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ふるさと

私と並んで歩くナオトは終始無言で、固く真剣な表情をしていて、私がどんなに熱い視線を向けようとその凍り付いた顔が溶けることはなかった。おそらく、私を囮として使おうとしているノエルの考えに納得がいかないのだろう。


私はというと、囮捜査の有効性と危険性を同時に考えていた。滝島カオルという餌に本当に星が飛びつくというのだろうか。星という得体の知れない存在が、一体どのようにして私を得ようというのか。全く正直想像はできない。


「ナオト」


竹かごにジャガイモを山のように積んで運ぶ日系の中年女性が私の脇にいるナオトに声をかける。


「お疲れさま」


ナオトも笑顔で応える。女は私の方を見て柔らかく微笑む。彼女の額に滲む汗が輝いて見えた。


「貴方がハルキさんの娘さんね。はじめまして。私はサキ・ミルレット。よろしくね」

「滝島カオルです」


彼女はマジマジと私の顔を見る。前もこんなことがあったのは気のせいではないだろう。


「確かに似てる」


サキがぽつりと言う。


「え?」

「貴方、マリルにそっくりだわ。日本では確かこういうの生き写しっていうのよね」

「マリル…?」

「私達の育ての親よ。本当にマリルが戻ってきたみたい。懐かしいわ」


これまでの情報を繋げると、この集落の民全ての母であり、ノエルの最愛のパートナーが忍海マリルであり、彼女が私にそっくりだということになる。

となると、昨夜絆の森で銃口を向けたウィルと呼ばれていた青年があんなに驚いたことに合点がいく。突然侵入してきた見ず知らずの女が、最愛の母親に似ていたのだから。


「そんなに似てるの?」


私は傍らにいるナオトに尋ねる。


「そうだね。俺もそう思う」


ナオトの硬直した表情がようやく緩み、何故か私はとてもほっとした。そのせいだろうか、急に私の腹が大合唱を始めたので思わず顔が熱くなる。よく考えてみると昨日から何も食べていない。極度のストレスで食欲も空腹も感じなくなっていたのだろう。


ナオトもサキも一瞬目を丸くしたが、何かが爆発するように声をあげて笑った。


「カオル。今日は貴方のために料理頑張っちゃうから。昼ご飯、期待してて」


彼女は笑顔を浮かべたままジャガイモの山を抱えながら去っていった。


「サキはご飯係なんだ」

「あの人も命蝕で親を亡くしたの?」

「あぁ。彼女は40年くらい前にアメリカでマリルに保護されて、ここで育ったんだ。サキだけじゃない。ここにいる人間はみんな命蝕に大切な人を奪われた悲しみを抱いている」

「ナオトは?」

「え?」

「ナオトも失ったの?」


私の不躾な問いにより明らかに彼は動揺しているように見えた。出会ってまだ日が浅いとはいえ常に超然とした態度の彼には似合わない様子だった。彼は少し俯き、黒い瞳は突然更に暗闇の中に閉ざされたように影を落とす。


「ごめん。訊いたらまずかったかな」


すると急に彼は我に返ったように顔を上げ、首を横に振る。


「いいんだ。俺の両親は命蝕で消えた。随分昔のことさ」


両親の喪失は誰にも何かしらの衝撃を与えることは確かだが、彼が命蝕で両親を失ったことにナオトが過剰に反応したのは意外だった。


「カオルに見せたいものがある。歩けるかな」


そう言ってナオトは森の奥に私を誘う。 森に入って30分ほど歩いた頃から地面にポツポツと大穴が空いていた。木が根こそぎ失われたように見える。


「ここに木があったの…?」

「あぁ、失われたんだ。命蝕で。見せたいものはまだ先にある」


ナオトの横顔は険しく冷たい。居心地が悪くなるが、気を利かせて話しかけるのも気が引けた。沈黙したまま私達は森の奥へと向かう。


やがて穴の数が増え、気がつくと鳥の鳴き声も風の吹き抜ける音もなくなり、一切の無音状態になっていた。腹の虫が果敢にも静寂に戦いを挑むように叫ぶのが少し恥ずかしいが彼はそれに構わず足だけを動かしていた。


辿り着いた先には再び集落があった。

しかし先ほどまでの集落より明らかに村と呼べるほどの広さがあり、建物の数も数倍はありそうだ。

ただ気になるのは村人が1人もいない。閑静な村というレベルを越えて、廃墟と呼ぶにふさわしい。


「ここは俺の故郷であり、こいつの故郷でもある」


ナオトはそう言って刀を抜く。相変わらず青く輝いて美しい。


「この村には刀鍛冶の一族が住んでいた。そして代々この刀を受け継ぎを管理していたんだ。外界から隔離されたこの村に突然この村に犬を連れた男女が現れた」


言うまでもない。父、マリル、ノエルだろう。


「命蝕を止めなければ生命が危ういと彼女は告げた。俺達の刀を、力を求めていた。大人達は反対した。彼らは外の世界に恐れを抱いていたし、刀を使うことではなく守ることを生業としていたから。でも俺は彼女達に賛同した。で、どうしたと思う?」


私は首を傾げる。この何でもありの世界のことが分かるなら私は超能力者だ。


「家出したんだ。まさに若き日の俺ってわけだ。彼女達は一度は諦めこの村を後にした。だから俺達は彼らに着いていったんだ」

「俺達?」


ナオトの目が泳いだ。


「俺の他にもう1人いたんだ。彼と俺はマリル達と世界中を旅した」

「それでこの話はどこに繋がっているのかしら」


彼の目には無人の虚無感すら含んだ廃墟が映っている。


ナオトはその広大な光景を眺めながら告げる。


「俺の戦いの始まりに」



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