仲間はおかま? #1
「師匠ー、街が見えてきましたよー」
のどかな街道のその先に、大きな城壁が見えてくる。
クロムは後ろを振り向くと、大きな声で呼びかける。
その声の先には、不恰好な魔法の杖の代わりに、道中で拾った木の棒をついているラーセンの姿があった。
街道はゆるやかな登り坂となっていて、ラーセンはやや息が上がっていた。
立ち止まっていたクロムに追いついたラーセンは、大きく息をつくと、道端の切り株に腰掛ける。
「はあぁ。旅は初めてなんだろう。あまり飛ばすと、バテるぞ」
「バテているのは、師匠です。私はまだまだ、いけますよ」
「仮にも師匠と呼んでくれるなら、も、もう少し年寄りを労ってくれ」
「これでも、だいぶペースを合わせて歩いてきたつもりですけどねー」
道中、クロムはラーセンのことを『師匠』と呼ぶことに決めた。
古典魔法の教えを乞う身としては『先生』と呼ぶも悪くない。
しかし、学校で教えを受けるわけではないので、ちょっと違和感があったのだ。
何度も師匠と呼んでいるうちに、呼ぶ方も呼ばれる方もだいぶ慣れてきていた。
そして、次の目的地である隣街に近い、小さな宿場町に着く頃には、シノクサと話すのとほぼ同じくらいの気軽さで、話せるようになっていた。
ただしラーセンはクロムに対して、初めて会った時とそれほど変わらない、ぶっきらぼうな対応のままだった。
街が近づいてくると、いくつかの街道が交わって、道幅が大きくなる。
それに合わせて、街を目指す人の数も増えてくる。
城壁の一角にある街の入り口は、長い人の列が出来上がっていた。
しばらく待ったのち、通行税を支払って二人は街の中に入った。
「わぁ……」
目の前に広がる街並みを見て、クロムは思わず声が出てしまった。
ジュリアード魔法女学園がある街は、確かに大きい。
しかし、近隣の街との交易の中心となっているこの街は、その何倍もの規模だ。
入り口付近は、軽食を取れる食堂や、街の情報を提供する案内所などが、ひしめいている。
どれも、長旅をしてきた旅行者にとっては、ありがたいものだ。
正面の通りは商店街となっている。
旅支度が整えられる店だったり、日用品が売っている店が並んでいる。
その先は、クロムたちのいる入り口からは見えないが、市民たちが住まう居住区となっているようだ。
街の中心に向けて小高くなっていて、その中心には教会らしき、大きな尖塔が見える。
「大きな街ですね、師匠」
「こっちだ」
ラーセンは、勝手知ったる場所のように、迷いなく歩き始める。
「ご存知の場所なんですか」
「ああ。昔一度来たことがある」
クロムがラーセンについていくと、正面の通りをしばらく歩いた後、思い出したかのように横道に入る。
横道には、少しばかり柄の悪い面々がたむろしている。
その雰囲気にのまれたクロムは、背中を屈めるとラーセンのすぐ後ろについて、周りを警戒しながら歩いていく。
「こっちだ」
ラーセンは、そんなクロムの不安に気づくことなく、目的の酒場を見つけると、手慣れた手つきで扉を開ける。
躊躇いなく入っていくラーセンの後を追って、クロムも店の中に入る。
酒場は、表にいたのと同じくらい、柄の悪い客で溢れていた。
場違いな客に気がついた何人かが、怯えるクロムをねめつけるように見る。
ラーセンはカウンターに移動して、客とは違うパリッとしたシャツにベストを着用したマスターに話しかけた。
「ラム酒を」
「そちら様は?」
「わ、私?」
雰囲気や客にすっかりのまれているクロムは、突然問いかけられて返事ができない。
やれやれと、ラーセンが助け舟を出す。
「まだ学生なんだ。薄めたワインでも出してもらえるか?」
「かしこまりました」
マスターは、注文された飲み物を作ると、二人の前に差し出す。
クロムの飲み物を見て、何人かの客がクククッと小さく笑う。
居心地の悪さを感じているクロムを特に気遣うこともなく、ラーセンがマスターに尋ねる。
「聞きたいことがある」
「なんでございましょう?」
「スラムにある廃屋に、古い魔法の書物に関する情報があると聞いて、やってきた」
「探し物なら、別のお店の方がよろしいかと」
「いや、ここであっている。知人から、これを見せれば、腕の良い魔法使いを紹介してくれると聞いている」
そう言いながら、ラーセンはカバンから何かを取り出した。
どうやらそれは、古びたネックレスのようにクロムには見えた。
マスターは、そのネックレスを受け取ると、しげしげと眺めた。
そして、確認は済んだという雰囲気と共に、それをラーセンに返す。
「お待ちください」
そういうと、マスターは店の奥へと入っていた。
「師匠、そのネックレスは……」
クロムは、マスターが突然態度を変えた原因のネックレスを見つめて聞いた。
ラーセンはじっとネックレスを見つめると、無造作にカバンの中にしまう。
そして、昔を思い出すかのように目を閉じる。
「これは……」
「だあれ? あたしに用事があるっていう、酔狂な客ってのは?」
ラーセンの声をさえぎるかのように、突然、店の奥から声が響いてきた。
男性にしては、少しトーンの高い声だ。
声の主は、店の奥から出てくると、カウンターに出てきた。
長身で細身。
ゆったりとしたコートのような服を着ているが、袖はなく、筋肉質の腕が伸びている。
髪は赤毛で、短く刈り込まれている。
よく見ると、うっすらと化粧をしているようにも見える。
(お、おかま……?)
クロムが思わず視線を向けると、その男(あるいは女)は、ツカツカとクロムの前にやってきた。
「あんたがネックレスの持ち主? まだ子供じゃなーい。よくもまあ、こんな場所にやって来れたわね。用事はなに? あたしに頼みたいことがあるんでしょ。面倒なことじゃなければ助かるんだけど」
畳み掛けられるように声をかけられ、すっかり萎縮したクロムは、無言でラーセンを指さす。
クロムの指さす方にいたラーセンを見ると、オリーブは、納得げな表情に変わる。
「あらー、こちらのお兄さんが依頼主ね。あたし、早とちりしちゃった。そうよねぇ、こんなちんちくりんな子が、あのネックレスを持っているわけないものね」
「ち、ちんちくりん!?」
失礼な言い回しに、クロムはカチンとくる。
言い返そうと思ったが、あまりの言われように言葉が出てこない。
あわあわとしているクロムを横目に、ラーセンが話し出す。
「ラーセンだ」
「ピラストロよ。みんなからは『オリーブ』って呼ばれているわ。ラーセン、いい名前ね。それで私に用事って何かしら? 探し物系? 討伐系? それとも、デートのお誘いかしら」
「残念ながら、探し物だ。もしかしたら討伐もあるかも」
オリーブの冗談とも本気とも思える問いかけを、ラーセンはさらりと流して、依頼内容を告げる。
「……スラムの廃屋の案内ね。デートの目的地としては、やや雰囲気に欠けるところがあるけれども…… いいわ。一緒に行くわ」
「助かる」
「いいのよー。それにしても、あんたみたいないい男からの頼みだったら、あんなネックレスを取り出すまでもなく、お手伝いさせてもらったのに」
ラーセンは、明日の朝にこの酒場の前で待ち合わせという約束をすると、床に置いていたカバンを背負って立ち上がる。
「帰るぞ」
「あ、は、はい」
結局出されたワインに一口をつけないまま、クロムはラーセンの後を追って店を出た。
「待ってるわねー」
扉越しに、オリーブの高い声が響いた。
店を出て再び商店街のある大通りに出た二人は、そのまま宿屋街へと歩いていく。
大通りの脇には、魔具で作られた街灯が立っている。
これだけの数の街灯があれば、きっと夜も明るいのだろう。
普段のクロムなら、そんなことを考えながら歩くところだが、今は違う。
先ほどの酒場でのオリーブからの扱いに、大変に憤慨していたのだ。
「師匠、なんですか、あのオリーブとかいう、おかしな人は?」
「ん、別に普通だったぞ」
「そりゃ師匠は、なんだか気に入られていましたからね」
「そんなふうに見えたか?」
「見えましたよ! あの人、絶対師匠のこと気に入ってましたよ」
ラーセンの後を、わざとらしく足音が立ちそうな歩き方をしながら、クロムはついていく。
しかし、ふとその廃屋に何があるんだろう、という疑問が湧き起こる。
そうすると、もう失礼なオリーブのことは頭の片隅に追いやられる。
歩き方も普通になると、ラーセンの背中に声をかける。
「ところで、その廃屋には何があるんですか?」
「それについては、宿についてから話そう」
そんな話をしていると、ようやく宿屋街にやってきた。
数軒ほど当たった中で、割とすっきりとして治安の良さそうな宿屋を見つける。
ラーセンとクロムで一部屋ずつ借りると、荷物を持って部屋に向かう。
クロムは部屋に荷物を置くと、隣のラーセンの部屋に入る。
ラーセンは、クロムに、今回の目的地である廃屋について話し始める。
その廃屋は、かつて魔法使いが住んでいた家だった。
魔法使いは何年か前に亡くなっていて、今は廃屋になっている。
噂では、ラーセンと同じく古典魔法を研究したらしく、その成果が保存されていると聞いている。
しかし、その廃屋があるスラムはやや治安が悪く、外部からの人間が立ち入ると、排斥的な扱いを受けてしまう。
そのため、スラムに顔の効く、地元の案内人を探していたのである。
「なるほど、そういう理由だったんですね。でもそれだったら、別に魔法使いである必要はなかったんじゃないですか?」
話を聞いたクロムが、疑問を呈する。
「まあ、何事もなければそうなんだけどな」
ラーセンが、何か不穏なことを言う。
クロムは、廃屋にどんな危険があるのかわからず、聞き返す。
「何かあるんですか?」
「ないに越したことはないんだけどな」
しかし、うまくはぐらかされてしまった。
だいたい話し終わったラーセンが、カバンを背負う。
「俺は、この街でもう少し聞いておきたいことがある」
部屋を出て階段を降りて行こうとするラーセンに、クロムは後を追う。
「じゃあ私も」
「いや、一人の方が色々と身軽でやりやすい。それよりもうすぐ日も暮れる。適当に夕食を食べていてくれ」
ついていけないことに、ちょっと不満げな表情をクロムは浮かべる。
階段を降りて、宿の入り口までくると、ラーセンは振り向いてクロムの頭にポンと手を乗せる。
「ま、そういう顔をするな。それよりも、この街は美味い飯屋が多いぞ。どうせだったら、お気に入りの店でも探してきたらどうだ」
その一言で、ぱっとクロムの機嫌は良くなる。
「俺は少し遅くなるかもしれん。飯を食ったら、先に宿屋で休んでいてくれ」
「はい」
「あんまり危ないところに、一人で行ってはダメだからな」
「もう子供じゃないんですから、心配してもらわなくて大丈夫です!」
先ほどの酒場での振る舞いを見れば十分に子供なのだが、それを口にすると色々面倒なことになることは、ラーセンはわかっていた。
そしてラーセンは、宿を出て街中に消えていった。
ラーセンを見送ると、クロムはくるりと振り向いて階段を駆け上る。
自分の部屋に戻り、身支度を整えたクロムは、勇んで食堂街に出かける。
宿に来る前に見た、魔具でできた街灯が、煌々と道を照らしている。
(こんなに明るければ、一人でもそんなに危なくないよね)
そう思ったクロムは、安心して美味しそうな店を物色し始めた。
どれもこれも美味しそうなメニューが並んでおり、クロムがようやく食事を取ろうと思った店を選ぶまで、結局十軒以上も巡ることになったのだった。
この世界の水は、魔法で出すものを除いてそれほど衛生的ではないので、アルコールを少し混ぜて殺菌したものを未成年でも飲んでいます。