刀鍛冶の一族の生き残り
「俺達はマリル達と2年かけて孤児を保護しながら世界中をまわった。楽しかったよ。ずっとこの森から出ることを我慢して生活してたんだから。やがて、マリル達は俺達を連れてここに戻ってきた。俺が14歳の春だった」
建物の間を歩きながら私達は村の奥へと進む。どの建物も昔ながらの木造建築物であるものは災害か何かで無惨に崩れている。
「大人達は反抗する態度を翻し、突然マリル達に協力すると言ってきた。友好的な態度にマリル達は喜び、村とマリル達の間に協約が結ばれたんだ。それが罠だとも気づかずに」
「安心させてってやつか」
「そう。その晩眠っていた俺は何かが焦げた鼻を刺す臭いで目が覚めた。親は家にいなかった。窓の外にはマリル達が案内された刀の奉納された社の燃えている姿があった。大人達はマリル達の命を刀に捧げる儀式の最中だった。血に飢えた刀への恐れがあったんだろう。その地獄の光景は今でも忘れないよ。頭に焼き付いている」
今私の目の前に燃えた建物の残骸がある。夜会の捜査で見たような光景だ。
「まるで夜会ね」
「あぁ、まるで夜会だ。刀に炎と生け贄を捧げる人間達。構図は全く同一だ。だが、彼らが儀式に興じる中、1人の男がそれに終止符を打った。俺と旅をしたあの男だ。あの地獄の儀式の最に命蝕が起こった。俺の目の前で森の小動物、木、俺の親を含む人間達全ては男に取り込まれ消滅したんだ。俺は怖かった。動けずにそのまま男がコアとして生まれ変わる様子を見ていた。コアとなった男は炎に飛び込みマリル達を救出した」
「男はどうなったの」
「すぐに村を出ていったよ。動けずに震える俺を横目で眺めながら。その男が、今コアのカリスマである『リヒト』という男だ。今朝のテレビで演説していたあの男だよ」
あの時、ナオトの胸中は穏やかなものでは決してなかったはずだ。ナオトは画面の中の彼を睨み、憎んでいた。
「憎んでいるのね、彼を」
ナオトは焼けた残骸を目に映したまま、何も答えない。
「そういえば、以前俺がこんな子供のような姿をしているのは『コアだから』と言ったけれど」
ノエルと初めて会った時のことだ。確かに彼はそう言った。
「俺はこの刀と一心同体なんだ。そういう契約を交わした」
「契約?」
「この刀は血に飢えているコアだ。本来ならば握るだけで食われてしまう。だが刀と語り契約することで少しずつ食われるだけで済むんだ。正式には俺はコアじゃないが、刀と契約することでコアと同等の力を手に入れた。俺自身はコアに食われている最中なんだ」
「じゃあ貴方はこのままだと」
「刀に食われて終わり。もう時間がないんだ。刀と語ることができる鍛冶屋の一族の最後の生き残りは俺しかいないんだから」
ナオトは刀を見つめている。
憎しみが地獄を呼び、地獄の中で生まれた2人の悪魔の戦い。
「カオルはノエルの提案を受け入れるの?」
ナオトが振り返る。彼の黒い髪がふんわりと風になびいた。
「悩んでる。私はあまりに何も知らないから、正直、コアが本当に悪いやつなのかも分からない。全てノエルに聞いた情報に過ぎないでしょ」
私はぼんやりと目の前に広がる廃れた村を眺めていた。頭の固い私には理解しがたい世界がここにある。そしてその世界が私達の世界を浸食しようとしている。
「どうして、星は私なんかを求めるの?星の目的は・・・」
忍海マリル。
確かノエルはそういったのではなかったか。
そして偶然にも忍海マリルは私に似ているという話だ。これは果たして偶然なのか?
頭がズキンと痛むのを感じた。私は思わずうずくまる。高橋の車で逃走する時と同様の痛みだ。
わたしを助けてくれるともだち、まりるっていうのよ
やがて風が強く吹き始めた。
幸いにも痛みはすっと退いた。むしろ、どこからか吹き付ける強風に煽られそうになり、そっちの方が大変だ。今にも崩れそうな建物達がなんとか地面に足を着けようと踏ん張っている。
「ナオト、あそこに何かいる!」
建物の陰に大きなネズミがいる。最大のげっ歯類であるカピバラよりも2回りは大きい。
風はネズミの方向から激しく吹き付けてくる。
「あれもコア?」
常識的に考えてあのサイズのネズミは普通ではない。
「カオルは少し離れていて」
表情を動かすことなくナオトは庇うように私の前に立ち、青く輝く刀を抜いた。