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日記17 閉ざされた森

私達は予定通り、朝5時に起床し(私は眠っていないが)、まもなく宿舎を出発した。

まだ外はほとんど暗い。太陽が顔を出そうとうずうずしている。

私達はレンタカーで森の近くに向かうことした。


子供達は宿舎に残すことにした。残していくのはとても心配だったし、本当は連れて行ってあげたいけれど、彼らを危険にさらすわけには行かない。14人の子供達のうち、一番年長者だったタータに子供達の世話を任せて、私達は刀鍛冶の一族の村へと向かうことにした。


運転をしているハルキさんは終始無言だった。険しい顔をしている。死なない身体をもつハルキさんが「殺されるかもしれない恐怖」にとらわれているとは考えにくいので、おそらく彼は「青い月の手がかりを見つけた緊張感」を抱いているのであろうと想像する。探し始めて何年も経った。これが偽者ならばまた振り出しに戻ることになる。


まだ太陽が昇っていないにも関わらず、すでに東京は活発に動き始めていた。自動車はスピードを抑えることなく通り過ぎていくし、背広姿の疲れたサラリーマンが忙しく信号が変わるのを待っている。


後部座席でノエルは丸くなって寝息を立てながら眠っていた。

こんな日によくのんびりと眠っていられるな、と思ったけれど、責めるつもりはない。彼が命蝕に興味がないことは知っている。彼が協力してくれるのは私のためで、決して自分のためでも世界のためでもない。


命蝕が起こって20年が経って、ようやく私は「星」の名を名乗るアレが唯一恐れるものに出会えるかもしれない。


私達は1時間ほど車を走らせたところで降りた。レンタカーで行ける場所は立ち入り禁止と書かれた空き地の手前までだ。そこから先は網が張られていて近づけないようになっている。


「行こうか」


ハルキさんがようやく口を開いた。彼は身軽に網をひょいと乗り越える。ノエルも助走をつけてぴょんと飛び上がり網をたやすく乗り越えた。コアである彼らには常人にない力がある。知能、身体能力、いずれにおいても私より遥かに優れている。

私は網にしがみ付き、精一杯力を入れて乗り越えようとしたが、着地に失敗し、お尻を強打する失態をおかした。


「緊張してるの?ハルキさん」


私が問うと、ハルキさんは柔らかい笑みを浮かべて「いや」と言った。明らかに嘘だが、それ以上言及する気力がなかった。私が緊張しているのだ。


空き地は思ったよりも広大で、森まで30分ほど歩くことになった。空き地は本当に空き地で、雑草や岩もないただの荒野だった。


「東京にこんな広い敷地があるなんて知らなかった」


私がそう言うと、ハルキさんも頷いた。


「確かに。都内にこれほど広い敷地があるなんて知っていれば、この土地をほしがる企業家は後を絶たないだろう」

「きっと政府の管理区域だから、この土地は売買されていないのね。まぁ、もっとも管理しているのはこの土地ではなくその先にある森なんだろうけど」


政府は守ろうとしている。この先にある野蛮な一族と彼らが守る呪われた刃を。

いや、もしかしたら守ろうとしているのは彼らではなく、そんな危険な存在がいることを全く知らない都民なのかもしれないが。


午前7時だった。森の入り口に着いた。目の前の森は獰猛なものに思えた。海外で見たどの森よりも深いものに思える。木が折り重なるように生えていて、通り道を探すことすら難しい。

森は外からやってくるものを全て拒んでいるような気配があった。


「暗いわね」


太陽が昇り朝がやってきたというのに、森の中は暗黒の世界だった。足元も充分に見えない。うっかり木の根に躓き、何度も転びそうになった。入り組んだ木のスキマを通り抜けていると、まるでアスレチックで遊んでいるような感覚になる。


そこには見知らぬ花が咲いていた。この光の差し込まない森の中でどうして花が咲くのだろう。白い花びらは暗闇で光っているようにも見える。


「独自の生態系があるみたいだね」


ハルキさんは花に気付いた私に声をかけた。


「特殊な気候でもないみたいだけど、こんなに閉ざされた世界なら、特殊な状況になることも不思議じゃないね」

「本当にここは日本なのかしら」

「ここは、過去の日本の姿を保存しているんだろう」


いわば鎖国状態の森であるここは、侍の時代から時が動いていない。私達の知らない時代の森なのだ。


私は額に滲んだ汗を拭った。空気がこもり、風が通らない森の中は熱かった。さらにしゃがんだり飛び越えたり、激しい運動を要求されるため噴出すように汗をかいてしまう。


「大丈夫か?マリル」


ハルキさんが気遣い、私に手を差し伸べた。


「うん。大丈夫」

「俺達には大したことないけど、マリルにはきついだろ?疲れたら言ってくれよ」

「大丈夫だってば」


相変わらずハルキさんは私を子供扱いする。33歳のおばちゃんになった私を子供扱いする人間は彼だけだ。

それにしても疲れ知らずの身体をもつコアには正直感服する。常人には想像を絶する存在だ。


「頑張ろうな」


ハルキさんは笑顔で私を励ました。その笑顔はこれまで私を幾度となく元気付けてくれたものだ。

私はその笑顔に報えるようにいつも精一杯応える。いつもその繰り返しだ。


森を歩き続けて1時間ほど経った時だった。


突然銃声がなった。私達に向けられたものであると最初は分からなかった。

その銃弾をハルキさんは受け止める。剛速球を素手で受け止めるように。


「誰だ」


ハルキさんの太い声が森に響いた。その鋭い声で横にいる私までひるんでしまう。


「急に発砲するなんて随分物騒だな」


ハルキさんはその不釣合いな眉毛を吊り上げて、宙を見上げた。弾道を見切っていたハルキさんにとって、銃の持ち主の居場所を突き止めるのは容易なことだった。


「あんた達は刀鍛冶の一族だろ?」


その言葉に反応してひゅっと息を呑むのが聞こえた。分かりやすいやつだなぁと思う。


「俺達は政府に言われてここにきた。別にあんたらを襲うためにきたわけじゃない」


そういって彼は手を上げる。白旗を揚げるように、彼は友好な態度をアピールした。


攻撃者はしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。


「お前たち、何者だ」


若い男の声だった。声変わりをしている最中なのか少し擦れている。


「お前は銃弾を受け止めた。人間のできる業ではないな」

「はは。確かに。でも俺はできる」

「何故だ?」


ハルキさんは首を傾げて、答えを探しているようだった。変な解答をすれば、彼に拒まれてしまうかもしれないという緊張感があった。


「俺は人じゃない。あんた達が守り続けている刃のように、多くの命を吸った呪われた存在だ」

「なんだと?」

「命蝕という災厄によって世界はおかしくなりつつある。あんた達に力を貸してほしいんだ」


声の主は黙り込んでしまった。どうするべきか、考えているのだろう。私達はその場を見守ることにした。


「信じないのか。人間」


傍らにいたノエルが声を発した。


「今の世界は、犬だった喋るんだぞ。おかしいだろう?」


ノエルの言葉に反応して、木がざわめいた。かさかさと音がして空から木の葉が舞い落ちた。


そして頭上から青年が降ってきた。


「面白いな。よそ者」


そこにいたのは黒髪の青年だった。Tシャツにジーパンというカジュアルな服装に身を包んでいると言うのに、暗闇の中でさえそのただならぬ美しさが伝わってくる。


「僕はお前達に興味がある。村に連れて行ってあげるよ」


青年は不適な笑みを浮かべて私達に手を差し伸べた。


読んでいただきありがとうございます。


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