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日記18 森の民が住むところ

私達を銃で撃ち殺そうとした青年は、森の奥を指差した。


「村はこの近くにある。着いてきて」


私とハルキさんは顔を見合わし、同時に頷いた。ここで進むことを躊躇うわけにはいかない。


「君、名前は?」


ハルキさんが訊ねると、青年は予想に反して丁寧に名乗った。


「桐谷リヒト。覚えにくい名前で申し訳ないね」


先ほどまで命を取ろうとしていた人間とは思えない。私は口を開けたまま頬をぽりぽりとかいた。


「ねぇ、本当に私達よそものを招き入れてくれるの?」

「うん。少なくとも僕はお前達が気に入ったから」


リヒトと名乗る青年は微笑む。その笑顔に心を射抜かれる女性は多いに違いない。逆に美しすぎて時めく男性がいてもおかしくはない。


「でも」

「でも?」

「他の人間はどうか分からない。気をつけたほうがいいよ」


気をつけろ、というのは「いつ殺されるか分からない」という意味だろう。いきなり来訪者を撃った青年がいるのだから、どこから弾が飛んでくるか分からない。


青年の動きには無駄がなく、入り組んだ木の隙間を器用に進んだ。ここで住んでいるものにとって、この複雑な森を歩くことは日常茶飯事なのかもしれない。


「一応聞いておきたいんだけど・・・私達を殺すために撃ったのよね?」


私はおそるおそる尋ねてみる。


「急所は狙っていた。銃弾を受け止めるとは思わなかったけど」


恐ろしいことをけろりと語る青年は「びっくりしたよ」と無邪気に笑っている。彼らに罪悪感というものはないのだろうか。


「外の世界は楽しい?」


青年は身軽に木の間をすり抜けながら質問してくる。私は心にずんと重い石をいきなり入れられたような気がした。そんな私の様子をいち早く察知したハルキさんが代わりに答えた。


「さっきも言ったけれど、今、世界がおかしくなってる。俺達は困ってるんだ」

「めいしょくとか言ってたね。それは何?」

「命蝕が起こると、たくさんの命が合体して、超絶な力を持つ不死の生命が生まれるんだ」


前ばかり向いていたリヒトの足が止まり、彼は振り返った。その目は見開かれている。


「すごいね。僕達のアレとそっくりじゃないか」

「アレって刃のこと?」


リヒトは頷く。


「刃のことをどこで知ったの?政府に言われて来たって言っていたけど、お前たちは政府の人間には見えないな」

「そう。私達は政府の代わりに来たのよ。私達はその命蝕に立ち向かうための力を求めてここに来たの」


リヒトは興味なさそうに「ふーん」と言って再び足を動かし始めた。


やがて数分後、暗闇から抜けたところに、コテージのような木造の小屋があった。そしてさらに奥には同じような木造の小屋が乱立していて、その周りを小規模の畑や田んぼが囲んでいる。確かに江戸の農村がそのまま残っているような気がした。


「ようこそ。僕達の村へ」


リヒトはくるりと振り返ってそう言った。明るい場所で見ると改めて彼が美少年であることが分かる。大きな瞳に可憐なまつ毛がくっついていて、肌は雪のように白い。華奢な印象はあるが、鍛えてあるのか二の腕はそれなりに引き締まっている。


「僕が村長に話してくる。お前達はそこで待機しておいてくれ。下手に動くと死ぬよ」


リヒトはそう言い残して村の奥に走り去っていった。


「本当に村なのね。正直半信半疑だったけど」

「そうだな」


私達はリヒトの背中を眺めながら語り合う。


「うまくいくかな」

「神のみぞ知るって感じだな」


村は閑散としていた。住民は今のところリヒトしか見ていない。


村に辿り着くことができたのはリヒトという青年のお陰ではあるが、信じることが正しいか分からない。ここでは一時も気を抜くことは許されない。


リヒトの様子では刃は確かにここにあるようだった。命蝕の話をした時、急にリヒトの態度が急変し「命蝕がアレにそっくり」と言ったのが気になる。そもそもアレとは何だ?


嫌な予感がした。

命蝕にそっくりなものなどろくなものではない。


「お待たせ」


すぐにリヒトは戻ってきた。その表情は険しい。


「一応村長に話をしてきたよ。でもあんまり歓迎はされないと思う。あの大きな建物に村長がいるよ」


リヒトが指差す先に、寺のような比較的巨大な建物が建っている。


「ありがとう。桐谷くん」

「リヒト、だよ。頑張ってね。じゃ、僕は仕事があるから」


リヒトは軽く手を上げて、そのまま走り去ってしまった。


「行こう」


ハルキさんが言った。その横顔は相変わらず険しい。

いよいよだ。ようやく、求めていたものに出会える予感がしていた。


その数年後にこの場所で悲劇が起こるなんて、この時は誰も予想していなかった。




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