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日記19 イケニエの儀式

村の外には誰もいなかった。

もしかしたら、ここの住人は「夜行性」で今はまだ眠っているのではないかとおもうほどに。


しかし、家の窓から湯気がモクモクと出てきていて、確かに人が生活しているという気配はある。


森を丸く切り抜いて作った、十円ハゲのような形が村の全貌なのだろうと想像した。村は極めて狭く、中心にある憩いの広場のような所に立てば全貌が把握できた。


広場から、入り口と反対方向へ歩くところに大きな建物があった。


白い壁に黒い瓦の屋根。典型的な武家の家のようなその佇まいは時代に取り残されたことを物語っている。


私が広場の中心から一歩出した時、突如歌が聞こえてきた。聞いたことのない歌だった。歌詞は何語か分からない言葉のようだが、男と女の声が混じりあい淀みなく歌い続けられている。歌はわらべ歌のように聞こえる。少し不気味で妖艶な色を帯びている。


私は歌に誘われるように、そちらへと向かう。


ハルキさんがその建物の扉に手をかけた。


「ごめんください」


残念ながら、建物にはインターホンなどないので、声をかけるしかない。しかし、建物の中では合唱が行われていたせいか、ハルキさんの声は小さかった。


私達はその建物の中で行われていたことに戸惑いを隠せなかった。


板間には20人の大人達が座っていた。そして、神棚に飾られるようにして置いてある一本の刀に跪き歌を歌っている。神棚の前には一頭の仔牛が観念したように大人しく横たわっている。


これは儀式なのだ。しかし、何のための?


私は息を呑む思いでその光景を眺めていた。室内は異様な熱気と雰囲気で呼吸をすることも憚れるほどの緊張感に満ちていた。


歌がしばらく続き、やがて不思議なことが起こった。それは私にとってあまりに残酷な光景だった。


牛の身体から淡い緑色の光が放たれる。何も知らなければその美しい光にうっとりしたかもしれない。一種のイルミネーションのようなその光を見て微笑むことができたかもしれない。


しかし、私にとってこの光は脳裏にあの「最悪の時」を蘇らせるものにすぎない。

あの、命蝕の瞬間。悪魔が降臨したあの恐ろしくおぞましい時。


すぐに理解した。この儀式は刀に命を捧げ、怒りを鎮める儀式だ。


捧げられた仔牛は消滅し、そこには跡形もなくなってしまった。そしてそれと同時に彼らは歌うのをやめて頭を垂れた。


村人のうちの1人が「ふぅ」と息を吐くと、呪縛が解かれたかのように彼らは立ち上がり、バラバラと解散していった。彼らは入り口に立つ私達を横目で見ながら、口をへの字に曲げて通り過ぎていった。おそらく、リヒトが一言添えてくれたお陰で、彼らには私達の存在が知らされているらしい。


19人が出て行き、1人だけが社に残った。

彼が村長なのだと直感で判断した。眉間に皺を寄せて、仁王立ちしている。側頭部にしか髪の毛がないが、髪が黒々としているため、何歳か判断しがたい。口元に無精ひげを生やし、切れ長の眼は鋭い眼光を放っていた。


「政府の用件をお伺いしよう」


単刀直入だった。はじめましても、名を名乗ることもない。本当に歓迎されていないということに私は心の中で苦笑する。


「ここにあるという青い刃をお借りしたく参りました」

「?!」


男の目が見開かれた。


「今、外の世界では命蝕という命の消滅が起こっております。それを起こす強大な存在から世界を守るためには、貴方達の協力が必要なのです」


私は事細かに説明した。隠す必要性は一切ない。私が生み出した世界の脅威についても、それに伴う世界の暴動についても、生み出された3体のコアについても詳細に語った。

村長は表情を動かすことなく、その話を聞いていた。私が話し終えると彼は瞳を閉じて、瞑想に入った。


「あなたがたの事情は分かった」


その言葉に安易に私は胸を撫で下ろす。


「それでは・・・」

「しかし、それが何だというのだ?私達には関係の無いことだ」


死刑宣告を受けたような衝撃だった。


「私達はこの禍々しい刀を守るために存在している。それ以上の存在ではなく、それ以下の存在でもない。この呪われた刃はここでひっそりと生きる定めだ。それを外の世界に持ち出すことなど断じて許さない」


暗転した私の目の前は、絶望の二文字で敷き詰められていく。


「でも、この刃が世界中の人々を救うことができるのですよ?逆に言えば、この刀しか世界を救えないということです」


私の訴えは無意味なものだと分かっていた。彼らにとって外の世界の人々を守りたいという願望が一切ないのだから、情に訴えたところで彼らには届かない。

しかし、私はそうせざるをえない。


「申し訳ないが、お引取り願おう」


村長はそう言って、刀に視線を戻した。

私はその村長の背中をみっともないくらいに見つめていたが、どうなるわけでもなく、私達は立ち去ろうとした。


「いや」


突然村長が口走った言葉は意外な内容だった。


「せっかくだから、少し滞在されるか?」

「え?」


どういう風の吹き回しだ?


「この社を自由に使っていい。しかし、青い刃を盗もうものなら容赦はしないがね」


村長は歪んだ笑みを浮かべた。おめおめこのまま帰ることもできない私達はその提案に乗ることにした。





読んでいただきありがとうございます。

この後、第16部「眼から見たもの」を読んでいただけると、ほんの少し舞台裏が見えます。

ほんのささやかな舞台裏ですが。

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