収穫祭 #4
「全く、なんでキイチゴ摘みに付き添いがつくんだよ」
キイチゴが成っている森の奥へ続く道を歩きながら、ジグは文句を垂れていた。
そのジグの後をついて行くように、フォリアとアンバーが並んで歩いている。
乱暴なジグの言葉に、アンバーは思わず首をすくめる。
「お兄ちゃん。お姉さんは、私がお願いしてきてもらっているの。失礼なこと、言わないで」
フォリアがジグに抗議すると、ジグはふんと鼻を鳴らして、ずんずんと歩いていく。
申し訳なさそうにアンバーを見たフォリアが、ジグに代わって謝る。
「ごめんね、お姉さん。ちゃんと伝えておいたんだけど……」
「あ、だ、大丈夫だよ」
自分より年下のフォリアに気を遣わせてはいけないと、アンバーはフォリアの謝罪を受け入れる。
フォリアと並んで歩きながら、アンバーは周りの様子をなんとなく眺めていた。
だいぶ秋らしくなり、あれだけ暑かった気温もぐっと下がっている。
森に生える木々の葉は、赤や黄色に色付いている。
それらの葉は、順に散って、落ち葉となって道に重なっていた。
アンバーたちが歩くたびに、サクサクという乾いた音が響く。
その音を心地よいと思いながら、アンバーはなんとなく、前を歩いているジグの様子も伺う。
(ふーん)
ぶっきらぼうなジグだが、身勝手な振る舞いはしていない。
キョロキョロと辺りを見回しているのは、きっと危険なことがないかどうか気にしているのだろう。
歩くスピードも、早くもなく遅くもなく、後ろをついていく二人に合わせているように思える。
なんだかんだでしっかりしているんだなと、アンバーは密かにジグのことを見直していた。
「ねえ、お姉さん」
「は、はい?」
ちょっとほかごとを考えていたようなアンバーに、フォリアが話しかけてきた。
少し驚いたようにアンバーが答えると、フォリアは気になっていたことを聞き始める。
「お姉さんは、旅に出ることをお父さんやお母さんに、どうやってお願いしたの?」
前を歩くジグが、一瞬二人の方を振り向く。
その話は、ジグがアンバーに一番質問したいものであろう。
もしかしたら、フォリアが気を利かせて質問しているのかもしれない。
そう思うと、しっかり答えなければと思って、アンバーは旅に出る時の経緯を思い出しながら答えていく。
「私は引っ込み思案だったから、あまり父さんや母さんにお願い事をすることはなかったの」
「そうなんだー」
「でも、村にクロムさんたちがやってきて、魔法を使う機会があって。その時に、前に話した魔法使いのおじいにもう一度会って、魔法をもっと習いたいって思ったの」
「ふんふん」
「おじいとおばあは、旅に出ることを許してくれたわ。でも、ラーセンさんが両親にもお願いしたほうがいいって言ってくれて、村の外にいる父さんと母さんのところに行くことになったの」
二人の前を歩くジグが、聞き耳を立てていることに、アンバーは気がついていた。
でも、そのことを悟られないように、素知らぬふりでアンバーは話を続ける。
「最初にお願いしようとした時は、うまく言葉が出てこなくって、失敗しちゃったの」
「えー、意外」
「きっとその時は、自分に自信が持てなかったんだね」
そんなものなのかなと、フォリアは首をひねる。
「でもその後、みんなの困りごとを解決するために、魔法を使う機会があったんだ」
「どんな魔法を使ったの?」
「痩せ衰えていた畑を、元気にする魔法」
「ふーん。上手にできた?」
「うん、多分上手にできたよ。みんなも喜んでくれた」
「魔法かー、見てみたかったな」
アンバーが、大人の人をも満足させる魔法を使うシーンを、フォリアは思い浮かべようとする。
しかし、自分よりほんの少ししか大きくないアンバーが、そんな魔法を使うイメージがわかず、やや悶々とするフォリア。
そんなフォリアに、アンバーは、本当にフォリアが聞きたかったことに答える。
「それで自信が持てたのか、その後に父さんと母さんに、旅に出ることをきちんとお願いできたの」
「お父さんとお母さんは、なんて?」
「いってらっしゃい、って」
そのシーンを想像して、フォリアは思わず小さく拍手をする。
拍手に照れてしまったアンバーは、少し顔を埋めながら、話を続ける。
「なんで許してもらえたのかは、本当のところはわからない。けれども、父さんと母さんは私の中に、それまでの私より成長した何かを見つけてくれたんじゃないかな、って思ってる」
「成長?」
「そう。家に閉じこもってより旅に出たほうが、私にとっていいことがある、っていうふうに思ってくれたんじゃないかなって」
「信頼してもらったんだね」
「でも、多分すごい心配していると思うから、旅の先々で手紙を書いているよ」
そういうと、アンバーはこれでお話はおしまい、という雰囲気でにっこりと微笑んだ。
フォリアも、微笑み返す。
どちらからともなく、口から笑い声が溢れた。
ひゅう、と音を立てて、秋の風が通り過ぎる。
その風がおさまると、前を歩くジグが後ろを振り向かないまま、目指すべきキイチゴが生えている場所についたことを告げた。
ジグが指し示す先には、アンバーの村でも見たことのあるキイチゴが、あちらこちらの木々に実っていた。
「さあ、頑張って摘んじゃいましょう」
フォリアは腕まくりをすると、キイチゴに対して宣戦布告を行った。
そして、目の前の木になっているあるキイチゴを摘んでは、手持ちのカバンの中に詰めていった。
キイチゴを全て摘み終わると、さらに奥にある木へとフォリアは進んでいく。
そんなフォリアを眺めているアンバーに、ジグが話しかけてきた。
「おい」
「は、はい、ごめんなさい!」
「悪い、驚かせてしまったか。でも、怒ってるわけじゃないからな」
驚かせるつもりはなかったけれども、結果的にアンバーが驚いてしまったので、しまったと思ったジグは、謝りながらアンバーと話を始めた。
「なあ、旅は大変か?」
旅に出たいと思っているジグだが、実際のところどんなところが大変なのか、今一つ分かっていなかった。
ただ、教えてくれる人や、記されている本などがないため、それは仕方のないことだ。
だから、せっかくの機会なので、本当に旅をしているアンバーに色々聞いてみたいことがあるのだ。
それに気づいたアンバーは、先ほどと同じく、真摯な気持ちでジグに答えていくことにした。
「大変といえば、大変かな。テントで野宿するのも大変だし、でこぼこした道をみんなについていくのも大変」
「そういう大変じゃなくって、なんていうか、不安になることはないかっていうこと」
旅に出たいとは思っているけど、親元を離れることに対する不安。
ジグは、その不安が拭えていないことを、両親に気づかれているんじゃないかと思っているのだ。
それになんとなく気がついたアンバーは、言葉を選びながら答えていく。
「もちろん不安はあるよ。でも、それよりも、探している魔法使いのおじいに会って、魔法を教えてもらう時のことを考えると、楽しみの方が強いかな」
「魔法を教えてもらうのが、お前の旅の目的か?」
「そうよ。その気持ちが強ければ、多少の不安も大丈夫かなって思えるの」
「そういうもんなのか……」
ジグは、腕を組んで考え込む。
アンバーは、そんなジグをじっと眺める。
時折吹く風が起こす葉擦れの音以外、あたりはしんとしている。
考え込むジグに、アンバーはそっと語りかける。
「ジグさんも、村を出てやりたいことがあるの?」
ハッとした顔をして、ジグはアンバーを振り向いた。
「な、なんでそう思った?!」
「た、旅の話をそんなに熱心に聞くから、もしかしたらと……」
ちょっとだけ仲良くなれたかと思ったけど、やっぱり深く踏み込み過ぎてしまったかと思い、アンバーはまたしどろもどろになる。
でもジグは、すぐにしまったなあという感じで頭をかくと、話し始めた。
「まあな。確かに村の外には出てみたい」
「そうなんだ」
「父ちゃんと母ちゃんは、村で一軒しかない宿屋を続けているだろう。俺も……」
ジグが村を出ようとする理由を話し始めたのを、アンバーが手を上げて制する。
「な、なんだよ、自分が聞いておいて……」
「フォリアちゃんの姿が見えない」
アンバーのその言葉に、ジグは驚いて辺りを見回す。
しかし、フォリアの気配はない。
二人は口に手を当てて、大きな声でフォリアに呼びかけた。
「フォリアー!」
「フォリアちゃーん!」
しかし、フォリアからの返事はない。
「やばいな、どこにいったんだろう」
「何か心当たりは?」
「いや、この辺は特に危ないところもないし、危険な動物もいないはずだ」
「じゃあ、どこに」
「ちくしょう、俺が目を離した隙に。とにかく探さないと」
闇雲に走り出そうとするジグ。
しかしアンバーは、その手をぎゅっと握った。
バランスを崩して、たたらを踏んだジグは、アンバーを問い詰めた。
「おい、何すんだよ。早くフォリアを探しに行かないと……」
「でも、どこにいるか、あてがないんでしょう? どこを探せば良いかもわからないし、もしかしたらひょっこり戻ってくるかもしれないし」
「じゃあ、どうするんだよ」
そう言って迫るジグに、アンバーは毅然と答える。
「魔法で、探す」
アンバーは、魔法の杖を手に取ると、目を閉じて俯き、そして魔法陣を描き始めた。
探し物を探す古代魔法だ。
突然魔法の杖を取り出して詠唱を始めたアンバーを、ジグは怪訝な表情で見る。
しかし、その後アンバーの足元で広がる魔法陣を見て、その表情は驚きに変わる。
魔法陣を描いては、その中央を杖でついて輪を広げる。
その作業を何度か繰り返して、だいぶ魔法陣が大きくなった時、ハッと目を見開いてとある一方を指差す。
「あちらです」
「えっ?」
「あちらの方向に、フォリアさんの気配を感じました」
「それは確かか?」
「はい。でも非常に微小です。どこか狭いところに入ってしまっている、そんな感じです」
「それだけわかれば、大丈夫だ」
ジグは、アンバーが指差した方向に走り出した。
魔法陣を解くと、アンバーもジグの後を追うように移動する。
通り道には所々に低木があるのだが、どの低木にも、あたかも人が通り抜けたかのような跡があった。
(フォリアちゃんのところに、一直線でかけていったのね)
そう思いながら進んでいくと、少し開けたところでジグが、近くの木々に絡まったつたを集めていた。
ジグに近づこうと歩いていくと、それに気がついたジグが、来るなというゼスチャーをする。
「え、来ちゃダメって、どういう……きゃあ」
突然アンバーの足が、枯れ葉の山を踏み抜いた。
枯れ葉に隠れた小さな自然の落とし穴に、アンバーはドスンと尻餅をついて落ちる。
落とし穴には、先客がいた。
「いらっしゃいませ、お姉さん」
「フォリアちゃん?!」
「へへっ」
驚いた表情でアンバーが見たフォリアは、仲間ができたように楽しげな顔をしていた。
そんな二人の前に、つたで作られた簡単なロープが投げ入れられた。
ロープが投げ入れられたその上を眺めると、ジグがやれやれという表情で見下ろしていた。
「いくら仲がいいからって、一緒に飛び込む必要はないだろう」
そういうジグの表情は、先ほどと打って変わって安堵と、そして親しみの感情が浮かんでいた。




