夜会の犯人
世間で横行している夜会という生け贄の儀式。
警察官の滝島カオルは突如夜会の担当に指名され、捜査にあたることになった。
犯行グループが現行犯逮捕されたのは翌日のことだった。
15人。
初めは大した人数ではないと思ったが面会すると非常に多く感じる。
主婦、サラリーマン、子供、青年とバリエーションは多い。リーダーは勤勉そうなサラリーマンで、グレーのスマートなスーツを着ている。
取調室には私とその男、警備員だけで、ガラス越しに部長や他多数の刑事がその様子を監視している。
「山岡雅文、あなたがリーダーね」
山岡は草臥れた背広を直しながら、微笑みを浮かべる。いわゆる営業スマイルだろうが、彼のは一般的に高得点だろう。
「そうですね。僕をリーダーと皆が言うのならそうなのでしょう」
山岡の話し方は緩やかで取り乱した犯人とは真逆に位置するものだった。そして彼は笑顔を崩さず「うれしいなぁ」と呟いた。
「うれしい?何故?」
彼は一瞬笑顔を消して私を見て、再び笑った。
「嬉しいですよ。僕が最も近づけたわけですから」
「近づけた?どういうこと?」
「忍海に。命蝕に対抗できる存在に。あ、でも刑事さんは忍海を知らないかなぁ」
私は忍海という単語を反芻する。高橋が昼間に口走ったあの忍海だ。
「忍海は都市伝説でしょう?」
私の一言で、彼の洗練された微笑みが凍り付き、やがて醜く歪んだ。何かが吹き出したように、内部の感情が暴れ始める。唇が裂けたように大きな口を開け、冷たく甲高い声を上げて笑った。サラリーマンが邪悪な何かに取り憑かれたように見える。
「やはり滑稽だなあ。何も知らない人間は!」
「あなたは忍海は存在すると言いたいわけ?」
「忍海は存在しますよ。そして夜会へと人々を誘う。目を覚ました人間は忍海に憧れ、忍海の夜会に参加し、生け贄の儀式を行うのですよ」
彼は目を輝かせて、何かと交信するように宙を見ている。平凡なサラリーマンが生け贄という単語を口にする世の中は理解できないな、と私は思う。
「僕を捕まえても無駄ですよ。僕は夜会の参加者に過ぎないわけですから。明日にもまた火の手はあがりますよ」
彼は確信に満ちた声で告げる。彼は紛れもなく珍妙な思想に毒され狂った人間だが、彼の予言は強ち間違いではないだろう。夜会は抽象的な何かに支配され、宗教と化した。宗教は消えない。それは人間が2000年以上もかけて証明したことだ。
「私はあんまりオシミのことを知らないの。教えてくれないかしら」
私は柄にもない優しい声で訊ねてみる。この時、懇願の色を混ぜることは忘れない。
自分に酔いしれるように、山岡は饒舌だった。「刑事さんは無知だなぁ」などと気味悪い笑みを浮かべてぼやいているが、しばらくすると真剣な表情を浮かべてぽつりと言う。
「彼がね。言ったんですよ」
「彼?」
「これは忍海を迎えるための準備だと」
私は謎の言葉を述べる男を放置してみる。どうせ質問に答える気は無いのだ。
「彼は、忍海の降臨には聖火と生け贄が必要だと言いました。たったそれだけのことで動くんですよ、我々は。信じられないですか?でもね、全ては命蝕に抗うため。世界のためです。それを安易に人殺しだとか、犯罪者だとか言われたくはありませんね。私達は世界のために自分の使命を全うしただけです。後悔などありませんから」
早口で一息で言ったきり、山岡は黙りこくってしまった。もう話さないと決めたのか、ゼンマイが切れたブリキ人形のように動かない。
彼の取り調べは1時間ほどで終わった。
分かったことは、夜会に参加する人間がいかに話が通じないか、ということ。まだ言語の違う異人と話す方がお互い理解できそうだと心から思う。
「忍海…」
忍海に憧れ、夜会を始めた人々。
生け贄を捧げる人間達。
まるで絵本の世界で理解しがたいが、現在起こっているのだから自分に教え込むしかないだろう。
忍海というカリスマに翻弄される人々が夜会を起こすのならば、まずは忍海を知る必要がある。デスクに戻ってきた私は目の前のパソコンのディスプレイを凝視する。
「夜会と忍海の関係性について」
私は素早くそのようにキーボードで打ち込み、椅子にかけた黒いコートを手に取った。