不安と退屈
締め括るように首相はゆるりと話し始める。
「これから私達はコアという強大な力を手にし、核兵器を持つ世界と対等に肩を並べられるということになります。科学技術など不要な魔法という奇跡の力で世界から戦争、困窮、差別などの歴史の負の遺産に終止符を打つことが出来るのです。命蝕により生み出された奇跡の力を持つ者、それがコア。我々はかけがえのない人を失った悲しみを背負っている。しかし失うことを嘆いているだけでは前へ進むことは出来ません。私達は喪失の悲しみを乗り越え奇跡の力を得たのです。それをお伝えしたく今日は特別に時間を設けさせていただきました。ありがとうございました」
総理大臣の屋代の笑顔で緊急番組は終了し、先程の平凡な番組が再開された。
私は口を半開きにしたまま、金縛りにあったように動けずにいた。呼吸すら忘れていたような気がする。
「コアが動き始めたようだな」
ノエルがぽつりと言う。
「何も分かっていない愚かな人間にとって、コアの強大な力は絶好の餌となる。危険な力はマスコミにより加工され正義の刃となるわけだ。力は混乱を生み、戦を引き起こす。犬ですら分かることだがね、あの小デブには分からないようだ」
「コアが動き出すことは予言から分かっていた。俺達は俺達にできることをやるだけだ」
ナオトが精悍な顔をして述べた。
「人間を扇動して何を成すつもりだ」
それは独り言のようにも聞こえるし、問いかけのようにも聞こえる。
「ナオトはあの人達を暗殺するの?あの人達も命なのでしょう?」
「あの人達?あれは人間じゃない。あれはコアだ。そしてコアは命を食い潰そうとしている。彼らが命蝕を促進するのなら、俺は自分の手が血に染まろうと殺し続ける」
決意を秘めた強い語調だった。
では、ノエルは・・・?
コアを滅するならば、コアであるノエルはどうなるのだ、という素朴な質問。しかし、それを口にすることはなんとなくできなかった。ナオトの瞳がふと獰猛な獣の目に見え私はどきりとする。幾度か目をぱちぱちして再度ナオトを見ると気のせいであったと分かり安堵する。
そして、再びピリリリと携帯電話が鳴る。
ノエルとナオキの視線が一斉に私に向けられた。
「テレビは見た?面白かっただろ。魔法の国ニッポンの誕生」
高橋だった。
「高橋。私、もう何が起こっているかわけ分かんないよ」
電話の向こうにいる同僚が人間じゃないなんて信じたくない。
「お前がわけ分かんなくても、確実にこの世界は変わるよ」
「あなたは・・・本当にコアなの?本当に夜会を起こして命蝕を起こす一派の一員なの?」
高橋はすぐに「そうだよ」と答えた。悪びれることなくスマートな返答だった。
「星の言うとおりに動くように俺達は作られている。俺達は星の願いを叶えるために存在している」
星の願いを叶える?星が願いを叶えるのではないのか?そんな考えが私の頭によぎる。
「星はお前を求めている。あの車で、俺はお前を運び、そのまま星に献上するつもりだった。邪魔が入って失敗したけど」
「ちょっと待って。星はなんで私を・・・」
私の叫びにも構わず、一方的に携帯電話は切れた。ツーツーと鳴る単音が無情に感じる。
「怖れているのか?」
そう訊ねるノエルは私の目を捉えて離さない。ノエルもナオトも真っ直ぐな視線を浴びせるので、私の心が裸にされるような恥ずかしさを感じる。世界の裏側が急に表に翻され、不安を感じない人間がいるだろうか。
特に私は突如現れた人間の救世主が生命を脅かす災厄そのものであるという事を知っている。
それだけではない。
気味が悪いのは、命蝕の中心に存在している星に私が求められているということだ。しかし私はただの警察官であり、ただの人間だ。彼らからしてみたら私など食べ物の一つに過ぎない些細な存在だ。
全く心当たりのない攻撃に不安を抱くことは当然のことだと思う。しかし恐怖に近い不安を抱きながら私の半身は相反することを考えている。
「私は今、退屈で死にそうなの」
半分は強がり、もう半分は本音だ。
「私にできることはあるかな」
私が問うと、ノエルは口の端を広げ、声を上げて笑った。
「さすがハルキの娘だな。面白い」
「褒められてるの?」
「勿論だ。君が私達の力になってくれるというならば、君に任務を与えよう」
任務、という響きは警察の仕事を思い出させてくる。
「星は君を狙っている。それならば、君を囮にしたい。君に近づく星の下僕を葬るチャンスだ」
「おい、ノエル!」
傍らにいたナオトが声を荒げる。不服な表情を前面に押し出して、激しくノエルに抗議する。
「カオルは博士の娘だぞ。敢えて危険な場所に行かせるなんて・・・」
「ハルキの娘だから行かせるのだ。ここで燻っているような小物ではあるまい」
ノエルはちらりと横目で私を見る。挑発しているようにも見える。
「考えてほしい。君に考える時間をあげよう。返事は夜聞こう。いいね」
私達はそう言って建物から追い出されてしまった。