森に住む人々
「お前は何者だ」
男は私の背中に突きつけた銃口を更に押しつけ問う。一日に銃をこんなに向けられると感覚が狂うのだろうか、不思議と恐怖は感じない。
「私は忍海ナオトに連れられてここに来たの」
「ナオト・・・?嘘をつくな。ナオトがここに人間を連れてくることなんて聞いてない」
更に銃を押しつけられ、痛みさえ感じる。引き金を引かなくても、このまま銃口が身体を貫くかもしれないと思うと、まだ撃たれた方がマシな気がする。
「本当だって。ここにいろって言われたの。もういい加減にしてよ」
私の苛立った口調に男は怯んだ。有無を言わせず殺すようなプロの殺し屋ではないらしい。
「ナオトが連れてくる人間・・・?お前は一体・・・」
「ただの警察官。今日を持ってクビになったけど」
「お前が本当に客人かどうか、ナオトが戻ってくれば分かるというなら少し猶予をやろう」
私でも未だに信じられないのだが、この時私は会ったばかりの少年を信じることに不安がなかった。怪しげな刀を持ち奇妙な森へ誘う少年に微塵の疑いもなく、ただ着いていくことに必死だった。
父の手掛かりを持つ者、父を知る者としての親近感を抱いていたのかもしれない。必ずナオトは戻ってくる。
おそらく背後に立つ男も刀を監視する人間の一人だろうと推測する。
そうでなければ、こんな物騒なものを森に迷い込んだ人間に向ける理由がない。
「あなたも・・・忍海なの?」
私は尋ねるが返事はない。容疑者と思っている相手に真実を明かす必要はないと高を括っているのかもしれない。
猶予を与えられたからか私の心にも周りの状況を把握できるような余裕が生まれてきた。座り込んで土がひんやりと冷たく感じるがアスファルトにはない柔らかい感触が妙に心地よい。
辺りは漆黒の闇に包まれており、遠くに小さく見える淡い光が唯一の明かりだ。頭上にはびっしりと木が生い茂っており、空が垣間見えるような余地はない。
こんな電灯のない所ならばさぞかし美しい星空が見えるだろうに。
「ウィル。銃を離せ」
頭の上から声がしたので見上げると、大木の太い枝の部分にナオトが立っていた。どうやら木を伝ってきたらしい。
「ナオト!じゃあ本当に客人だったのか」
私は勝ち誇ったような顔をして振り返り、そして驚かされた。
銃を突き付けていたのは金髪で青い目をした西洋人だったのだ。あまりに流暢な訛りのない日本語でだったのでまさか背後の男が外国人だと予想だにしなかった。
しかし更に意外だったのは、男も私の顔を見て鉄砲玉を食らったような顔をしていたことだ。
彼は目を丸くして私の顔をまじまじと見つめている。ナオトは木から身軽に飛び降り、笑いを堪えるような顔をして男の顔をぽんと叩く。
「お前が侵入者を許さない立派な見張りだってことはわかったよ。ご苦労様。彼女は今からノエルのところに連れていく」
男は見るからに動揺した様子で答える。
「あ、わ、わ、わかった」
押しつけられていた銃口がようやくゆっくりと離れた。背中にじんわりと痛みが残っている。男が私の顔を仇のように見ていたのが不可解だった。あまり顔をじろじろ見られるのは大抵いい気分がするものではない。
とはいうものの心当たりが全く無いわけではない。私は日本人離れしている顔立ちをしている、と言われる。両親共に日本人であるにも関わらず、白人の血を半分引いたハーフであるとよく間違えられる。
しかし、こんな国際化した時代に、ハーフが何だというのだ。驚いた張本人が西洋人ならば尚更だ。
「ごめんね。客人が来るって言ってなかったから、早とちりしたみたい。彼を許してあげてね」
「貴方達って武装しすぎじゃないの?」私は思ったことを言う。
「昔は刀を持ち歩いていたじゃないか。あの時からここは変わっていないだけ」
切り離された世界、という言葉が思いつく。こんな武装が許される集団が、平和な我が国に存在していることが理解できないし信じられない。
私は彼に導かれるように光の方角へと歩き続ける。
遠くに見えていた明かりは予想通り集落の明かりだった。森を抜けた所に少し開けた場所があり、夜だというのに人の賑わいがあった。見渡す限りでは20人くらいだろうか。座り込んで商売を営む者もいれば、話に興じる人達もいる。
粗末な藁葺きの家が6つほどあり、一番奥にこんな森に似合わないコンクリート製の小さな建物がある。ナオトがそれを指さし「あそこに行くんだ」と言った。
「小さな村だろ?」
辺りを見渡す私の思考をなぞるように彼は告げた。
「そうね。森の中にこんな所があったことに驚いてる」
「ここの住人は世界各地の血縁なき同志なんだ」
確かに日本人だけでなく白人や黒人もいる。歳も性別もバラバラ。まるでオリンピックの選手村だ。
「さっきも言ってたけど、その血縁なき同志って何なの?」
「それを聞きに今からノエルに会うんだよ。俺より良く知ってるから」
私の不信感に満ちた顔も気にせず、ナオトは私に微笑んだ。話に興じる人々の間をすり抜け、私は建物の前に立った。
ここだけ隔絶されたように文明が進んでいる。扉がピッチリ閉まっていて開けるためには網膜認証が必要らしい。
ナオトは認証装置に顔を向け、手早く何かIDを打ち込んだ。この集落には不自然かつ不釣り合いなセキュリティだと思った。
建物に入る。真っ白な壁の狭い部屋で、更に階段が地下へと続いている。
「こっちだよ」
私は階段を降りた。大人二人並んで歩けるくらいの少し幅のある階段だ。そこから2階分くらいの階段を降りた所に再び扉がある。
「ねぇ、ノエルってどんな人?何者なの?」
「どんな人って言われると難しいなぁ」
頭を掻き毟り、言葉に詰まる彼は本当に困っているように見える。
「ノエル。入るよ」
ナオトは扉に手をかけて開ける。私もナオトの後ろから部屋を覗き込む。部屋は10畳ほどの広さで分厚く難しい本で溢れていた。父の書斎に良く似ている。
しかし部屋には誰もいなかった。
鳥籠にジュウシマツが一匹、そして本に埋もれるようにして灰色の大型犬が一匹いるだけだった。
「誰もいないわよ」
私が言うと、ナオトは柔らかく微笑み犬を指さす。
「ノエル・・・なんだけど」
困ったような顔をして言われても困る。私の方が困る。
犬は私の方をじっと見ている。シベリアンハスキーに限りなく似ていると思った
「はじめまして。よく来た。滝島カオル」
目の前の犬が喋ったことに驚いたが、私は間抜けにも目を丸くして「はじめまして」と答えるしかなかった。そもそもウサギが言語を喋った段階で私はこの展開を想定できたはずだった。先入観にとらわれた私が悪い。
「私はノエル。ナオトに聞いたと思うが、私はコアだ。犬が突然話し出したことに驚いたかもしれないが」
「いえ。正直に言うと、訳が分からないことが起こりすぎて、今なら何でも受け入れられると思うわ」
「キミがここに来た理由は知っている。キミは警察に追われていて、生きる居場所がなくなった。そしてそんな中消えた父親を知る者が現れた。キミの目的は保護と追及だ」
なかなか賢い犬だ。その精悍な瞳は犬を越えた何かを感じさせる。
「もちろんキミの要求には応える。キミは滝島ハルキ博士の娘だから、私にもここに住む忍海達にもその義務はあるだろう。だが、キミが絆の森に留まるならば相応の覚悟が必要になる」
「覚悟?」
「世界はもうじき変革の時を迎える。我々はそれに抗い立ち向かうために存在している。キミも当然巻き込まれる。だからキミにも見届けてほしいんだ。戦いの行く末を」