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裏切り者と声

その頃、燃える屋敷の中でナオトとウィルは不協和音の響く歌声に顔を歪めながら、窓の外に見える百人に上る白人の群衆を眺めていた。


「ナオト、どいつがコアか分かるか?」


ウィルが単調な声色で訊ねる。


「滲み出すコア特有の気配をなんとかして消してるみたいで、切れかけの電気みたいにチラチラ感じるよ」


炎の熱さのせいか、ナオトとウィルのこめかみには汗が滲んでいる。


鼻が曲がりそうになる臭いは相変わらずだ。


これだから夜会は…、とナオトは小さく舌打ちをする。

ウィルは焦る様子もなく携帯していた真っ黒な拳銃を取り出した。


「ナオト。コアじゃない人間を殺したくはないけど、俺は残念ながらコア以外を殺す術しか持ち合わせてないんだ」


「じゃあ話は早い。ウィルが群衆に向けて銃を乱射して、生き残った奴がコアだ」


ナオトは真顔で答えた後、耐えきれないという様子で吹き出した。


そんな彼をウィルは冷静に咎める。


「こんな時に冗談はよせ。コアだけを攻撃する良い方法はないのか?」


「難しいな。でも不可能ではない。一人ずつ致命的でない傷をつける。コアならばすぐさまその修復が始まるはずだ。どんなに自分の気配を隠そうとも再構築までは隠せない。最悪、周囲にいる人間で傷を補う可能性もあるが、その犠牲は仕方ないだろう。馬鹿馬鹿しい夜会に参加した罰だな」


ナオトは眉に皺を作ったままにそう告げた。


「とりあえず、脱出しよう。俺の力で、屋敷の外くらいまでは瞬間移動できる」


腰に下げている妖刀を引き抜きスッと眼を閉じた。

右手に刀を握り、左手はウィルの手首を握っていた。


ウィルが次に瞬きをした時、彼らは屋敷の外にいた。


「相変わらず慣れないな」


ウィルは苦笑いを浮かべ銃を構える。


「そう言うなよ。丸焼きにならなかっただけ良かっただろ」


「そりゃそうだ。とりあえずお互いやるべきことをやるか」


硬直した顔をしながら彼らの会話を群衆は聞いている。


突如屋敷の外に姿を現した2人組に犯罪を見られた恐れがジワジワと湧いてきたのだ。


夜会に初めて参加した者も、定期的に何度も参加している者も、感じたのは同じ。

底知れぬ罪悪感と焦燥の念だ。


「無理するなよ、ウィル」


「お前もな」


2人は不適な笑みを交わし、お互い背を向けた。


そしてナオトが片手を天に翳し何事かを小さく呟くと、空から針のような氷柱が降ってきた。


ウィルの背後の景色では、人々が全身切り傷を負って血を流している。


「コアは相変わらず怖いねぇ」


空を見上げながらウィルが言った。


ウィルは拳銃で群衆の足を狙った。

耳を突き刺すような銃声がナオトは苦手だった。


「相変わらずうるさい音だなぁ」


ナオトが小さく呟いた。

ウィルの放った銃弾は的確に人々の脚を掠ったようで、彼らは膝をついて仰々しい叫びをあげた。


突如現世の神に遭遇した人間達が許しを乞うように見える。


すぐに変化は始まった。


ウィルの正面で突っ伏した人間達の間から淡い緑色の光を放ち始めた者がいる。


「ナオト、奴だ!」


ナオトの年くらいの外見をした細身の白人の少年だった。


鳶色の髪の毛はサラサラとしていて前髪が長く、クールな印象だ。

西洋人の顔をベースにアジア人を足したような不思議な顔をしている。


少年の周りの人間は緑色の光にまた慌てふためき、四つん這いのままでその場から離れた為、少年の周りにはぽっかりと輪が出来た。


「お前が扇動者か」


ナオトが冷たい声で言及すると、少年は笑いながら流暢な日本語で答えた。


「この状況なら言うまでもないだろ」


少年を包み込む緑色の光はすっかり飲み込まれ消えた。

少年は身体にへばりついた汚れを落とすようにパンパンと払った。


「お前をここに寄越したのは誰だ?」


ウィルが訊ねると、少年はフッと吹き出し表情を崩した。


「ウィリアム、その質問にオレが答えると思うか?残念だけど、ノーコメントだ」


「何故俺の名前を…?」


「忍海の名前くらい知ってるよ」


少年はゆっくりと歩きながらナオトに近づいた。


「キミがナオトか。確かにリヒト様にそっくりだな」


少年は緩やかに話す。その様子は老成していて、年相応のものとは思えない。


「お前、何者だ?名前は?」


少年は鉄砲玉を食らったような顔をしてから声をあげて笑った。


「いつも人間は名前を知りたがる。名前がそんなに大切かい?」


「お前みたいなコアにも母親がいたはずだ。思いを込めて名前をつけ、育ててくれた存在が」


少年の表情が緩んだ。よく笑うやつだ、とナオトは思った。常に笑顔を浮かべ、道化のように飄々としている。


「・・・オレはサンデ。そんなことより早くその青い刀を見せてくれよ」


サンデが青い瞳を大きく見開いた時、激しい衝撃波がナオトを襲った。

そして次にナオトが顔を上げた時、少年の右手には燃えたぎるような赤い刀が握られていた。


「赤い刀…?」


「安心していい。この刀は偽りの刀さ。ただオレのエネルギーを刀の形に変えただけだ。君の刀ような呪われた物質ではないよ。キミと戦うには刀がピッタリだと思ったからこの形を選んだだけ」


ナオトはサンデから発せられるただ者ではない気配を感じとっていた。

彼は間違いなく強い。

鋭く強靱な赤い刃がそれを物語っている。


少年から満ち溢れるエネルギーが移動したと思った瞬間には彼が自らの目の前に立っており、赤い刃を脳天に向けていた。


「ところで滝島カオルはどこに行った?」


やはり目的はカオルなのか。ナオトはぽつりと心の片隅で呟く。


「その質問に俺が答えると思うか?」


ニヤリと挑発的な笑みを浮かべながらナオトが言うと、サンデもそれに応えるように目を細めてニヤリと笑った。


「まぁいい。オレの目的はキミの命と、青い月の回収だ」


そして加速なしで唐突に強力な突きをくり出してきた。


ナオトがそれをひらりと避けると、サンデは身体を捻り刃を再びナオトに向けた。


「久しぶりだよ。こんなにワクワクするのは」


赤い刃と青い刃が交わり、耳に刺さるようなキーンという音と紫色の衝撃波が辺り一面に響きわたる。二人が刃を重ねながら睨みあう。


「俺は全然楽しくないんだけど」


ナオトは力を込めて、赤い刃を弾き返す。

そしてサンデが怯んだ隙に激しい風を喚び起こし、彼を攻撃した。


風は一種の刃物と化し、少年の表皮を無差別に切り裂いていた。


サンデは全身から赤い血液を流していた。しかしそのような痛々しい姿に豹変しても、彼はあいかわらず揺るぎない笑顔を浮かべていた。


「さすがだね。青い月は変革の邪魔をする。まさにそのとおりだ」


「何を言ってる?」


「今の一撃でキミの実力は分かった。十分だ」


サンデは周りを見回す。この不可思議な状況に顔をひきつらせた群衆達を眺めている。


サンデの表情は笑顔で固定されているが、何か様子がおかしい気がする。

何かイヤな予感がする。ナオトは刀を再度構える。


「観客はいらないよ」


サンデがそう告げた瞬間、囲むようにして存在していた百の群衆から緑色の光が溢れだした。


人々は断末魔の叫びをあげながら、その姿を消して光へと変化した。


やがてその光は少年の一部となり身体を癒していく。


ウィルを除くその場にいた人々が全員消えた。


再蝕だ。


しかしこんなに大規模な再蝕をナオトは知らない。


再蝕とはコアの食事を意味する。

人間が適度な食事の量しか食べられないように、コアにも適度な食事の量というものが存在する。

いくら彼らが貪欲であるといえども、食べられるキャパシティには限界があり、一度にせいぜい3人だ。


それを彼は一度に100人平らげた。


「驚いているのか?ナオト」


背後で炎の轟音が鳴り響く中で、ナオトは硬直していた。

鼓動が早くなり、自らの体内のどこかでけたたましい警告音がなっているような気がした。


「オレは強いと言ったじゃないか。そんなに驚くことはない。こうして糧を得て俺はいくらでも強くなれる」


「お前には情はないのか?」


「ない」


彼は即答した。


「お前は食事する度に涙を流すか?胸を貫かれるような痛みを感じるか?食事なんだよ。必要だから喰う。それだけだ」


命の尊さを語るには、ナオトは命を奪いすぎた。説教をする資格が彼にはないとナオトは自覚していた。


「ならば、質問を変えよう」


「何?」


「お前は何故強さを求めるんだ?」


質問にほとんど意味はない。半分は好奇心、半分は時間稼ぎだ。

サンデは微笑みを崩すことなく、答える。


「オレは自分の目的を遂行するために動いている。そのためには強さが必要だ。今、滝島カオルが内面に眠る忍海マリルを目覚めさせることはオレにとって嬉しくない状況なんでね。こうしてご丁寧にイギリスまで追いかけてきたんだよ」


ナオトはどうも腑に落ちない。コアのリーダーであるリヒトに言われて日記を読みに来たのに、何故その下僕であるコアが邪魔をしにきたのか。


「俺達はリヒトに言われてここに来たんだ。お前はそのリヒト様に逆らうのか?」


少し皮肉を込めてナオトが訊ねると、サンデは首を横に振る。


「オレのリヒト様への忠誠心は本物だよ。だからこそ、オレはここに来たんだよ」


「?」


少年はナオトに再び刃を向ける。

ナオトも青い刀を固く握りしめた。

誰もいなくなった燃える屋敷の庭に2人の少年が向かい合い佇んでいた。


ジリジリと汗が湧いて出てくるのは、少年からにじみ出るプレッシャーによるものだ。


ナオトは負け戦をする趣味はない。

しかしここで背を向けることはできないと本能的に感じていた。

背を向ければ彼は戦士として再起出来なくなり、存在意義を見失うことは分かっていたからだ。


額と拳に滲んだ汗は炎に起因するものではなく、目の前の少年の圧力によるものであると解りながらも、彼はそれを見ぬふりをした。


認めてしまえば逃げ出したくなる。


しかしナオトはやがてそのプレッシャーに耐えられなくなった。


青い刀を握り締め、少年に向かって駆けだした。


「下品な剣だな」


あざ笑うような顔をして少年は呟く。

その表情にナオトはヒヤリとしたものを感じた。


「どうやら随分弱い部分があるようだね。でも未熟であることは悪いことじゃない」


サンデはひたすら避けることに徹しており決して攻撃はしてこなかった。


回避の動きに無駄はなく、そのことがナオトに苛立ちを抱かせていた。


「これじゃあ、オレにもリヒト様にも勝てないね。随分再蝕を繰り返した刀のはずなのに、何故こんなに弱く脆いのかな」


「うるさい!黙れ!」


ナオトの口は渇ききっていて声は掠れていた。

ナオトの剣は幾度となくサンデの身体を狙い続けたが、その刃先は決して少年に触れることはなかった。


「荒々しい。獣みたいだ。刀ともうまくいってないみたいだね」


「なんだと?」


刀と自分がうまく分かり合えていないことは彼自身分かっていたことだった。どうしても、命を自らの糧としているこの刀に心を開くことができない。それを理解し受け入れてしまえば、自分もコアと一緒だとナオトは考えてしまう。


「キミを殺せば、オレはリヒト様を救うことができる。リヒト様のいない世界なんて、太陽のない世界と一緒だ」


回避しかしていなかったサンデの剣がナオトの攻撃を弾き、同時に青い刃が宙を舞った。


一撃だった。

サンデは握られた赤い刃を思い切りよく、無防備になったナオトの胸に向けて刺し込む。


赤い刃に、鮮やかに色づいた血潮が伝う。


呼吸が突如できなくなり、彼の生命としての機能が急停止するのを感じた。

赤い刃が彼の肉体から引き抜かれると同時に彼はその場に倒れこんだ。


寒い。寒い。寒い。


彼の顔は苦痛と苦悩で歪んでいる。


「ごめんね、忍海ナオト」


サンデがうつ伏せになったナオトを見下ろしている。微笑みは消えていた。どこか哀しそうで、どこか切ないその表情は先ほどの少年の浮かべていた表情とはかけ離れたものだった。


「ナオト・・・!!」


遠くから叫ぶ声はウィルのものだった。切迫した叫びに似たその声で、自分が死に瀕していることを感じた。


「オレは、ただリヒト様を守りたいだけなんだ。たとえ裏切り者と呼ばれても」


雨が降り始めた。ポツリポツリと数滴の雫が落ち、すぐにザーッと豪快な音を立てて大地を濡らした。

ナオトは大地に滲みる自らの血液を見ていた。水溜りが赤く染まるのをただぼんやりと見ていた。


そうか。


これが死か。


ナオトはただ眠るように瞳を閉じた。



ドクン・・・



突如心臓が脈打つのを感じた。


彼は真っ白な世界で、荒ぶるウネリに飲まれる。



『お前、死ぬのか』



頭の中に声が聞こえてくる。その感覚は初めて感じるものではなかったし、その声の主の正体もナオトには分かっていた。



『ざまーねぇな。私に任せていればこんなことにならなかったのに』



うるさいな・・・



『ねてろよ。人間』





サンデはうつ伏せて動かなくなったナオトに再び赤い刃を向けていた。

止めを刺さなければ意味がないからだ。


彼の目的はナオトを痛めつけることではなく、殺すことだから。


刃を振りかざした時、急にナオトの身体から青い衝撃波が放たれ、サンデは数メートル吹き飛ばされた。


そして次にサンデが視線を上げたとき、先ほどまで弱弱しく死に瀕していた少年はいなくなっていた。


そこに血だらけのまま立っていたのは、自らが忠誠を誓った主に酷似した、長い黒髪の青年だった。




日記編の間ですが、外の世界について書いてます。


頭の中ゴチャゴチャになってしまったらすみません。


もしよろしければ、何か感想や指摘など、おねがいします。

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