朝日が昇る前に
「リヒト様」
彼の名を呼んだのはルイだった。薄暗い部屋で膝を抱えて、静かに佇む彼にゆっくりと足を運ぶ。
「ルイか。どうした?」
「手紙を渡してきましたよ。あの女に」
ルイは赤毛の頭をぼりぼりと掻き毟りながら報告した。
「そうか。ありがとう」
リヒトは消えそうな微笑を浮かべて、ルイを労った。
「彼女は来るでしょうか」
「さぁ。来なかったら困るけど・・・、でもたぶん来るよ。行かなかったらマリルが許さないだろう」
朝日が昇る前の朝のような穏やかな口調で彼は言った。
「リヒト様、星は?」
「今はどこかに行っている。しばらくは帰ってこないかもね。さっきまでここにいたから」
リヒトは右手で自分の胸を指差した。そして茫然とした様子で自らの掌を見る。赤き鮮血が手を染めている。
「怪我をされたのですか?」
「いや、どうやらこれは僕の血液じゃないらしい。僕の身体を使って、星が誰かを殺したんだろう」
そんなことは初めてではない。彼にとって驚くべきことではない。自らの体が見知らぬ行為に及んでいることは日常的に起こることであり、それに落胆することももう疲れてしまった。
「パーティで彼女を星から隠すことができるでしょうか」
「できなければ、それまでだね。星が気付かないうちに終わらせてしまおう」
リヒトの声は擦れていて弱弱しかった。ルイが哀れみの表情を浮かべつつ一礼してその場を離れようとした時、彼はルイを引き止めた。
「ルイ。お願いがあるんだ」
「?」
「もう少し、ここにいて」
リヒトは首を垂らしながら言った。ルイは屈んでから、絶望の海に溺れる彼の身体に身を寄せて、そっと瞳を閉じた。