仲間はおかま? #3
オリーブは、クロム、ラーセンを連れて、街から伸びる街道を歩いていた。
オリーブが案内したいと言う場所は、街からやや離れた小高い山の中腹にある、洞窟だった。
ここに立ち寄るような用事のある人は、ほとんどいない。
そのため道のようなものは整備されておらず、山の稜線が道がわりになっている。
城壁に囲まれた街は、だいぶ遠くに見えていた。
「師匠ー、大丈夫ですかー」
クロムが振り向いて声をかける。
相変わらず体力のないラーセンと、意外と体力のないオリーブが、はあはあと息を切らしながら、仲良く歩いている。
「ちょっと、ラーセンさん。あなたのお弟子さん、ちょっと体力あり余ってません?」
「それについては、弁明の余地はない」
小声で交わされた会話は、クロムには届かない。
返事が聞き取れなかったと勘違いしたクロムは、重ねて問いかける。
「えー、なんて言ったんですかー、聞こえないですー」
ラーセンとオリーブは、顔を見合わせてると、はあとため息をつく。
そして肩で息をしながら歩き続け、立ち止まって待っているクロムになんとか追いついた。
上がる息を押さえながら、オリーブがクロムに訴える。
「ちょっと、あなたねえ。そんなに先走って、道わかってないでしょ?」
「でも、分かれ道のようなものもないし、二人が見えていれば、大丈夫かなって」
「全く、これだから若い子は」
一旦休憩しようというラーセンの提案で、クロムは魔法のカバンからブランケットを取り出した。
ラーセンとオリーブは、そのブランケットに座り込む。
しかしクロムは座ることなく、眼前に広がる稜線からの眺望を眺めていた。
そして、手持ちの地図を見ながら、そこに記されている山の名前と、遠くに見える山頂との突き合わせをする。
ずっと学校の中で座学ばかりしていたクロムにとって、屋外でのフィールドワークは新鮮だった。
「山に登ってテンション上がるなんて、これが本当のお上りさんね」
「何か言いましたか?」
気分が高揚しているクロムには、オリーブの嫌味もいまいち届かない。
代わりにラーセンが、クロムをたしなめる。
「初めての山に浮かれるのはいいが、洞窟に着くまで体力は温存しとけよ」
「はあい、気をつけまーす」
一休みしてなんとか体力の回復したラーセンとオリーブ、そしてもとより元気一杯のクロムは、さらに道なき道を歩き続け、ようやく目的地である洞窟に辿り着いた。
クロムは魔法のカバンから、旅に出る前に新調したランタンを取り出す。
これも魔具でできていて、油を使わずとも辺りを長い時間照らしてくれる、優れものだ。
スイッチを入れると、ぽうっとランタンの胴体が光りだす。
明かりを持つクロム、道案内をするオリーブ、そして後ろを警戒するラーセンという隊列を組んで、洞窟に足を踏み入れた。
洞窟の中は、思ったよりは広かった。
小さい馬車ならば、そのまま通り抜けられそうだ。
そして、日の光は届いていないが、真っ暗というほどではない。
壁に光る鉱石が含まれているのか、弱く青白い光に、洞窟全体が包まれていた。
洞窟に入ってしばらく歩いた時、ふとクロムは大事なことを聞いていないことを思い出した。
ランタンをかざしながら、クロムはオリーブに尋ねる。
「そういえば、オリーブさんは、この洞窟の何を、師匠に案内したいんですか?」
「あら、まだ話していなかった?」
「ええ、まだです」
オリーブは、少し考える。
何から話すべき、何を話すべきか、どこまで話すべきか。
その辺りを思案しているようだった。
しばしの静寂ののち、やや意を決したかのように話し始める。
「実は昔のあたし、あの廃屋に住んでいたことがあるの」
「えっ?」
「もちろん、あたしが住んでいたころは、廃屋じゃなかったわよう」
「それは、そうですよね」
「一人で住んでいたわけじゃ無いのよ。優しいおばあさまも、いらっしゃったわ」
「もしかして、あそこの壁にかけてあった絵って」
「そうよ、あたしとおばあさまよ。今のあたしは美人だけど、あの絵の中のあたしは、可愛かったでしょう?」
なんか長い思い出話になりそうだなあと、クロムは身構えたが、オリーブはその辺の話をかなり端折って、説明を続けてくれた。
そのおばあさまは、魔法使いでもあって、幼いオリーブに近代魔法を教えてくれたそうだ。
大きくなったオリーブは、やがて家を出て働き始めた。
それから何年かして、そのおばあさまが亡くなったという話を聞いた。
「そのご婦人は、もしかして古典魔法の使い手だったのか?」
ずっと無言だったラーセンが、オリーブに問いかけた。
「そうなの。近代魔法もお上手だったけど、古典魔法もお上手だったわ」
オリーブは、懐かしむかのように答えた。
ラーセン以外の古典魔法の使い手を見たことがないクロムは、そのおばあさんはどんな人だったんだろうか、と思いを馳せた。
「あなたたちが来て、廃屋を案内して欲しいって言われて、あたし、いい機会だと思ったの。だから、あのネックレスがなくても、きっと案内してたわ」
「それで、肝心の案内したいものは、なんなの?」
なかなか核心に近づかない話に、クロムが我慢できず尋ねると、オリーブは話の腰を折られたことにやや立腹しながら答える。
「もう、最近の若い子はせっかちなのね。まあいいわ。昨日、おばあさまの机の引き出しを開けた時に、おばあさまが付けられていた日記を見つけたの」
「あの小さな本みたいなものですか?」
「やあねえ、見てたの。そうよ、それ。その日記に、ラーセンさんが探している古典魔法について、関係しそうなことが書かれてあったの」
「古典魔法!?」
「ええ、昔研究していらした古典魔法。ただ、誰にでも伝えていいものではないと、おばあさまは思ったらしいわ。価値がわかる人、悪用しない人、そう思える人がいたら、この場所を伝えてほしい。日記にはそう書いてあったわ」
その話を聞いて、クロムはなんだか嬉しくなった。
そして、会ってたった一日しか共にしていない師匠を、大切なおばあさまの研究成果を伝えても良い人と見定めるなんて、意外とオリーブはいい人なのではないか、と評価も上がっていた。
「キキキッ!」
突然前の暗がりの中から、鳴き声らしきものが聞こえた。
ついで、バサバサバサッと羽が風を切る音が、幾つも聞こえる。
(魔獣?)
すっかり油断していたクロムは、カバンから魔法の杖を取り出そうとする。
しかしその手がカンテラで塞がっていたことに気づいた時には、そのカンテラを落としてしまっていた。
慌ててカンテラを拾うためにしゃがんだその上を、オリーブの放った初級火魔法が飛んでいく。
魔法は正確に魔獣をとらえた。
魔法が当たった魔獣は、叩かれた虫のように地面に落ちて、そして動かなくなる。
「バット、か」
「そうね、バットよ」
ラーセンが問いかけ、オリーブが答える。
クロムは、一瞬のうちに終わった出来事に、まだついていけていない。
「あなた、今だいぶ油断していたでしょう?」
「ぐうっ。確かに、油断、してたかも」
「まあ、慌ててでっかい魔法を撃たなかったのだけは、褒めてあげるわ。あんな狭いところで元気いっぱいの魔法を打たれた日には、あたしたち生き埋めになっていたかもしれないしね」
特に『元気いっぱい』のあたりに色々言い返したいクロムだったが、何もできなかったのは事実なので、反論できない。
でも、とクロムは思い返す。
たとえあの時、カンテラは持っておらずスムースに魔法の杖を出せたとして、飛んできた魔獣を退治することはできただろうか、と。
威力の弱い魔法陣の方が早く描けるとはいえ、クロムが一つ火魔法を打つタイミングで、オリーブは複数の火魔法を打てるだろう。
そう思うと、オリーブの魔法を扱うセンスについては、認めざるを得ない。
(でもやっぱり、嫌味を言うのは嫌い)
センスは認められても仲良くはできない、というのがオリーブに対するクロムの評価となった。
その後も、一行は洞窟の奥の方へと進んでいった。
さっきの失敗に懲りたクロムは、カンテラを持つ手とは逆の手に、愛用の魔法の杖を持って、警戒しながら歩く。
途中、同じようにバットの群れに襲われると、クロムは初級火魔法の魔法陣を描き始める。
しかし、描き終わる前にオリーブの火魔法が複数放たれて、バットを仕留められてしまうのだ。
「これは、適材適所ってやつよ。あなたはバットなんか気にしないで、びっくりしてカンテラを落とさないことだけ、気をつけていればいいわよ」
しまいには、オリーブのこの言われように、余計むきになってしまう。
ラーセンはやれやれと、何回めかの魔法を空振りすることになったクロムの横に移動する。
「ま、オリーブの言うとおりだ。あんまり気負わず、後ろに任せて歩いていればいいぞ」
「師匠まで、そういうことを言う」
味方だと思ったラーセンにまで、魔獣と戦わなくても良いと言われて、クロムはだいぶ落ち込む。
そんなクロムに、ラーセンは珍しく励ますような言葉をかける。
「心配するな。クロムの魔法の出番は、後で来るような気がする」
「本当ですか?」
「ああ、おそらく」
「師匠がそう言うのであれば」
「背中を預ける、っていうのも、簡単そうで意外と難しいことだ」
そう言われると、そういうものかと、クロムは自分で自分を納得させる。
そして、それ以降は魔獣の討伐はオリーブやラーセンに任せ、クロムは辺りを明るく照らすことに専念した。
しばらく歩くと、クロムが照らす灯りが大きな壁を浮かびあがらせた。
「これって、行き止まり?」