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もう一度あなたと  作者: セラフィナ
始まりの合図
2/3

処刑からはじまる物語

 数千人の視線がマリアに突き刺さる。  王宮の広場。処刑台の上、縛られたマリア・リアネットは、震える呼吸で青空を見上げた。

 「これより、マリア・リアネットの罪を断罪し、斬首をもって執行とする」

 冷酷な声。見下ろすルイス王子、その隣には白いローブ姿の“聖女”キャサリン。  

 (――どうして誰も、私の言葉を信じてくれないの?) (私は……私は何も悪いことなんてしてないのに……!)

 必死に叫んでも、怒号と嘲笑、信じていた大人たちの無表情。

 (父さま、母さま……誰か、誰か、私を助けて)

 だが、処刑人は動く。刃が振り下ろされる。

 刃の冷たい光が、青空を裂く。


 ――ああ、これが最期なんだ。

 全てが遠ざかるように、マリアの意識は走馬灯のように過去を映しはじめた。

 (私は……子供のころから両親に愛され、屋敷の皆に大事にされて育った。春の庭で本を読んだ日も、優しかったルイス殿下も、全部、全部思い出せるのに――)

 (あの時、本当はもっと自分の気持ちを言葉にしていればよかった。)

 一度でもキャサリンの嘘を疑っていたら。小さな手を握り、縋り付くような心が、そのたびに恐れに負けて何もできなかったこと。

 (私、何も守れなかった。家族のことも、私自身のことすら――)

 不甲斐なさと、絡み合う後悔に、喉の奥から声にならない嗚咽がこぼれる。

 でも、もう遅い。

 誰も助けてくれない。

 尊厳も未来もすべて奪われる、こんな結末が、自分の全てになるなんて。

 …もし、もう一度だけ。

 ただ一度、過ちをやり直すことができたなら――

 (そんなこと、あり得ないって分かってる。)   (だけど、もしも――ほんの少しでいいから、運命が違っていたなら……)

 悲しみと後悔の向こう、マリアの魂がかすかに願う。

 もし可能なら、次は大切なものを守れる自分でいたかった、と。

 

――まるで水底から急激に浮かび上がったような感覚だった。マリアは、重さを感じていたまぶたをそっと持ち上げる。視界に飛び込んできたのは、豪奢な天蓋、真新しいリネン、窓から差し込む柔らかな朝の光。

 (え……?)

 胸がどくん、と早鐘を打つ。体を起こそうとすると、固く縛られた鎖の感触も、焼けつくような痛みもなく、代わりに春の花の甘やかな香りと、シーツのぬくもりだけがそこにあった。

 ――処刑台の冷たさ、誰にも届かなかった叫び、そこで終わったはずの自分。

 あれは夢だったのだろうか。それとも、今が夢の続きなのだろうか。

 手のひらを握ると、小さな震えが伝わる。夢ではない「実感」がそこにある。

 ぐるりと部屋を見渡すと、机の上に見慣れた鞄と、「ローゼンハイム学園 入学式のご案内状」──

(……学園の、入学式の前日……?)

 身体も、表情も、何もかもが“死ぬ前の自分”と同じ。

 けれど胸の奥には、消えそうなくらい切実な痛みと、あの絶望の記憶が生々しく残っている。

   「お嬢様、お目覚めですか?」

 控えめな声とともに、扉ごしに侍女エミリアの声がした。

   「……ええ。今起きました…」

 喉を震わせて返事をすると、夢ではない現実が、じわじわと自分に満ちていくような気がした。

 (あの処刑は、確かに現実だった。痛みも、後悔も、全部覚えてる……でも私は今、生きている)

   手のひらを胸にあてて、静かにひと呼吸。

 生きている。温もりがある……もし神様がほんの少しだけ私に機会をくれたのなら、今度こそ――

   希望と不安、そしてわずかな決意を胸に、マリアはゆっくりとベッドから立ち上がった。

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― 新着の感想 ―
コメント失礼します。 言葉選びが素晴らしくとても参考になりました。 適度に空白が入っており、読みやすかったです。 これからの展開が楽しみです。応援しております!
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