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警察官になった理由

朝を迎えて目を開けてみると自分の部屋だった、なんてことは当然なかった。

私は古い借家で白い布団を敷いて赤い毛布にくるまって寝ていたのだから、目覚めたらそこにいるのが必然だ。


温かい日差しが粗末な窓から差し込んで、チュンチュンという鳥の鳴き声の代わりに、聞いたことのないホロロロという鳴き声が聞こえる。いつも早朝から仕事に追われていた私にとって、この自然の光景は別世界のものに思える。


私はとりあえず重い身体を起こしてみることにした。

そして大きく深呼吸して胸の奥に溜まったドロドロした思念をまとめて吐き出す。


頭がぼぅっとしているのはカフェイン不足が原因だろう。

こんな田舎の集落に果たしてコーヒーがあるだろうか。絶望的な気がする。


「カオル。起きてる?」


ドアのノックする音と共に、ナオトの声がする。私は立ち上がり木製のドアをおそるおそる開けてみると、無邪気な笑顔を浮かべてナオトが立っていた。

黒いパーカーと細身のジーンズを着ており相変わらず洋服に似合わない刀を腰にぶら下げている。

月の下で見るナオトはミステリアスで神秘的なものを感じたが、太陽の下で見る彼は学校の運動系の部活動でもしていそうな平凡さがあった。


「おはよう。ちゃんと寝れた?」

「うん。疲れてたからグッスリだった」

「だろうね。カオルはいつも働きすぎだから」


いつかの手紙にも仕事にかまけすぎるなと書かれてあったな、と思い出す。ナオトは私のことをどれだけ知っているのだろう。私は自分の髪の毛の反乱を手で宥めながら彼の無垢な笑顔を見つめている。


「森に行こうよ」


彼は私にそう言って歯を見せて笑った。



人間誰しも休息が必要とよく言われる。睡眠だけではなく、それ以外のいわゆる「気分転換」は必須である。それは集中力を保つためでもあるし失われた体力を回復するためでもある。

これまで私に与えられた睡眠以外の休息の時間は無に等しいものだった。私自身が自らを多忙の世界に追い込み、それを望んでいたのだから仕方ないだろう。

そして今、与えられた束の間の休息の時間で私は戸惑いに近い感情があった。


「体が暇で死にそうみたい」


私は笑いながらビッシリと空を覆う木の葉を眺めながら言った。ナオトは無表情のまま黙って私を見ている。


「いつからか自分が立ち止まっていることが怖くなった。動いていないと、前に進まないと不安になった。だから私は忙しい警察官になったんだ」


ナオトは木に器用に上り木の枝に足をぶら下げながら座った。


「ナオトは私のことをどこまで知ってるの?」

「俺が知っているのはキミが警察官の仕事を真っ当にこなし成績を伸ばしているということと、キミが博士にとても愛されていたということ。他にもあるような気もするけど、今は浮かばないな」


私は小さく息を吐いて顔を上げる。


「私に何ができるかな」


私の問いにナオトの表情は動かない。


「俺としてはキミを巻き込みたくはなかったんだ。キミは博士の一人娘だし、巻き込めばキミも大変な目に遭う。でも世界はキミを巻き込んで変革を始めてしまった」


一筋の風が私達を巻き込んで通り過ぎた。荒々しく木々の葉が何かを警告するようにざわめいた。


そして同時に私のコートのポケットに入れていた携帯電話が鳴った。そういえばあの会議という名の取り調べの時にも肌身離さず持ち歩いていたのをすっかり忘れていた。


ピリリリとこの自然には決して調和することのない単調な電子音が響く。


私はディスプレイを見る。


「高橋ヒカル」


私を救ってくれた男の名前がそこにあった。



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