出立の日
私達はそれから1時間ほどしてから、ノエルの元に行き、パーティに参加することを伝えた。ノエルは深く頷き、その決心を褒め称えるわけでも無く「了解した」とだけ言った。
「危険な時は、俺がいる」
そう横で呟くナオトの横顔は凛々しく、私はどこか安堵した。
「一緒に、世界を救おう」
ナオトの言葉に私は頷く。
父ができなかったことを、私がやり遂げる。
その決意が私の中に生まれつつあった。
気がつくと私は青い空の下で【眼】を通して、深緑の木々が生い茂る森を見ていた。
「兄貴、何考えてるの?」
顔をのぞき込むようにしてナオトが声をかけた。
「来訪者の話のこと。本当に外の世界では命蝕なんて起こってるのかな。正直信じられないよ」
「分かんないけど、困ってそうな感じだったよな」
「でも大人達が耳を貸すとは思えないな。このままじゃ彼らの行く末は見えている。よそ者は拒まれ、その命を刀に捧げられるんだ。彼らはそのことを知らない」
【私】はしばらく森を眺めていた。ナオトはそんな姿をじっと見つめていた。指示を待つ忠犬のように見える。
5分くらいして【私】は立ち上がり、ナオトの方を見る。
「ナオト。家出する気はあるかい?」
「家出?」
【私】は小さく頷く。
「僕達にしか彼らは救えない。それに本当に命蝕なんて災害が起こってるなら、ここでのんびり刀と過ごしてる場合じゃない。僕は彼らがどうやって世界を救うのか見届けたいんだ」
「兄貴は外の世界に行きたいだけじゃないの?」
「まぁね。それもある」
【私】は小さく舌を出して笑った。
「いずれにしろ僕達は知る必要がある。世界に旅立つんだ」
決意と希望に満ちた声だった。彼の目には蒼く果てしなく広がる空が映っている。
私は冷静になってこの状況を考えてみる。
以前にも【眼】を通して世界を眺めたことがあった。夢にしてはあまりにリアルな感覚でありながら、私が確実に存在していない世界だ。
そして明らかなのは【眼】の持ち主が幼いナオトにとって兄貴と呼ぶ存在であることだ。
これは過去なのだろうか。
だとしたら、何故知り得ない過去を私が見ることができるのだろうか。
会話から推測されることはまだ存在する。家出をして世界をともに旅する彼らが兄弟ならば、かつて村の人々を飲み込んだナオトが憎むあの男は…。
「カオル…」
私を呼ぶ声がするが、まだ眠りたいので私はうずくまる。
「カオルってば」
体を激しく揺さぶられ、思わず反射的に目を開けた。先ほどの夢の幼いナオトではない、私の知っている彼がそこにいた。
まだ外に太陽はいないらしく薄暗い。その状況がまた私の睡魔を増長させる。
「行くよ。起きて」
「まだ暗いじゃない」
「明るくなってから森を出るのは外の世界の誰かに遭遇するからイヤなんだ。早く準備して」
私は目をこすり仏頂面でナオトを睨んだ。勤務なら眠くても身体の重さを感じることなく起きあがることができたが、勤務以外で予告なしに早朝に起こされるのは快いものではない。とはいえ、私の眠気という情けない理由で頭の固そうなナオトが折れるはずがなく、私はすぐに準備を始めて集落を後にすることになった。
小屋を出ると薄暗いこの時間に忍海達が整列していて皆温かい笑顔を浮かべている。
「カオル、くれぐれも無理をしないようにね」
「私達のこと忘れないで」
「いつだって俺達が味方だからな」
口々に彼らが言う言葉は私の心にすっと浸透していく気がした。
彼らは親を亡くすという深い悲しみの歴史を持ち、一つの志を共にする共同体だ。コアの一派が正義となれば、彼らは悪を背負ったテロリストに成り下がる。
このままでは世界は忍海の敵となるだろう。私はその世界に飲み込まれたくない。
「ありがとう」
雑踏にその思いが消されないよう心に強く刻み込んで、私は彼らに深々と一礼した