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収穫祭 #5

 ジグのおろしたつたで作った即席の縄を使って、二人は落とし穴から脱出した。

 落とし穴はそれほど深くはなく、フォリアもアンバーも特に怪我などはしていなかった。

 フォリアはアンバーを見ると、ニコリと笑いかけた。

 しかしよく見ると、目の下にはいく筋かの涙の跡があった。


(ジグさんが見つけてくれるまでは、きっと心細かったのね)


 そう思うと、なんだか不意にフォリアのことが愛おしくなって、自然とフォリアの肩に手を回した。

 抱きしめた瞬間、フォリアはびっくりしたように体をこわばらせた。

 しかし、少しすると小刻みに体を震わせる。

 穴に落ちてからしばらくは、ジグが助けに来ることを信じて、気丈に振る舞っていたのだ。

 穴から出られてホッとしたところで、その時の恐怖をじわじわと思い出していた。

 アンバーは、そんなフォリアを落ち着かせようと、少し力を込めて抱きしめなおす。

 いつもはクロムに抱きしめられているが、今は立場が逆だ。

 そして、なぜクロムがアンバーのことを、事あるごとに抱きしめるか、少しわかった気がした。


「お、お姉さん。ちょっと苦しいです」


 程なくして、震えがおさまったフォリアは、アンバーにそう告げた。

 ゆっくりと手を離すと、フォリアは、ぷはぁと小さく息継ぎをした。

 そして、もう一度笑顔でアンバーを見つめる。

 その笑顔は、穴から出た直後に見せた、作ったようなものではなく、心の底から安堵したことを感じさせる笑顔だった。


「おい、帰るぞ」


 ジグが、ぶっきらぼうにここから帰ることを告げる。

 フォリアがそれに答える。


「うん。袋に入れた後だったから、キイチゴはちゃんとあるし、もう帰っても大丈夫だね」


 フォリアが帰りの身支度を整えていると、ジグがそっとアンバーの横にやってきた。

 何か言いたそうだが、なかなか言葉が口から出てこない。

 アンバーは、どうしたのだろうとジグを見つめる。

 そして、ようやく意を決したかのように、ジグはとつとつと話し始めた。


「その、フォリアを見つけてくれて、ありがとな」

「ううん、見つかってよかった」

「さっき、言いそびれたことなんだけど……」


 言い淀むジグの、次の言葉をアンバーは待つ。

 一呼吸おいて、ジグは話を続ける。


「俺は、父ちゃんと母ちゃんの宿屋を手伝いたい。でも、宿屋の仕事をするには、読み書きとか計算とか、いろいろ勉強しないといけないと思うんだ」

「うん」

「でも、うちの村には学校がないだろう。だから、街に行って学校で勉強したいと思ってるんだ」

「素敵。それを聞いたら、お父さんもお母さんも、きっと喜ぶと思う」


 まっすぐなジグの言葉を聞いて、アンバーは素直にジグのことを応援したいと思った。

 ひとしきり言いたいことを言ったジグは、急に恥ずかしくなってしまったらしく、くるりと向こうを向いてしまった。

 そこへ身支度を終えたフォリアがやってきた。

 なんとなく微妙な距離感のアンバーとジグを見て、首を傾げるフォリア。

 でも、アンバーの表情がなんとなく優しく見えるように見えたので、多分悪いことではないのだろうと、思ったのだった。


「行くか」


 ジグのその言葉で、三人は元来た道を帰り始めた。

 思わぬトラブルがあったので、予定よりは少し遅くなり、日が少し傾いていた。

 三人の影が、帰り道に伸びる。

 その影を追うように、村への道を帰っていった。


「ただいまあ」


 宿屋に着くと、フォリアが元気よく挨拶をする。

 その声を聞くと、フォリアの母親が駆け寄ってきた。


「まあまあ、随分遅かったねえ」

「ごめんなさい」

「それで、キイチゴは採れたかい?」

「うん、たくさん採れたよ!」


 その言葉と一緒に、フォリアはカバンにいっぱい詰められたキイチゴを差し出す。

 中を見てキイチゴを取り出すと、フォリアの母親はそのうちの一粒を口に放り込んだ。


「んー、酸っぱいねえ。これなら美味しいジャムが作れそうだよ」

「よかったー」

「早速今晩煮込んじゃおう。明日のお祭りには、美味しいパイが出せるよ」

「やったあ。お母さんの作るキイチゴのパイは、とっても美味しいんだよ、お姉さん」


 そういうとフォリアは、厨房の一角にかけてあったエプロンを締めて、夜の給仕の準備を始める。

 ジグも、無言で厨房に入っていく。

 アンバーは、森で見た二人の絆を思い出し、ほんの少しの羨望の眼差しで眺める。


(お兄ちゃんがいるっていうのも、楽しそうだなあ)


 一人っ子で育った人によくある思いを抱いて、部屋に戻る。

 部屋の扉を開けると、そこには新しい古典魔法用の魔法の杖にどのようにアイデアを盛り込もうか、ああでもないこうでもないと思案しているクロムの姿があった。

 扉の開いた気配を感じて、クロムは振り向く。

 そしてそれがアンバーであることを知ると、アイデアを書き出していたペンを置き、手を大きく上に伸ばして伸びをした。


「おかえり、アンバーちゃん! キイチゴはたくさん採れた?」


 笑顔で話しかけてくれるクロムを見て、アンバーは、お姉ちゃんもいいな、と心の中で思う。

 そして少し笑みが溢れたアンバーに、クロムはなんだろうという表情を浮かべるのだった。

 そこにオリーブが、そしてラーセンも部屋に戻ってきた。

 二人とも、それぞれ村の中で羽を伸ばしたり、調べ物をしてきたようだ。

 食堂で食事をとった後、早めに眠ることにした。


 夜が明けた。

 今日は祭りの当日。

 素晴らしい秋晴れが広がっていた。

 飾られたリースが、秋の風に揺れている。

 村のあちこちから、祭りの準備を行う人たちの声が響いていた。

 クロムたちは、珍しく人並みの時間にラーセンとオリーブが起きてきたので、他の宿泊客に混じって朝食を食べていた。


「オリーブさん、今日は珍しく早起きですね」


 クロムがオリーブに語りかける。

 言葉の調子から、皮肉ではなく純粋に驚いているだけだと理解したオリーブは、あくびを噛み殺しながら返事をする。


「そうねえ。今日はちょっとお店のお手伝いをすることになったから、その準備がね」

「お店の手伝い、ってなんのお店ですか?」

「酒場よ」


 それを聞いて、初めてオリーブと会った場所も酒場だったなと、クロムは思い出す。

 そしてクロムが経緯を聞いてみると、どうやらオリーブは酒場で一人で飲んでいたのだが、いつの間にかオリーブがいたテーブルに、いろいろ悩みを相談する女性の列ができていたらしい。

 店の閉まる時間が来てしまったが、まだ何人かの女性が順番を待っていた。

 そこで酒場の女将の提案で、今日の祭の日に、一日だけの悩み相談所みたいなコーナーを酒場の一角に設けることになったらしい。


「というわけで、今日は別行動になるので、よろしく」


 そういうと、オリーブはデザートとして出された季節の果物を手にとって食べ始めた。

 クロムは次にアンバーに問いかける。


「アンバーちゃんは、どうするの?」

「私はまだ何も。クロムさんは?」

「私はねえ……」


 アンバーに尋ねられたクロムは、決まりが悪そうに頭をかく。


「昨日、首飾りを一緒に作っていた人たち、覚えてるかな?」

「はい」

「お昼を食べてからもいろいろ話をしていたんだけど、だんだん仲良くなってきて、出し物を一緒にしようってことになっちゃったの」

「出し物って、どんなことするんですか?」

「ダンスを踊ったり、ちょっとした劇をしたりとか、いろいろ」

「楽しそう」

「アンバーちゃんがいなかったから、勝手にメンバーにするのも悪いかもと思って、とりあえず私だけで参加することにしたの」


 そこまでいうとクロムは、申し訳なさそうにうなずいて、話を続ける。


「もしよければ、アンバーちゃんも参加できるかどうか聞いてみるけど、どうする?」


 その気遣いは嬉しいけれども、アンバーは首を振って答える。


「ありがとうございます。でも、私はまだ小さいから、クロムさんみたいに上手に踊れないし、劇に出るのも難しそうなので、やめておきます」

「ごめんね、アンバーちゃん」


 そう言いながら、クロムはパンと手を合わせてアンバーに謝る。

 アンバーは、にこやかに謝罪を受け入れつつも、今日一日どう過ごそうかなと考えていた。


「おはようございます、お姉さん」


 そんなアンバーに、お皿を下げに来たフォリアが声をかけた。

 タイミング的に、今のやりとりも聞いていたようだ。


「フォリアちゃん?」

「はい。フォリアです。ところでお姉さん、今日お暇なんですか?」

「そ、そうですね。特に予定はないです」

「よかった。そうしたら、キイチゴのパイを売るのを一緒に手伝ってもらえませんか?」

「え?」

「お店の前で屋台を出すんですけれども、お母さんが張り切りすぎてたくさんパイが出来ちゃったんです」

「ええ……」

「だからたくさんたくさん売らないといけないんですけど、私とお兄ちゃんだけだと大変だから、手伝ってもらえないかなあって」


 そういうと、フォリアは上目遣いでアンバーを見つめる。

 心なしか、瞳がうるうるしているように、アンバーには見えてしまう。

 断る理由もないアンバーは、フォリアの方を向くと軽く頭を下げて返事をする。


「私でよければ、手伝わせてください」

「やったあ。お母さんに伝えてくるね」


 そういうとフォリアは、重ねた皿を上手に持って、厨房の方へと帰っていった。

 それを見送るアンバーに、クロムとオリーブがかわるがわる声をかける。


「よかったあ。アンバーちゃんが一人になっちゃうかもと思って、心配してたの」

「どうだか。クロちゃん、今の今までアンバーちゃんのこと、忘れてたでしょう」

「そ、そんなことないです。ちゃんと心配してましたよ」

「まあ、適当なクロちゃんのことは置いておいて。そうしたら私は、今日相談に来てくれた人に、ここの宿屋のキイチゴパイを紹介しておくわね」

「わ、私も、今日会う子たちに、宣伝するわよ」

「別に宣伝しなくても、クロちゃんが一人で全部食べちゃったらいいんじゃない」

「そんなに食べられないし、だいたいお金も払えません」


 結局いつも通りのやり取りになって、アンバーはつられて笑い出してしまう。

 そして、ふと思い出したように、アンバーはラーセンに問いかける。


「ラーセンさんは、どう過ごすんですか?」

「俺か?」


 珍しくアンバーから話題を振られて、少し驚くラーセン。

 しかし、頭を軽くかくと、やや疲れたような表情で話す。


「もともと休むつもりでこの村には寄ったから、ここかオリーブがいる酒場で、何もせずゆっくりさせてもらうよ」

「なんだか、大人の過ごし方って感じです」


 アンバーが明後日の方向に感心していると、クロムが横槍を入れる。


「大人っていうか、お年寄りですよね、師匠の過ごし方は」

「いいだろう、好きなように過ごさせてもらっても」

「確かにそうですね。ひだまりで日向ぼっこするといいと思います」

「お前、最近師匠の扱いが雑じゃないか」

「そんなことないです。シノクサ先生ともこんな感じですよ」


 ここまで、ずっと四人が集まって旅をしてきた。

 でも時々は、四人が別々に行動する日があっても悪くない。


(今日の祭りは楽しくなりそう)


 そう想像するアンバーだった。


これで収穫祭編は終わりです。次回はクロムが古典魔法用の杖を手に入れる予定です。

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