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日記3 私のともだち

私はノエルと仲良しだった。


言葉による意志疎通はなくとも、お互い心を許し合う友と共に時間を過ごすことは私にとって初めての経験だった。


不思議なことにどんなに中傷され、魔女と蔑まれようと私は平気になった。


ノエルはひっそりと平日の夕方にのみ姿を現した。


放課後、私は誰にも見つからないように庭でノエルとの貴重な時間を過ごした。

言語は通じていなかったとしても、私はノエルの艶の無くなった毛を撫でるだけで良かったし、老犬も最期の居場所を見出し満足しているようだった。


私がイギリスに来て3ヶ月して父は息を引き取った。

紙切れ一枚の遺言書を残し、4人の兄弟に看取られながら安らかに死んだ。


遺言書は翌日の葬儀の後に開示されることとなった。


「父さん…」


涙は誰もが流していたがその部屋にあるものは悲しみではなく期待混じりの何かだった。


元々腐った精神の持ち主なのか、それとも金が彼らをそのように腐らせてしまったのか。

私にはその両方のように思えたが、いずれにせよ、この相続争いにもピリオドが打たれると思うと、私にも妙な緊張感があった。


執事は確かに私に全ての財産が与えられると言ったはずだ。

そして彼ら兄弟はそのことを知らない。もし私に全てが与えられたら…。


父の通夜の後、私は部屋で漆黒の空を眺めていた。


「マリル。お願いだから日本に帰ろう。私を困らせないでくれ」


姿の見えない友人は私に懇願した。

イギリスに着いてから友人はそればかり言うので私は少しウンザリしていた。


「もう諦めて。私は今お金を持って日本に帰るしか道はないのよ」


「このままでは惨劇が起こるんだ。その時が来れば私は黙っていられない。どうなるのかも分からない」


「どうなるか分からない?」


「私にも分からないんだ。私はマリルの意思を触媒にして、感情を爆発させてしまうだろう。マリルの心が歪んでしまったら、私は歪んだものを生み出すだろう」


彼は再び不吉な予言を私に告げた。

それが気に食わなかった。

彼は私の不快な表情に気づかないようで、さらに予言を続けた。


「歪んだものは多くの悲しみを餌に大きく膨らみ、いつか弾けるだろう。でもマリルが日本に帰るなら話は別だ。マリルは平和に私と一緒に過ごせる」


私は苛立っていた。

一気に密かに溜まっていたストレスと不満が噴き出した。


「私は貴方が何者か知らない!私は貴方の名前すら知らない!貴方が私を大切に思うならば、何故私を守ってくれないの?何故私に手を差し伸べてくれないの?警告ばかりして私を怖がらせて、何故私にばかり…」


友人がどんな顔をして私の醜いフラストレーションを聞いていたのかは分からないが、二人の間には不穏な空気が流れていた。


「マリル。私に形はない。私には名前すらない。必要ないからだ」


友人は悠然と話した。私の感情の高ぶりにも気付いていないのかもしれない。


「私には必要なの。あなたの形、匂い、名前。全てを知りたい。知らない相手の言葉なんて信用できないわ」


私の尖った言葉に彼は耳を傾けているようだった。しばらく熟考し、沈黙していた。数分経ち、ようやく口火を切った。


「私に形があればマリルは私を受け入れてくれるのか?」


小さく呟く彼の声に耳を傾けながら、漆黒の中にポツリと輝く星を私は冷ややかな目で眺めていた。


「さぁね。あなたにそんなことが出来るならば」


友人は深い声で答える。


「貴女が望むならば、私は貴女の前に姿を現すだろう」


彼がいなくなったことにはすぐに気付いた。

気配がスッポリ失われ、部屋には苛立ちを抱いた私のみが取り残された。


その夜、私は長男に呼び出され、離れの小屋で暴力をふるわれた。

幾度となく頬を打たれ、目の上には重い拳を食らった。

何度も魔女と罵り、私を殴った。


最初は憎しみを抱いているのだと思っていたが、彼にとってはただの憂さ晴らしだったようで、私が突っ伏して疼く姿を見て満足そうに笑った。


醜く愚かだと私は心から思った。


私の顔は有り得ないほど腫れていたけれど、召使いも他の兄弟も私を慰めたりはしなかった。


もし、私が本当に魔女ならば彼らを呪い殺すだろうと本気で思った。


「心が歪んでしまったら、私は歪んだものを生み出すだろう」


頭の片隅で何かがそう呟いた気がした。



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