輝く星の下で
星が降りそうな夜だった。
真っ黒な絨毯に金平糖を散りばめたような世界だ。
瞬く星の数は増えすぎた生命の数と比較できるのだろうか。
そんなことを考えながら、男は窓の外を眺めていた。彼はパソコンのディスプレイの前に立っていた。画面の中には無邪気に笑う少女がいる。彼女は短い腕を精一杯広げてはじけそうな笑顔を男に向けている。
それが男の心の支えだった。彼が人間として生きた証だった。
「博士」
振り返ると若い少年が立っていた。手に輝く青い刃を握りしめている。
「キミか」
男は静かに呟き、深い息を吐いた。覚悟していたからか、恐怖はあまりない。
「呼び出してから結構な時間がかかったね」
「ちょっと海を越えていたもんですから」
「相変わらず多忙だな、キミは」
少年は微笑を浮かべる。
「感じるものなんですか、再構築って」
「感じる。そろそろ肉体が軋んできたよ。再構築は近い」
少年は男を見つめる。感情は捨てたつもりだったんだけどな。少年は冷えきった頭の中がじんわりと熱くなるのを感じた。
少年の目に画面で一際輝く少女の姿が止まった。彼の眼下に広がる灰色の世界が急に鮮やかに色づくような気がした。
「娘さん?」
男は恥ずかしそうに照れながら頷いた。完璧な博士が見せた表情は極めて人間的だった。
「可愛いですね。今、何歳です?」
「今年で15歳だ。この写真は彼女が10歳の時のものだ」
5年前…。少年はすぐに気づいた。博士が身体の変調に気づき、シェルターに籠もり始めたのも5年前だ。
「コアで子供を作ったのは私だけだろうね。キミは馬鹿な行為だと思うかい?」
「いや。むしろ興味深い」
「興味深い?」
少年は頬をポリポリ掻きながら静かに頷く。
「元来生物が子孫を残すのは遺伝子を伝えるためです。でもコアはその伝言ゲームから独立して存在している。子孫を残さずとも遺伝子は残るから。博士は全く無意味なことをした。それが面白い」
「無意味なことか。コアにはそう映るだろうね。」
男はディスプレイを愛おしく見つめながら呟く。
コアに対する侮蔑の色を少年は感じたが、だからといって憤るようなものでもないと知っていた。コアは星にとって消すべき病なのだから。
「でもね、私は娘が生まれた時感動したんだよ。くしゃくしゃの小さな顔と紅葉ほどの大きさの掌。それを絶やしてはいけない、と強く感じたんだ」
「博士…」
「世界は私とノエルに知識を与え、キミに力を与えた。命蝕の危機を乗り切らねば、我々はこれまで紡いできた糸を断ち切ることになるだろう」
博士は立ち上がり、柔らかい笑みを浮かべた。
「時間だ」
両腕を広げた。刃を受け入れる覚悟は出来ている。博士は目を閉じその時を待つ。
ようやく解放されるのだ。世界に巣くう癌細胞である自分の存在が解放され、ようやく死を迎えられる。
安らかなようでどこか寂しいのは娘に会えなかったことが原因だろう。大きくなっただろうか。私を覚えていてくれただろうか。
彼の中を錯綜する思いはやがて一筋の涙となる。
「博士。あなたは立派な『人間』でした」
少年は目の奥が熱くなるのを感じながら、淡々と語りかけた。
「信じられないかもしれないけれど、俺にも失われたはずの親がいるような錯覚を感じたんです。とても不思議な感覚でした」
少年は自分の中で疼くものを感じながら青い刃に集中する。
「ありがとう。あなたのことは忘れない」
少年は手に握りしめた青き刀で男の胸を貫いた。
残酷な世界。数奇な運命。博士は自らの存在ではなく世界の生命を選んだ。その結果がこれだ。
鮮血が刃を伝う。その時間があまりに長く、かつて命であったものがじんわりと消えてゆくのを感じていた。
やがて男は淡い光となり空気に溶け込むように消えた。その光を見届ける少年の眼から流れ落ちる数滴の水が床を静かに濡らしていた。
はじめまして。maric beeと申します。この作品はファンタジーのカテゴリーに入れていますが少しSFっぽいかもしれません。気長に読んでいただけると光栄です。
分かりづらいぞ、とかこれってどういうこと?とか何でもいいので、意見や感想などいただけると嬉しいです。