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地獄の風景

【私】はだらしないズルズルのTシャツと少し大きめのズボンをはいた状態でその光景を見つめていた。

ああ、また【眼】でリヒトの過去を見ようとしているのだと理解する。


【私】の横を熱風が通り過ぎて行った。紅蓮の炎が村の奥の社を包み込んでいて傍から見ている【私】も飲み込まれそうになる。一方でその恐怖の光景を大人達は邪悪な信仰を抱きながら満足げに眺めていた。


「これで暫くは刀も落ち着くだろう」


安堵に近い表情を浮かべながら、炎を見つめる大人達に【私】は違和感を抱く。


「何をしているんだ」


私はだらしない服装をしたまま、大人達に声をかける。当然、大人達の中には【私】の両親も含まれていた。【私】の声に真っ先に反応したのは父親だった。


「リヒト。残念なことだが仕方ないんだよ」


そう言う父の声は残念な色を帯びてはいない。逆に妙な怪しさに満ちた深い意図のある声だった。


「これはみんなで決めたことだ」


威厳にも近いオーラを纏い、【私】に迫る父親はいつもに増して興奮しているように見えた。やがて炎に向かって大人達が歌い始めた。何語か分からないが、単調な旋律に乗せた歌声が辺りに響きわたる。母親が【私】に気付いたらしく、嬉しそうに駆けてきて私の手を引いた。


「歌いましょう、リヒト。彼らはこれから刀と一つになる。彼らは永遠に刀の中で生き続けるのよ。これは儀式。彼らのためにも歌いましょう」


母の声は優しかった。この光景がなければ本当に【私】は母の手を取り、共に歌っただろう。美しい母の笑顔は赤い光に照らされ妙に歪んで見えた。


【私】は予兆には気付かなかった。


周りの木々も大地の中に生きる小さなバクテリアさえも変化しつつあったのに、頭の中には大切な3人の存在が失われる恐怖と焦燥で飽和していたので気が付く余裕など無かった。


「ー…」


ぽつりと呟いた声は誰にも届かなかった。歌声と轟音にかき消され、虚しく炎に飲み込まれていった。


やがて【私】の身体が熱を持ち始めたことに気付いた。

【私】を構成する全ての細胞が何かを警告するようにざわめくような感覚だった。全身に火が着いたような熱さに襲われた時、【頭】の中で弾けるような声が聞こえた。


世界中を回った自分にも分からない言語だったが、何故かその『意図』は分かった。


『マリルを救え』


【私】の中に夥しい行列が浸潤してくるのが分かった。熱が尋常ではないので身体が溶けているに違いないと思っていたがそんなことは無かった。むしろぼやけていた自分の輪郭が凝結して明確な線を描いていくように見えた。見たことのない絵がフラッシュアニメのようにすごいスピードで上映されていた。このまま脳の機能は停止してしまうのではないかと思うほどの情報の受信だった。それは風景であったり、生き物であったり、色であったり、抽象画であったりした。


鼓動は早くなるにつれ別の個としての拍動を刻み始めた。


【私】の意志でもなければ、自律神経としての役割すら果たさない、生物としてのリズムを刻み始めた。気が付くと【私】の筋肉、骨、血、臓器、あらゆる箇所が別の意思を持って起動していた。

【私】の身体で【私】は孤立していた。


「…糧となれ」


意思とは関係なく口から言葉がこぼれた。


支配された【私】の身体はもはや【私】のものではない。


「リヒト?どうしたの?」

「リヒト、どうしたんだ?」


父と母が心配そうにもはや【私】ではない顔をのぞき込む。


やめてくれ。

見ないでくれ。

この歌を聴かさないでくれ。

僕はリヒトのままでありたいんだ。


悲痛な叫びとは相反し、冷酷な言葉が喉元を通り外界へと発せられる。


「マリルを傷つける愚かな生命は僕の糧となれ…!」


【私】は渇望していた。


父を、母を、あらゆる命を。喉の乾きを潤したかっただけだ。

どうしようもない空腹感を満たしたかっただけだ。


無意識に【私】は咆哮していた。


それに反応して全てが【私】の一部となった。

【私】も何かの一部になっていた。


ぷつり、と何かが切れる音がして辺りは真っ暗になった。


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