日記20 談笑
村長に案内されるようにして村を一周することになった。
「勝手に歩くのは止めてくれたまえ。私達はあなた達を歓迎しているわけではないから」
それでは何故案内してくれるのか。そういう問いは意味がないと思って敢えてしなかった。
村には決して大きくはない古い家屋がいくつか存在している。村の真ん中には広場があり、たまにここで集会を行っている。村に水源はないので、必要な水は近くの川へ汲みに行く。村の秘密を守るために、森には監視者を配置し、近づく敵を排除する仕組みになっている。
そう言ったことをつらつらと説明して村を回って、案内は終了した。非常に淡白で味気ないものだった。私達は村を案内された後、青い刃のある建物へと引き返した。
そして今、私達は黒い鉄の鞘に納められた青い刃の前で寝そべっている。
すでに日は暮れ、外は暗い闇に包まれている。村は終始静まり返っている。これが果たして通常の状態なのかは分からないが静か過ぎる。
電気は通っていないようで、広い御堂にロウソクを3本立てて明かりにした。
「今後について考えよう」
ハルキさんが私達に言った。
「彼らをもう少し説得してみるべきだと思う。刀の守人である彼らにいきなり刀を貸せといったところで、すぐに良い返答が得られるとは考えにくい」
ハルキさんは熱意のこもった言葉を述べているが、私の耳には入ってこなかった。私には様々な思考が交錯していたからだ。その様子に気付いたノエルが私に尋ねる。
「どうした?マリル」
「いや・・・」
ハルキさんが訝しげに私を見る。
「なんだかおかしいと思うの」
「何が?」
「何故・・・何故村長は私達をここに敢えて留めたのかしら。留める理由が見当たらないのよね」
ハルキさんも馬鹿ではないので、勿論考えていたに違いない。しかし、彼は冷静に私に反論した。
「マリルの言うことも勿論分かるが、俺達は引き返すことはできない。刃を諦めたら、オシマイなんだ」
「うん。そうなんだけど・・・」
私が一番引っかかったのは、あの村長の歪んだ笑みだ。あのおぞましい笑顔にはとてつもない思惑が
隠されているように思えてならなかった。
その時だった。
コンコンと扉を叩く音が聞こえる。
「誰?」
私がおそるおそる問うと、木の扉の向こうから穏やかな擦れた声が聞こえた。
「僕だよ。リヒトだ」
私が扉をガラガラと引いて開くと私達を親切にも案内してくれたあの青年が立っていた。月の光に照らされた彼の青白い顔は神秘的という域を超えているように思えた。
目の前にいる存在そのものが「神」であるように思えるほど美しかったのだ。
「ねぇ。外の世界の話を聞かせてくれない?」
そう言って話を懇願するリヒトは、紙芝居を読んでもらうことをお願いする子供のような微笑みを浮かべた。
私達は彼を招きいれ、しばし談笑した。
彼は本当に何も知らなかった。
今時の3歳児でもテレビくらい知っているが、彼はそれすら知らない。
「電波?電気?難しいなぁ」
そう言って首を傾げながらも、リヒトは目を輝かせている。
「さすがに犬は分かるけどね、でも犬が喋るのは初めて見たよ」
「あぁ、彼は特別なの」
私は顔を引き攣らせながら答える。「彼は犬じゃないから。彼はコアだから」と心の中で付け足す。
「やっぱりね。今日、弟にもそう言ったんだ。『特別』だって。良かった。間違いじゃなかったね」
「弟?」
「うん。ナオトっていうんだ。生意気だけどいいやつだよ」
弟を「いいやつ」と紹介する彼らは相当仲がいいのだと予想した。
「ねぇ。いつまでここにいるの?」
リヒトは俯いたまま私に尋ねた。その横顔は中途半端に時間を止められたように硬直している。
「早く出て行ってほしい?」
私はこの時、彼も余所者を煙たがっているのだと思っていた。
「いや。そういうことじゃない!」
彼の語調は強かった。そして「ただ・・・訊いただけだ」と呟き、少し悲しそうに笑った。
「残念だけど、刀を手に入れるまではここを去るわけにはいかない。全ての命が危ういの。私達が根源を消さなければ、取り返しのつかないことになってしまう」
私の言葉を彼は真摯に聞いてくれた。瞳は真っ直ぐで、全てを射抜くような鋭い眼光を放っている。
「そっか。わかったよ」
そう言い残して彼は立ち上がった。