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不格好な魔法の杖を持つ男との出会い #4

 鳥の声や木々の囁きを聞きながら、一人歩くのは楽しい。

 でも、一緒に手を繋いで歩いてくれる相手がいるのは、また別の楽しみがある。

 ポルカと二人で街へ帰るクロムは、そんなことを考えながら歩いていた。

 ポルカは何事にも興味津々で、きょろきょろと周りを見ながら歩いている。


(私もちっちゃい頃は、こんなだったのかな)


 そんなふうに思いながら歩いていると、ふとポルカが立ち止まる。

 そして伸ばした指先が示すその先には、来るときにクロムが気がついた教会があった。


「あれー、あんなところに何かお家があるよ、クロムお姉ちゃん」

「そうだね、私も今朝、初めて気がついたよ」


 じっと目を凝らすポルカ。

 そして、何か思いついたというように、その目をクロムに向ける。


「ちょっと『たんけん』してみない?」

「探検?」


 ポルカの提案に、クロムは聞き返す。


「そう、たんけん。誰も気が付かないようなお家だし、何かお宝が眠っているかもしれないよ」

「お宝、ねえ」

「いい?」


 いくら鬱蒼とした森の中とはいえ、こんな街に近い場所にある建物に、今更お宝なんてあるはずもない。

 でも、ポルカがこんなワクワクしているし、それに水を差すのもつまらない。

 幸いまだ昼過ぎだし、時間はたっぷりある。

 もう少しポルカの遊びに付き合うのも良いだろう。


「よし、行こうか」

「やったあ」


 クロムの許可を得たポルカは、手を離すとタタタッと教会の方へ走り出す。

 道からそれほど離れていないし、危ないこともないか、とクロムはゆっくりとポルカのかけていった後を追う。

 たどり着いた教会は、壁にツタが這ってはいるものの、思ったほどは朽ち果てていなかった。

 礼拝堂らしき場所には三階建ての建物ほどの尖頭が立ち、その下には木製の大きな扉がある。

 教会の右手にはやや荒れた庭があった。

 ポルカはその庭で、蜜を集めるミツバチのように、花から花へとかけ回っていた。


(しばらく一人にしておいても大丈夫かな)


 そう思ったクロムは、扉を開けて教会の中に入っていく。

 教会の中は、思ったより明るかった。

 正面には祭壇があり、宗教画のような絵が飾られている。

 祭壇の前には、かつて牧師が説教を行っていたときに使われていたであろう、小ぶりな講壇が置かれている。

 礼拝堂の広間には、五十人程度が座れるくらいの木製の長椅子が二列に並べられている。


 クロムは、長椅子の間を抜けて、祭壇の方に歩いていく。

 一番前の長椅子まで歩いたところで、足元に落ちる色とりどりの光に気が付く。

 振り返ると、その光は入り口の扉の上にある、大きなステンドグラスから溢れていた。


(きれいだ……)


 かつてここに集い、神に祈りを捧げていた人たちに想いを馳せて、クロムは少しの間、言葉もなく佇んでいた。


「きゃーーー!!」


 突然ポルカの悲鳴が、響く。

 考えるよりも早く、クロムは駆け出す。

 カバンの中から、実技でいつも使っている魔法の杖を取り出しながら、庭に向かう。


 そこには、地面に手をついて動けなくなっているポルカ。

 そして彼女の前に、大きな四つ足の魔獣が立ちはだかっていた。


「ポルカちゃん!」


 ポルカの無事を確認すると、クロムは躊躇わず走りながら魔法陣を描く。

 描き終わると同時に、魔法陣からこぶし大の火球が、魔獣めがけて飛び出した。

 火球は魔獣の顔を直撃する。

 突然顔が炎に包まれた魔獣は、首を左右に振って苦しがる様子を見せる。

 しかし魔獣の毛は燃えにくい。

 そのため、魔法の炎は徐々に消えていく。


 クロムは手早くポルカを抱えると、魔獣と反対方向に駆け出す。

 炎は消えたが、興奮状態の治まらない魔獣は、背を見せて逃げるクロムを猛然と追いかけ始めた。

 背中に気配を感じたクロムは、このままではまずいと、横っ飛びにフェイントを入れる。

 その横を、魔獣は勢い余って飛び出していく。

 ようやく止まって魔獣が振り返った時には、クロムとポルカが礼拝堂に飛び込み、扉を閉めたところだった。


「はあぁ、危ないところだった」


 油断はできないが、ひとまずは安全なところにこれたことで、クロムは多少余裕が出てきた。

 ポルカはまだブルブルと震えている。


「ポルカちゃん、大丈夫? 怪我してない?」


 そう声をかけると、ポルカは無言でうなづく。

 しかし、おそらく初めて出会ったであろう魔獣を見て、少し動揺はしているようだ。

 それはクロムも同様で、魔獣に出会うのは初めてだった。

 ただ、ポルカを助けなければ、というその一心で適切な行動をとることができた。


 魔獣は、追うべき相手を見失い、教会と森の小道の間をうろうろとしている。

 あいにく教会の出入り口は正面の扉しかなさそうで、魔獣に見つからずに小道に戻るのは難しそうだ。


(さて、どうしよう)


 クロムが迷っていると、突然祭壇の横にある扉が開いた。

 ハッとしてクロムが目をやると、扉からあの、不恰好な魔法の杖を持った男が歩き出てきた。


「なんだか騒がしいな。何があった?」


 男はクロムに尋ねる。


「お騒がせして、ごめんなさい。この子が庭で遊んでいた時に、魔獣に襲われたの」

「魔獣?」


 幾分白髪の混じった黒髪を手でかきながら、男は壁際に移動する。

 いくつかある小窓の一つから、男は外を伺う。

 そこからは、先ほどの魔獣を見ることができた。


「ボアだな」

「ボア?」


 男が魔獣の名前を告げると、クロムは聞き返した。


「そう、ボアだ。森の中で時々見かける」

「凶暴なの?」

「普段はおとなしくて、人を襲ったりはしないんだが……」

「……火魔法を、当ててしまいました」


 クロムが正直に告げると、男はじっとクロムの持つ魔法の杖を見る。


「ポ、ポルカちゃんが襲われそうだったので、やむなくですよ」

「まあ、仕方ないな。それよりあんた、ジュリアードの学生さんかい?」

「はい、そうですけど」


 どうやら魔法の杖をじっと見ていたのは、ジュリアード魔法女学園の学生であることを確認するためだったらしい。


「ジュリアードで魔法習ってんだったら、打てるんだろう。もっと強力な奴をさ」

「打てないことはありませんが……」

「じゃあ、バーンとでかいの打てば、あれくらいのボアなら退治できるぞ」

「周りに被害を出す恐れがあるので、いざという時以外は中級以上の魔法は、学生は勝手に打ってはいけないんです。それに……」

「それに、なんだ」


 男の疑問に対して、少し余裕の出てきたクロムは、大袈裟な身振りで答える。


「勝手に大きな魔法を打つと、学園長先生にたっぷり叱られるんです」

「ははっ、それは怖いねえ」


 落ち着きを取り戻したクロムは、男に問いかける。


「あの、えーと」

「ラーセンだ」


 うまく切り出せないのがまだ名前を伝えていないせいだと思った男が、自らの名前を口にする。


「ラーセンさんですね。私はクロムコア。クロムと呼んでください」


 クロムも自分の名前を名乗る。


「それで、何か頼み事があるのか?」

「それ、魔法の杖ですよね。初級火魔法を打つことはできますか?」


 クロムは初級火魔法をユニゾン効果で打ち出そうと考えていた。

 さっきの魔法の威力から見ると、初級火魔法を二つ重ねることで、先ほどの魔獣に十分なダメージを与えられるユニゾン効果が出せるのではないかと、見積もったのだ。


「悪いな。俺の杖だと、あんたらのような緻密な魔法陣は描けない」


 名乗ったのにあんた呼ばわりのままけど、まあいいかと納得する。

 そして、もう一度窓越しに魔獣の姿を確認する。

 場合によっては、学園長からのお目玉を承知で、中級魔法を出すしかないか。


 そんな考えをめぐらしているクロムを見て、ラーセンがニッと小さく笑う。


「だが、あんたの初級火魔法を、あの魔獣を倒せるくらいの威力に高める魔法なら、出すことはできるぞ」

「え?」


 ラーセンのいうことを、クロムはすぐには理解できなかった。


(威力を増すための魔法?)


 ジュリアード魔法女学園では、そんな魔法を習ってはいない。

 魔法の効果を高めるには、同じ魔法を重ねるユニゾン効果しかないはずだ。

 話についていけないクロムを見て、ラーセンは提案を続ける。


「なんだ。今のジュリアードでは、魔法の歴史は教えていないのか」

「歴史?」

「まあちょうどいいか。それじゃあ一つ、『古典魔法』を見せてやることにするよ」

「古典魔法?」


 次々とわからないことが出てきて、クロムはやや情報過多になっている。

 そんなクロムの肩をポンと叩くと、ラーセンは不恰好な魔法の杖を取り出した。


「なーに難しく考える必要はない。あんたはいつもの初級火魔法を、あの魔獣めがけて打ってくれればいいさ」


 そういうと、ラーセンは魔法の杖で虚空に魔法陣を描き始める。


「それが、古典魔、法?」

「いや、これは単なる風魔法さ」


 そういうと見慣れた、いや、やや大きめに描かれた風魔法が発動する。

 魔法陣から、びゅうという音と共につむじ風が飛び出す。

 つむじ風は、教会の扉をバタンと音を立てて開け放つ。

 クロムは、扉の先にいる魔獣と目があった。

 魔獣はクロム達を見つけると、猛然と走り出してきた。


「ええーー!!」

「ほら、早く。初級の火魔法だ。のんびりしてると、やっこさんが教会の中に突っ込んでくるぞ」


 こうなったらもう後には引けない。

 覚悟を決めて、クロムは初級火魔法の魔法陣を描き始める。

 それに合わせるように、ラーセンも魔法陣を描く。

 ただし、その魔法陣は、初級火魔法とは全く異なったものだった。

 ラーセンの魔法陣は、魔法の杖の大きさに比例してやや大きく、そしてシンプル。

 まるで、クロムの魔法陣を包み込むような魔法陣だ。


「こっちはできたぞ。いつでもいい。魔法を発動する時に合図を出してくれ」

「行きます」


 クロムは魔法陣を描き切った。それは、普段クラスメイトに合わせて描くものとは違い、久々の本気モードで描いた魔法陣だ。

 そして、ラーセンに合図を出す。


 その瞬間。


 二つの魔法陣が重なり合う。

 お互いの魔法陣の欠けているところ同士が重なり合い、新たな紋様を浮かび上がらせる。

 そして、クロムが今まで見たこともない複雑な魔法陣が登場する。


「いまだ」


 ラーセンの合図に合わせて、クロムが魔法陣を発動させる。

 すると、魔法陣からものすごいスピードで、炎が飛び出した。

 クロムが最初に出した火球が投げられた石のようなものだとしたら、今回の魔法は火のついた矢だ。

 火矢は魔獣めがけて真っすぐに飛んでいき、そしてその心臓を貫いた。


 どう、と音を立てて魔獣が崩れ落ちる。

 信じられないものを見た、という感じでクロムが振り向くと、ラーセンはやれやれという表情を見せて、また祭壇の横の扉の中に入っていった。


 クロムは気が抜けてへたり込む

 すると、いつの間にか元気になっていたポルカが寄ってきた。

 目がキラキラと輝いている。

 そしてこう言った。


「すごい『たんけん』だったね!」

「……うん」

「そしてやっぱり、クロムお姉ちゃんの魔法はすごい!」


ポルカちゃんは、気の強さもお母さん譲りです。

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