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不格好な魔法の杖を持つ男との出会い #6

 小夜亭でラーセンと食事をした日の翌日。

 クロムは考え事をしながら、ジュリアード魔法女学園への道を歩いていた。

 頭の中には、昨日のラーセンの言葉が残っている。


「弟子か。まあ、別にダメではないが」

「じゃあ」

「でも、あんたはまだ学生だろう。せっかくなんだから卒業してからでも遅くないんじゃないか」


 ラーセンの最もな指摘を受けて、クロムはやや暴走していたことに気づく。


「まあ、一度、あんたの先生に相談してみるのも悪くないだろう」

「そうですね」

「俺は、数日はこの街にいるつもりだ。夜はだいたい、ここで飯を食っていると思う。何せここの飯は、うまい」


 このような経緯で、クロムには数日の猶予ができた。


「おはようございます。クロムコアさん。ご機嫌いかが?」


 教室に入ると、いつものクラスメイト達がクロムに挨拶をかける。

 仲が良いというわけではないけれども、それでも挨拶をきちんとするのは、上流階級の娘としてきちんと教育されていることの証でもある。

 いつもだったら、ややトゲを含んだ挨拶に朝から気持ちを削がれるところだ。

 ただ今日のクロムは、そんなクラスメイト達に心煩わせる余裕もないほど、考えなくてはならないがことある。

 おかげで、いい具合に力が抜けて、実習の時にもクラスメイトと釣り合う程度の、気の抜けた魔法陣を描いてしまう。


「驚きましたわ。今日のクロムコアさんは、いつもとはだいぶ違いましてよ」


 その抜け加減が、逆にクラスメイト達の魔法陣とのユニゾン効果を成功させてしまい、好感度を上げてしまっていた。


 ハッ、とクロムが我に戻ると、今日の授業は知らない間に終わっていた。


(いけない、シノクサ先生に相談しに行かないと)


 ジュリアード魔法女学園には、生徒に指導をする傍ら、魔法の研究をしている教諭たちがいる。

 シノクサは、その中でも若くて優秀な上位教諭の一人として、この学園で教鞭をとっている。

 そして、クロムたちのクラスの生徒の指導教官でもあった。


 クロムは、今日学校に登校した最大の目的を果たすために、シノクサの研究室へと向かった。

 シノクサのように上位の教諭は、学校の中に専用の研究室を持っている。

 その研究室は、学生達の学ぶ中央学舎ではなく、長い渡り廊下を渡った先にある離れの校舎にある。

 静かな環境で研究をするため、というのが研究室が離れにある公式の理由である。

 しかし実際は、危ない研究がよく事故を起こすため、それらから学生を守っているというのが、クロム達生徒の間での暗黙の了解となっている。


 渡り廊下を歩き、シノクサの研究室の前に辿り着く。

 その瞬間、まるでクロムを待っていたかのように、大きな音と共に勢いよく研究室のドアが開く。

 煙と共に、中から煤だらけになったシノクサが顔をだす。


「えほっ、えほっ。また失敗しちまったか」

「シノクサ先生、大丈夫ですか?」

「その声は、優等生のクロムちゃん。そうかそうか、研究に失敗して傷ついた先生を、心配してきてくれたんだね」


 どさくさに紛れて抱きついてこようとするシノクサを、クロムは軽くいなしつつ答える。


「まあそんなとこです。絆創膏貼っておきますね」

「クロムちゃん、傷ついたのは心の方なんだけど」

「心に貼れる絆創膏は、持ち合わせがないです」

「相変わらず厳しいねえ」


 ぞんざいな扱いをしているが、クロムはシノクサをかなり気に入ってる。

 背格好はだいぶ小さい。ポルカより、ちょっと大きいくらいだ。

 いつも、その丈にそぐわない、ゆったりとした白衣を着ている。

 そのため、両手はいつも長すぎる袖の中に隠れてしまっている。

 しかし、長く艶のある黒髪は、シノクサを年相応の人物に見せている。

 そして、クロムにとってシノクサとの魔法談義は、クラスメイトとの中身のないお喋りより、百倍楽しい。


 クロムはシノクサと共に部屋に入ると、色々飛び散ってしまったスクロールや書籍を一緒に片付ける。

 本棚の高いところはシノクサは届かないので、率先してクロムが片付ける。

 ふと手にした本をパラパラとめくると、つい最近見た覚えのある、クロムの初級火魔法を火矢に変えた魔法陣を見つけた。


「先生、これは」

「ああ、それね。見たことない魔法陣でしょう?」

「いえ、見たことあります」

「そうだよねぇ、ないよねぇ。って、あるの?」

「はい」


 予想外の返事が返ってきて、シノクサは思わず足を滑らせる。


「今日はこの魔法陣のことで相談があって、先生に会いにきました」


 何か意を結したような、そんな表情のクロムを見て、シノクサは、一瞬普段とは違う真面目な表情を見せる。

 しかし、すぐにいつもの顔に戻ると、お気に入りの丸椅子にちょこんと座る。

 くるくると椅子を回すと、ピタッとクロムの方を向いて止まる。


「いいよ、クロムちゃんのお話を聞かせて」


 クロムは、シノクサと相対するように椅子に座ると、昨日の出来事を順に話した。

 そしてできれば、ラーセンと共に行動して、古典魔法について学びたいということも伝えた。


「そっかぁ、ラーセン君は、まだ古典魔法を探しているのか」

「先生は、ラーセンさんをご存知なんですか?」

「一時期ね、一緒に古典魔法を探す旅をしていたことがあるんだ」


 遠い思い出を懐かしむかのように、シノクサは目を閉じる。

 しばしの静寂が、シノクサの研究室を包み込む。


「あの、先生……」


 クロムが声をかけると、シノクサはぴょんと椅子から飛び降り、クロムに近づいてその手を握る。


「クロムちゃんは、本気で古典魔法を学びたいと決意したんだね?」

「はい!」


 シノクサの質問に、クロムは即答する。


「だったら、クロムちゃんのしたいようにしていいと思うよ」

「でも、ラーセンさんには、卒業はしてからでも良いのではと言われているのですが」

「なに、思い立ったが吉日、ってやつだよ。それにクロムちゃん、ここで勉強することは、もうほとんど残ってないよ」

「え、そうなんですか?」

「そう。だから『飛び級』しちゃえば良いんだよ」


 シノクサは、ジュリアード魔法女学園を卒業した生徒の中で優秀な人は、そのまま院に進学して、魔法の研究を始めることが通例であることを説明する。

 その時の研究テーマは、生徒自身が自由に決めることができる。

 しかしクロムは、ほとんどの科目で特に優秀な成績を修めているために、卒業を待たずに飛び級で院に進むことができるのだ。


「研究テーマを『古典魔法』にして、フィールドワークを行うためにしばらく旅をする、と言うことにすれば、学校の勉強をしつつ、ラーセン君から古典魔法も学べて、一石二鳥だよ」


 一石二鳥のところで、シノクサは右手で『1』、左手で『2』の形を作る。


「そんな都合の良い話、あるんですね」

「あるよ。だからクロムちゃんは、思う存分旅をしてくれば良い」

「ありがとうございます。早速手続きをしてきます」


 深々とお辞儀をすると、クロムは研究室を駆け出すように出ていった。

 突然の過去との邂逅に、シノクサはしばし遠くを見つめる。

 そして、ポツリと呟いた。


「ラーセン、また会いたいな」


 しかし、シノクサとラーセンが再び会えるようになるまでには、もうしばらく時間が必要だった。


 シノクサに背中を押してもらってからの、クロムの行動は、早かった。

 研究室からの返す足で教務課に向かい、飛び級の手続きを済ませる。

 そして、驚く職員達を気にもかけず、来年の春までのフィールドワークの申請を行った。


 学校を出ると、街の中央にある商店街に向かう。

 そして、テント、寝袋、ランタンなど、旅に必要な道具を買う。

 それらを魔法のカバンに詰め込んで、外に出る。

 日は少し傾き始め、街の中は家に帰る人や、夕食の食材を買う人たちなどで、ごった返していた。

 その人々の間を抜けて、クロムは足早に小夜亭に歩き出した。


 小夜亭に着くと、クロムは勢いよく扉を開けた。

 昨日と同じテーブルにいるラーセンを見つけると、足早に近づいていく。

 そして、バンとテーブルに両手をつくと、昨日と同じセリフを口にした。


「私を、ラーセンさんの弟子にしてください!」

「昨日も言ったけど、まずは学校を卒業してから……」

「それはもう、解決しました」


 突然解決と言われても何のことだかわからないラーセンに、クロムは飛び級とフィールドワークの話を伝える。

 ラーセンはなんとなく、クロムの話を聞き流していた。

 しかし、シノクサの名前が出た時だけは、ハッとしたようにクロムを見つめた。

 ただ、興奮して話しているクロムは、その表情の変化には気づかなかった。


「そうか、シノクサの教え子だったのか……」


 クロムが長々と説明した後に、ラーセンはポツリとつぶやいた。


「ラーセンさんは、シノクサ先生と旅をしたことがあるんですよね」

「まあな、若い頃の話だ」

「だとすると、私とラーセンさんが出会ったのも、なんだか運命みたいな感じですね」

「ただの偶然だ」


 そんなことを話していると、ブーレが食事を持ってやってきた。

 テーブルに料理を並べるブーレに対して、クロムは先ほどラーセンに話した内容と同じことを話す。


「……そうかい、飛び級ねぇ」

「だから私、ラーセンさんに弟子入りして、一緒に旅をするの」

「おいおい、俺はまだ良いとは……」

「学校の件は、ちゃんと解決しましたよ」


 話し終わった時には、クロムの皿の料理は半分ほどなくなっていた。

 その時、クロムの裾を引っ張るものがあった。

 下を向くと、それはポルカだった。

 ポルカは、クロムをじっと見つめて、そして質問する。


「クロムお姉ちゃん、お出かけしちゃうの?」


 悲しそうな、寂しそうな、そんな表情を浮かべるポルカを見て、さすがのクロムもハッとする。

 でも、ポルカの方に振り返ると、しゃがんで目線をポルカと同じ位置まで下げる。


「それを今、ラーセンさんにお願いしているところ」

「ちゃんと、帰ってくる?」

「もちろん。あ、でも、帰ってくるのは一年後くらいになっちゃうかな」


 ポルカは、じっとクロムの目を見つめる。

 そして、尋ねる。


「それは、クロムお姉ちゃんが国一番の魔法使いになって、お父さんとお母さんに恩返しするため?」


 ポルカは、草原でサンドイッチを食べながら話していたことを、ちゃんと覚えてくれていた。


「そうだよ」


 その答えを聞くと、ポルカはきゅっと振り向いて、厨房の奥へとかけていった。


「ポルカちゃん」

「いいんだよ。寂しいけれども、いつかはこういう日が来るんだから。あとは私がやっとくよ」


 ポルカを呼び止めようとしたクロムを、ブーレが制止する。

 そして、ポルカを追って、厨房へと歩いていった。


「明日だ」


 ラーセンがポツリとつぶやく。


「明日?」

「明日の朝、この街を出る。それまでに、旅の準備を整えておけ。ここが待ち合わせ場所だ」


 ラーセンのつぶやきの意図を知ると、クロムの表情がパッと驚きと喜びの入り混じったものになる。


「ありがとうございます!」


 クロムは残りの料理を書き込むと、足早に小夜亭を飛び出した。


「シノクサの教え子と、旅をすることになるとはな……」


 ラーセンもまた、シノクサとの旅を思い出して、少ししみじみとした気持ちになる。

 そして、ぐいっとエールを飲み込むと、これからのことについて考えを巡らせた。


 クロムは、寄宿舎への道を急足で進んでいた。

 その時、カラーン、カラーンと教会の鐘がなる。

 クロムは立ち止まって、その鐘の音を聞く。

 この鐘の音もしばらくきけなくなるのか、と思うと急に感慨深くなった。


 寄宿舎に着くと、クロムはクローゼットから旅に来ていけそうな服をいくつか見繕う。

 それらを丁寧に畳むと、魔法のカバンに詰め込む。

 他にも、まだ読んでいる途中の魔法書なども。

 これからのことを想像すると、高揚する気分が抑えられない。

 早く明日が来てほしい。

 これから始まる旅のことを考えながら、クロムはベッドで横になった。


 朝になった。


 洗面台で身支度を整えると、魔法のカバンを肩にかけ、クロムは勢いよく部屋を出る。

 一段飛ばしで階段を駆け降りるクロムに、いつものようにマズルカが声をかける。


「おはようございます、クロムさん」

「あ、マズルカさん。おはようございます」

「制服を着ていらっしゃらないようですが、どこかにお出かけですか?」

「あ、はい。しばらく出かけることになりました」

「そうですか。それでは、ここに行き先と帰る時間を記載しておいてください」


 マズルカが差し出した予定表に、クロムは行き先「未定」、帰る時間は「とりあえず一年後」と書く。

 マズルカは、予定表を見るとため息をつく。

 だが、そのため息は、クロムのいつもの適当な予定に対する諦めのものではない。

 すでに学校からクロムが旅に出ることを聞いているマズルカが、しばらくクロムに会えなくなることを寂しく思う気持ちから出たものだった。

 ただ、クロムはその違いに気付いていない。


「いつもにもまして、適当な予定ですね」

「ごめんなさい。急だったので、あまり詳しくは決まっていないんです」

「まあ良いでしょう。あまり遅くならないようにしてください」


 いつもと同じ言葉で、マズルカはクロムを送り出す。

 ただ、そこに込められた思いは、いつもと比べてだいぶ優しく、そして寂しいものだった。


(フンフン、フーン)


 鼻歌を歌いながら小夜亭に向かうと、店の前にはラーセン、ブーレ、そしてポルカの姿があった。


「クロムお姉ちゃーん!!」


 ポルカの姿を見つけたポルカは、クロムの方に駆け出してきた。

 クロムは膝をついて、ポルカを迎え入れる。

 ポルカは、クロムのちょっと大きな胸に飛び込むと、ぎゅうっとクロムに抱きついた。


「ポルカちゃん、おはよう」


 クロムはポルカに挨拶をする。

 でもポルカは、クロムの胸に顔を埋めたまま返事をしない。

 しばらくそうしていると、向こうからブーレが歩いてきた。

 そして、ぽんぽんとポルカの背中を優しく叩く。


「ほら、ポルカ。クロムお姉ちゃんに渡すものがあったんじゃないの?」


 ポルカは、ブーレにうながされてようやく顔を上げる。

 健気に笑っているように見えるけれども、クロムの服を濡らした涙の後は、消せなかった。

 ポルカは、腰のポシェットから、小さなクマの人形を取り出すと、クロムに手渡す。


「私のお気に入りの子なの」

「私が受け取ってもいいの?」

「うん、旅の間は、それを私だと思って大切にして」

「わかった。大切にする」


 ポルカは、くるりと振り向くと、ブーレの背中に隠れる。

 そして背中越しに、一番言わなければいけないことを伝える。


「その子、すごくお気に入りなの。だから、絶対返しに来てね!」

「絶対、返しに来る。楽しい話をお土産にね」


 この約束は破れないな。

 そんなことを考えていると、ラーセンがやってくる。


「そろそろ行くぞ」

「はい」


 東の門へと向かうラーセンのあとを、クロムはついていく。


「気をつけて行くんだよー。無理をしちゃダメだからねー!」

「おねえちゃーん、いってらっしゃーい!」


 ブーレとポルカが手を振って送り出してくれる。

 クロムも振り向いて手を振る。


 クロムと、不恰好な魔法の杖を持つラーセンとの、古典魔法をめぐる旅は、これから始まるのだった。


ここまでで、第一章は終わりです。

よろしければ、二人の旅にこれからもお付き合いいただければと思います。

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