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不格好な魔法の杖を持つ男との出会い #5

 魔獣を倒した後、いくばくもしないうちにラーセンがまた、祭壇横の扉から出てきた。

 残念ながら、教会にはラーセンの探している古典魔法が描かれたスクロールはなかったようだ。

 クロム達は、そのままラーセンと一緒に街に帰ることになった。


 道すがら、ラーセンはポルカに、あれやこれやと質問攻めをされている。

 特に、異国を旅した時の話が、ポルカはとても気に入ったようだ。

 誰にでもすぐなつくポルカを、クロムは微笑ましげに見ながら、二人のあとをついて歩く。


 そうこうしているうちに、三人は街に到着した。

 夕方というには、まだだいぶ早い時間だ。

 まずはポルカを小夜亭に送る。

 ポルカは、小夜亭の扉を開けると、一目散にブーレのところまで駆け出して、腰の辺りに抱きついた。


「ただいまあ、お母さん」

「ああ、ポルカかい、おかえり」


 ブーレが視線を上げると、ポルカとラーセンは並んで入り口をくぐる。

 何かあったのだろうかとブーレが聞こうとする間もなく、ポルカが教会であったことを話し出す。


 クロムも動揺していて気づかなかったが、ポルカが驚いて震えていたのは割と最初の方だけだったらしい。

 そのあとは、クロムとラーセンが協力して魔獣を倒すさまを、しっかりと見ていた。

 ポルカはあの教会で起きたことを、割と正確に、身振り手振りを踏まえてブーレに説明する。

 実際よりだいぶクロムが活躍しているような話ぶりだが、そこはご愛嬌というところだ。

 おおよそのあらましを聞いたブーレは、二人の方を向いて話しかけた。


「つまり、二人はポルカの命の恩人っていうわけだ」

「いや、そこまで大したことはしていないです。むしろ私がちゃんとポルカちゃんと一緒にいれば、こんな危ない目にあうこともなかったはずで……」

「いやいや、ポルカ一人だけだったらと思うと、ゾッとするよ」


 ブーレはクロムとラーセンに、深々と頭を下げる。

 そして、今日の夕食はぜひ小夜亭でご馳走させてくれと、二人に告げた。


 ラーセンは、それほど大層なことはしてないからと、一旦は辞退した。

 しかし、ブーレに押し切られて、小夜亭に来る約束をさせられていた。

 クロムも複雑な思いだが、小夜亭の美味しい夜ご飯が食べられるという思いが勝ち、ありがたく申し出を受け入れることにした。


 クロムは、カバンの中からポルカが作った花冠を取り出すと、ポルカに渡した。

 それを手にしたポルカがブーレに駆け寄るところを見届けると、ブーレに声をかけた。


「それじゃあ、ブーレさん。また後で」

「待ってるよ」

「お借りしたバスケットやブランケットは、ここに置いておきますね」


 そう伝えて小夜亭を出ると、クロムはラーセンと一旦別れることにした。


 まずは役場に行き、魔獣を倒した経緯について報告しにいく。

 街の近くで魔獣が現れたことは問題だし、倒した魔獣をそのまま放置するわけにもいかない。

 役場の職員は、ボアのような大型魔獣をどのように倒したのかと、何度もクロムに確認してきた。

 その度にクロムは、初級火魔法しか使っていません、と伝えるしかなかった。


(まあ、嘘は言っていない、よね)


 ラーセンの古典魔法については、報告では伏せておいた。

 その話をすると、ラーセンも呼ばれることになり、迷惑がかかるのではないかと思ったからだ。


「わかりました。とりあえず使用魔法は初級火魔法のみだったいうことで、今回の討伐報告は受理いたします」


 窓口の人は、若干の疑問を持ちつつも報告を受理した。

 それを確認すると、クロムは役場を出て、広場にあるベンチに腰掛けた。


 クロムは魔獣を倒した時のことを考えていた。

 クロムの描いた魔法陣を覆うような、古典魔法の魔法陣。

 二つの魔法陣が混じり合って出来上がった、複雑な魔法陣。

 そして、そこから放たれた、初級とはとても思えない威力を持った魔法。


(わからない。どんな仕組みで発動するんだろう、あの魔法陣は)


 描かれた古典魔法の魔法陣は、基本的なルールこそクロムの知る近代魔法と同じようだが、その魔法陣がなぜクロムの書いた魔法陣をあのように強化したのか、全く理解できない。

 クロムは、理解できないことが悔しいという気持ちだった。

 しかしそれ以上に、あの魔法陣の仕組みについて、強く興味を惹かれていた。

 そこには、クロム自身の現状を打ち破るヒントがあるような気がしたのだ。


(あれこれ考えても、わからないものはしょうがない。明日学校の図書館に行って、調べてみるか)


 結局、今のクロムの知識ではわからないことばかりだ。

 その結論に辿り着く頃には、少し日が傾きかけていた。


 カラーン、カラーン。


 夕刻を告げる教会の鐘の音が、暮れなずんでいく空に響く。

 茜色の空には、森に帰る鳥達が群れをなして飛んでいる。

 しかし街の人々は、まだまだ帰る気配はない。

 市場は夜まで続くので、外で食べようとする人たちが多いのだ。


「今日は、屋台で食べ歩きかなあ…… そうだ、小夜亭!」


 食事のことに思いを馳せたら、ハッと小夜亭のことを思い出した。

 今日はブーレが、夕食をご馳走してあげると、クロムとラーセンに伝えていた。

 それを思い出したクロムは、急足で小夜亭に向かった。


 小夜亭の扉を開けると、中はお客さんで大賑わいだった。

 エールの入ったジョッキを両手に持ったブーレは、クロムを見つけるとにっこりと微笑んだ。

 そして、目配せで奥のテーブルに行くよううながしてくれる。

 どうやら、席を確保してくれていたようだ。


 混雑する店内を、奥の方へと進んでいく。

 どのテーブルを確保してくれていたかは、すぐにわかった。

 先客がいたからだ。


「お待たせしました、ラーセンさん」

「気にするな。俺もさっき来たところだ」


 ラーセンは、すでに樽のジョッキを片手に前菜をつまんでいた。

 テーブルを挟んで反対側の椅子に、クロムは腰掛ける。

 肩からかけていたカバンを壁のフックにかけたところで、ブーレがやってきた。


「悪いね。見ての通り大賑わいで、あんまりお相手できそうにないんだよ」

「大丈夫ですよ。私たちは私たちで、過ごしますので」

「そうかい? とにかくたくさん食べていっておくれよ」


 ブーレは、クロムがいつも好んで飲んでいるジュースと、いくつかの小鉢をテーブルに並べると、足早に厨房の方へと去っていた。

 クロムは、いつもよりはやや丁寧な所作で、お気に入りのジュースに口をつける。

 上目遣いにラーセンを見ると、特にクロムに興味があるそぶりはなく、淡々と食事を続けている。

 拒絶されているわけでもなさそうだ、と判断したクロムは意を決して話しかけることにした。


「ラーセンさん。今日は、危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」

「ああ。でも、礼を言われるほどのことではないな、あれは。あんたの魔法が優秀で、俺は多少手を添えた程度だ」

「その添えてもらった手について、いろいろ教えて欲しいことがあります」

「古典魔法について、か?」

「はい」


 クロムの初級火魔法を炎の矢にした古典魔法。

 それが、今クロムが一番知りたいことだ。


「そうだなあ、何から話せばいいか」

「まずは、全く異なる魔法陣を重ねる仕組みについて、教えてください」

「ああ、あれか」


 ラーセンは、エールをぐいっと飲むと、説明を始める。


「あれは『ハルモニー効果』というやつだ」

「ハルモニー効果?」

「ああ」

「ユニゾン効果とは、何が違うんですか」

「ユニゾン効果…… ああ、おんなじ魔法陣を重ねるってやつか」

「はい」

「あれは、あんまり面白くない手法だな」


 近代魔法の重要な手法を、ラーセンは面白くないの一言で切って捨てた。


「面白くないとは、どういうことですか」

「言葉のまんまだ。みんなで同じ魔法陣を描くだけで、創意工夫の余地がない」

「……」

「それに、個性も出せないしな」


 個性が出せない話は、クラスメイトに合わせて力を抑えているクロムには、興味深い指摘だ。


「そうなんですよ。ちょっと本気を出すと、周りのクラスメイトが自分の魔法陣に合わせられなくて、うまくユニゾン効果を出せないんです」

「古典魔法は、個性が重要な要素だ」


 クロムの愚痴をスルーして、ラーセンは古典魔法とハルモニー効果について語り始める。


「ユニゾン効果は、まあ、同じ魔法陣の紋様を繰り返しなぞるようなものだな。魔法陣がやや強靭になるかもしれないが、魔法陣の個性が変わるわけではない」

「……」

「古典魔法の魔法陣は、対象とする魔法陣の紋様に対して間接的に影響を与える。それは、魔法陣のバランスを意図的に崩し、結果として新たな個性を持つ魔法陣へと生まれ変わらせる」

「影響、ですか」

「そうだ。たとえばあんたがボアをやっつけた時のあれは、攻撃魔法が打ち出されるスピードに影響を与えたものだ」

「だから、あんなスピードで火矢が飛んでいく魔法になったんですね」

「ある魔法陣に別の魔法陣を影響させて、新しい魔法陣に変換させる効果を、ハルモニー効果と呼んでいる」


 クロムは、前菜をパクつきながら、ラーセンの話に聞き入る。

 ラーセンは残りのエールを流し込むと、さらに話し始める。

 存外楽しくなってきたのか、だんだんと饒舌になっていく。


「ただし、闇雲に魔法陣を描いたところで、ハルモニー効果が得られるわけではない」

「何が大切なんですか?」

「一言では言えないが、うーん、魔法陣を描くリズムを上手く組み合わせる…… そんな感覚かな」

「リズム?」

「あー、例えば、あんたが割と複雑な魔法陣を描くとに、最初から最後まで複雑な紋様が続くわけではないよな」

「確かに。複雑な部分と複雑な部分の間に、つなぎのようなシンプルな場所があります」

「そう、その部分だ。そこは魔法陣に含まれるさまざまな効果が干渉し合わないように、一定の距離を保つよう用意されている箇所だ」

「はい」

「ただし、そこに、その魔法陣の効果とは直接関係しない効果を、重ねることは可能なんだ」

「えっ!?」

「まあ、なんだ。合いの手を入れるような感じだな」


 古典魔法とハルモニー効果の真髄のようなことを話していたかと思うと、それを合いの手などと俗な例えで言ってのけたラーセンに、思わずクロムは吹き出してしまった。


「合いの手、ってそんな感じなんですか」

「まあ、それだけじゃあないんだけどな」


 そんな話をしていると、ブーレが両手に大皿料理を持ってやってきた。


「なんだか楽しそうに話しているね。楽しすぎて、注文するのを忘れてしまったかい?」

「いえ、あの、その…… 忘れてました」

「そんなことだろうと思って、今日のおすすめ料理を持ってきてやったよ」

「わあ、ありがとうございます」


 そういうと、ブーレは二人の目の前に大皿を並べた。

 それは、鳥の丸焼きの周りに、さまざまな香味野菜を添えた、小夜亭の名物料理だ。


「ナイフとフォークは机の上にあるものを使っとくれ。そしてクロムは知っていると思うけど、パンは食べ放題なんで、遠慮なくおかわりしてくれていいよ」

「ありがとうございます、ブーレさん」

「ははは。これで話が弾むなら、この鳥たちも食べられる甲斐があるってもんよ」


 笑って良いのかどうか、一瞬迷う冗談を口にしたブーレに、別のテーブルの客が声をかける。

 はいよ、と言ってブーレはまた客の中に紛れてしまった。


 手際よく鳥肉を捌いていくラーセンに、クロムはもう一つ聞きたいことがあった。


「ところで、ラーセンさんの持っている魔法の杖なんですけど」

「ああ、これか」


 ラーセンは、テーブルに立てかけてある魔法の杖に目をやる。


「その魔法の杖は、私たちが使っているものと違って、なんというか、その……」

「変な形をしているか?」

「いえ、決して変というわけではないんですけど、あの、見慣れない形だなと思って」

「変に気を使わなくてもいいぞ。これはあんたらから見ると、だいぶ不恰好な魔法の杖だろう」


 言いにくいと思っていいあぐねたことを、本人がそのまま口にしてしまい、クロムは少し恥ずかしくなった。

 それでも質問を重ねる。


「なんで、ラーセンさんの持っている杖は、そんな形をしているんですか?」

「これは、さっきのハルモニー効果の仕組みに比べたら、そんなに難しい理由じゃないんだ」


 そういうと、ラーセンは切り分けた鳥肉を口にする。

 小夜亭の名物料理の名前は伊達ではなく、あれほど饒舌だったラーセンの語りがパタリとやむ。

 クロムもそれに合わせて目の前の鳥肉を口にして、ラーセンの説明が再開されるのを待つ。


「うまいな、これは。で、えーと、ああ、杖の話だったな」

「はい」

「あんたらが使っている杖は、近代魔法の魔法陣を描くのに最適化されているだろう」

「そうです」

「あの大きさの魔法陣を効率的に描くための杖は、その大きさと形がベスト。それが大魔法使いジュリアードが見出した理論だ」


 ラーセンは、ジュリアード魔法女学園に入学したばかりの学生が、魔法の杖を配布された時に聞かされる説明と同じ内容を、ざっくりと語る。


「しかし、古典魔法の魔法陣は、近代魔法の魔法陣に比べると、だいぶ大きいものになる」

「そういえば、あの時ラーセンさんが描いた魔法陣は、まるで私の描いた魔法陣を包み込むように大きなものでしたね」

「古典魔法の魔法陣にベストな大きさと形で魔法の杖を作ると、どうなると思う?」

「もしかして大きすぎる?」

「正解だ。鬼のような大男ならいざ知らず、俺のような普通な体格しか持たない人間には、とても扱いづらいものになる」


 ラーセンの問いかけに正しい答えを導けたことに、クロムはちょっと自慢げな気持ちになる。


「だから、古典魔法の使い手は、まずは己が大切にするものはなんなのかを考える。大きさを求めるのか、あるいは正確さを求めるのか、というものだ」

「はい」

「そして、最も重要なものを残し、残りはそこそこにするか、あるいは大胆に切り捨てる。その方針を魔法の杖を作ってくれる職人に伝え、自分に合った一品を作ってもらう、というわけだ」

「じゃあ、その形の杖は、ラーセンさんしか持っていない、というわけなんですね」

「現時点では、そうかもしれないな。これもある種の個性、なのかもしれないな」


(か、かっこいい!)


 クロムは、思わず心の中で喝采をあげる。

 自分の個性を押し隠さなくても良い古典魔法に、クロムは心惹かれていた。

 そして、思わず叫んでいた。


「私を、ラーセンさんの弟子にしてください!」

ブーレさんだけでは賄いきれないので、店内には他にも日雇いの給仕さんたちがいます。しかし彼女たちはもっぱら、厨房に近いカウンター席で食事をする普通の人たちの相手をしています。店の奥は常連さんたちのスペースで、そこのお客さんはブーレさんが主に担当しています。

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