。頭を撫でられるだけで怒るのだから、言葉で直接言えば逆鱗に触れることは間違いない。


「僕は帰るつもりはないよ。ナオトもそうだ」

「だから・・・」

「でも、いいよ。再度日本に行こうか」


思わず「え?」と大きな声で聞き返してしまう。


「命蝕が如何に外の世界で働いているかわかった。もう充分だよ。そして、それに対してどれほどまで真摯に頑張ってるかも伝わった。マリルが必要だと言うなら、青い刃を渡そう」


それでも口を開けたままポカンとしている私に優しくリヒトは微笑む。


「信じる、と言ってるんだ」


私はリヒトの眼を思わず見た。


「あれ?マリル、泣いてるの?」


妙に目頭が熱いと思ったら、眼が潤んでいた。安心したからかもしれないし、第3者に自分の頑張りが認められたからかもしれない。彼にとっては何気ない一言だったかもしれないけれど、私にとっては心が揺さぶられ、熱を帯びるようなとてつもない言葉だったのだ。


「いや、あの、これは・・・」


動揺していた。自分より一回り年下の青年の前で涙を流すなんて恥ずかしい。


「女性の涙を指摘しちゃだめだって」


気が付くと眼を拭いながら私はそんなことを言っていた。自分でも訳が分からない。


「覚えておくよ」


リヒトは私の顔をわざと覗き込み、悪戯な笑みを浮かべている。私は思わずリヒトの頭を叩く。リヒトの艶やかな黒髪がクシャクシャになり、彼は声をあげて笑った。


「じゃあさ、僕からもひとつ」


リヒトは人差し指を前に出してビシっと言う。


「泣きたい時は泣いたらいいんだって。恥ずかしいことじゃない」


そう言ってリヒトは、クルリと背を向けて宿へ戻っていった。私はその華奢ながら頼もしい背中を見て、心の揺らぎの余韻を噛み締めていた。





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