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優しい反逆者

リヒトはある高層ビルの一室で膝を抱えて蹲っていた。



『どうしたの?リヒト』



急にあの懐かしい優しい声が聞こえた気がして、彼は顔を上げた。

勿論、部屋に彼女がいるわけはない。

今は亡きマリルがいるわけはない。

思わず、苦笑してしまう。



『元気がないみたいね。何かあったんでしょう?ナオトと喧嘩でもしたの?』



あぁ、これは僕の記憶だ。あの頃はただ無邪気に世界を見た。好奇心だけで何でもできた時代だ。

彼は世界を見て、命蝕の爪痕を直視して、衝撃を受けた。


マリルは自分の母のようだった。正確には叔母と旅行に来ているような感覚だった。


彼女も彼女を取り巻く人々も、皆とても気のいいやつだったな、と思うと自然と穏やかな気持ちとなる。


いつからだろう。自分の身体が星に弄ばれるようになったのは。


気がつくと自分は、世界中で夜会を起こす扇動者として暗躍していた。

僕をリーダーとして担ぎ上げ、信仰するコア達は後をたたない。


彼等のうち何人がリヒトのことを知っているのだろう。

何人が彼等の信仰しているものが桐谷リヒトというコアではなく、「星」であることを知っているのだろう。


いずれにしろ、星の望みを叶えるわけにはいかない。


星の目的を成すには、犠牲が多すぎる。


それを妨げるために、滝島カオルという名の器に眠るマリルの存在が必要だ。


彼は自らの抱えているものの大きさをもう一度噛み締める。


「リヒト様」


ノックの音がしてすぐチェキの声がする。


「あいてるよ」


リヒトが返事をすると静かに扉が開き、相変わらず綺麗めな正装に身を包んだチェキが入ってきた。

あまり感情を出さない彼が少し深刻な顔をしている。


「どうした?」


「ナオト様達が襲撃されました」


リヒトは目を見開く。


「星か?」


「違います。どうやら・・・サンデが」


リヒトは大きく息を吐く。

半分は星に目を付けられていなかったという安堵、もう半分は困惑の溜め息だ。


サンデは自分のことを非常に慕ってくれているコアの一人だ。


チェキやルイと同様に、彼もまたリヒトが絶望の淵から救い出したコアだった。


星の奴隷として生み出された彼らを襲ったのは、恐怖と罪悪感だった。


数時間前まで、あるいは数日前までヒトだった存在が、その同種を消し去る使命を強制的に背負わされた彼等の苦悩は計り知れない。


彼らを救ったのはリヒトであり、そんな彼らはリヒトに忠誠を誓ってくれた。

決して「星」ではない己に。


その想いが皮肉にも自分の計画の遂行を妨げることになるとは。

リヒトは頬をぽりぽりとかく。


「あいつが行動を起こすのは、実は予想していた」


リヒトは穏やかな声でそう告げた。チェキも想定内だったのか、表情を動かさないし何も言わない。


「あいつは、僕を大切に思っているだけだ。その気持ちはすごく嬉しい。でもそれで青い月が沈んじゃうと困るんだよなぁ。で、どうなったの?」


「ナオト様は今、窮地に立たされています」


自分の弟が非常事態であることに心が痛んだ。しかし、それ以上に計画が滞るのは絶対に避けなければならない。


星の命蝕の脅威から世界を救うためには必ず青い月が必要だから。


「あくまで、報告ですが・・・」


考え込むリヒトにチェキが言葉を挟んだ。そして慎重に言葉を選びながら言った。


「ナオトは刀に飲み込まれたと」


リヒトは宙を見て、ふーっと息を吐いた。動揺を隠そうとしているのが、チェキには分かった。


最愛の弟が刀についに食われたと聞いて、平気なわけがない。


「そっか」


短くそう言って、また息を吐いた。

しばらく、遠い目のままリヒトは動かない。何か思考を巡らせているのだろう。

その横顔は凛々しく美しい。


おそらく自分の足で行きたくて仕方ないだろうな、とチェキは予想する。

それほどまでにリヒトは弟であるナオトを大事に思っている。


しかし、星にいつ身体を持っていかれるか分からないリヒトにとって、今、滝島カオルの元へ向かうことは計画の遂行に致命的なミスに繋がる可能性がある。


「チェキ」


数分後、遠い目のままリヒトは口を開いた。


「少し様子を見てきてもらっていいかな。一応、最愛の弟だから」


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