収穫祭 #2
宿に着いたクロムたちは、いつものように男性陣と女性陣で、二部屋を借りることにした。
クロムとアンバーは荷物を下ろすと、宿の一階にある食堂に移動する。
食堂は、泊まり客ではない人も利用できるらしく、あちこちのテーブルで食事が始まっていた。
「師匠たちは、まだ来ていないみたいね」
「そうみたいですね」
「混み合ってきそうだし、場所だけ先に確保しちゃおうか」
「それがいいと思います」
そう言うと二人は、少し離れた場所にある四人がけのテーブルに腰を下ろした。
テーブルには、二つのメニューが用意されていた。
一つは、年中提供している定番メニュー。
そしてもう一つは、収穫祭の時期だけ提供される、特別メニューのようだった。
その特別メニューを眺めながら、クロムとアンバーはどの料理が良いか、選び始める。
「アンバーちゃん、このかぼちゃのスープは、美味しそうじゃない?」
「そう思います。ちょうど収穫時期ですし」
「あとは、ジャガイモとソーセージの炒め物も、食べてみたい」
「私は、りんごのパイが気になります」
収穫祭の時期というだけあって、特別メニューには美味しそうなものが並ぶ。
そして、だいたい食べたいものが決まる。
やや多いかもと思いつつ、余ったらラーセンやオリーブが食べてくれるだろうと信じて、全て頼むことにした。
手元のベルを鳴らすと、カウンターの奥から大きな返事が聞こえた。
「はーい。ちょっと待っとくれよー。今、手が離せないんだー」
ちょっと間をおいて、返事の主が、誰かに仕事を頼む。
「フォリアー、悪いけど、注文とってきてくれないかな」
「はーい」
程なく、フォリアと呼ばれた一人の少女が、メモを持ってやってきた。
年齢はアンバーよりもさらに幼く、十歳前後に見える。
少し長めで赤みを帯びた髪は、簡単にゴムで束ねられている。
くすんだ緑色の服の上に白いエプロンをつけた少女は、元気な声で二人に注文をとり始めた。
「こんばんは。《天使の宿屋》へようこそ。ご注文をどうぞ!」
小さい女の子が大好きなクロムは、可愛いなあと思いながら、注文を始める。
「こんばんは。フォリアちゃん、っていうのかな?」
「はい、フォリアといいます」
「もしかして、カウンターの奥にいるのは、フォリアちゃんの……」
「そうです。お母さんです」
多分そうじゃないかなと思ったことが当たっていたので、クロムはちょっと満足げだ。
そして、メニューを見ながら、さっき話した内容で注文をどんどん行う。
受けた注文を手際よくメモしていくフォリアを、アンバーは感心するように眺めていた。
一通り注文を受けたフォリアは、くるりとアンバーの方を向いて、問いかけた。
「こちらのお姉さんは、注文良いですか?」
「お、お姉さん、って、わたし?」
「そうですよ。他に食べたいもの、ありますか?」
住んでいた村でも、今のパーティーでも一番の年下だったアンバーは、急にお姉さんと呼ばれて、なんと答えれば良いか分からず、おたおたと手を振る。
そして、顔を真っ赤にすると俯いて、一言返事をする。
「な、無いです……」
その返事を聞いたフォリアは、こくんとお辞儀をするとカウンターの方へ戻っていった。
顔を伏せっぱなしのアンバーを見て、クロムが少しからかい気味に声をかける。
「本当に頼まなくてよかったの、アンバーお姉ちゃん」
その言葉で、ガタンと椅子を鳴らしてアンバーは立ち上がる。
本当だったら、自分の方がクロムのことをお姉ちゃんと呼ぼうとしていたのに、逆にクロムに呼ばれてしまって、アンバーはちょっと混乱気味だ。
そして立った勢いで、クロムに質問を浴びせる。
「お、お姉さんって言われちゃったんですけど、私、お姉さんに見えますか?」
「え、ええ、あの子から見たら、お姉さんなんじゃないかな」
「でも、でも、お姉さんっていうのは、クロムさんみたいに頼り甲斐があって、しっかりしてて、でも私なんか、いつも自信なさげにオドオドしちゃって、誰かからお姉さんなんて呼ばれていいのかなって思うと、なんだか……」
「ま、まあ、そんなに深刻に考えなくても大丈夫だと思うよ。私だって、いうほどしっかりしてないし……」
「そんなことないです! 私にとってはクロムさんは、立派なお姉さんです!」
そこまで言ってしまって、あっと声を詰まらせてしまったアンバーは、さっきよりも真っ赤になって顔を伏せてしまった。
これはちょっと困ったなあ、と頭をかくクロムの前に、どんと注文した品が置かれた。
クロムが顔を向けると、フォリアよりは少し年上の少年が立っていた。
目つきはやや鋭く、先ほどの朗らかなフォリアとは真逆の、愛想のない感じを漂わせている。
しかし、髪の毛はフォリアと同じく赤毛で、顔立ちもフォリアによく似ている。
(もしかして、フォリアちゃんのお兄ちゃんかな……)
そんなクロムの予想をよそに、少年は次々と手に持った皿を、テーブルの上にやや乱暴に並べていく。
全ての皿を並べ終わると、少年はスッとアンバーを見つめた。
思わずビクッとしたアンバーを見ると、少年はほんの少し、失望とも諦めとも思える表情を浮かべると、すぐに視線を外した。
「これで料理は、全部出した」
短くそれだけ言い残すと、少年はカウンターの奥へと戻っていった。
立て続けに色々な感情を向けられたアンバーは、感受性の限界を超えてしまったようで、動きが止まってしまった。
そこへ、身支度を終えたラーセンとオリーブが、ようやくやってきた。
硬直しているアンバーを見て、早速オリーブがクロムにちょっかいをかけ始める。
「あらあ、なんでアンバーちゃんは俯いちゃっているのかしら。もしかして、意地悪なクロちゃんにいじめられちゃったの?」
「失礼なこと言わないでください。どちらかというと、フォローしていた方ですよ」
「だとしたら、逆効果だったのかもねえ」
「そんなことないです。ね、アンバーちゃん」
すでにギリギリだったアンバーは何も言えず、ただテーブルの上にあるパンを手に取って食べ始める。
微妙な沈黙が支配し始めたテーブルの雰囲気を変えようと、ラーセンが話し始める。
「まあ、なんだ。しばらく大変な旅が続いたし、祭りが終わるまでは、この村でゆっくりするか」
その言葉を皮切りに、ようやくメンバーは食事を始める。
クロムは、テーブルに並べられた食事や、魔法の話や、村の様子の話など、なんとかアンバーの気持ちをほぐそうと話しかけ続けた。
そして、ようやく気持ちが落ち着いてきたアンバーと一緒に、明日の祭りについて色々と話し始めた。
「……というわけで、明日もまだまだ祭りの準備がありそうなので、手伝おうかなと思ってるんだよ」
「はい」
「もしかしたら、村の人たちと仲良くなれるかもしれないし。アンバーちゃんも一緒に来る?」
「特に予定もないので、一緒に行かせてください」
「決まりね。そしたらご飯を食べて、今日は早く寝ましょう」
そういうとクロムは、目の前に並べられた料理を猛然と食べ始めた。
アンバーも、皿に乗せられたパンを手に取ると、少しずつちぎりながら食べていく。
ラーセンとオリーブは、それぞれ頼んだエールとワインを飲みつつ、魔法談義を始めた。
楽しげな食堂の雰囲気が、ようやく四人のテーブルにも訪れつつあった。
秋の味覚を存分に楽しんだクロムたちは、それぞれの部屋に戻ると、あっという間に眠ってしまった。
夜が明けると、雲ひとつない秋晴れが広がっていた。
村のあちこちで、祭りで使うであろう大道具を作っている音が、トンカンと響いていた。
「しっかり眠れた、アンバーちゃん?」
「はい、バッチリです」
食堂で朝ごはんを軽く食べたクロムとアンバーは、すでに出かける準備を終えていた。
旅の持ち物を部屋に置いた二人は、軽装で部屋を出る。
宿屋からそれほど離れていない広場に着くと、クロムと同じくらいの男女が集まっていた。
男連中はちょっとした舞台の上で、椅子を並べたり板を立てかけたりしている。
娘たちは輪になって、ドライフラワーを使った首飾りのようなものを、みんなで作っていた。
クロムは輪に近づくと、挨拶をし始める。
「おはようございます。みなさん、何をされているんですか?」
クロムの問いかけに、娘たちが口々に返事をする。
「おはよう。これは、明日のダンスで使う首飾りを作っているのよ」
「ダンスはね、一曲ごとに男女が入れ替わりながら、次々とペアで踊っていくのよ」
「曲が終わった後に、女性から男性に首飾りを渡すタイミングがあるの。そこでもし、男性が首飾りを受け取ってくれたら……」
そこまでいうと、娘たちはきゃあと歓声をあげる。
クロム自身はあんまり色恋に興味はないけれど、同世代の女性と一緒になってそういう話をするのは、決して嫌いではない。
楽しそうだし、今日はこの人たちと一緒に過ごそうかなと思い、首飾り作りを手伝っても良いか聞いてみる。
「もちろんよ。一緒に作りましょう」
「クロムさん、気がついてる? さっきからあっちの男性陣が、クロムさんのことをチラチラ見てるわよ」
「こちらの小さいお嬢さんも、一緒にいかが?」
アンバーも特に断る理由がないので、一緒に首飾りを作ることにした。
早速村の娘たちと打ち解けて、話に花を咲かせているクロムから少し離れたところで、黙々と首飾りを作っていると、横から声が聞こえた。
「こんにちは。お姉さん」
ハッとアンバーが振り向くと、そこにはフォリアがニコニコと笑顔を浮かべて立っていた。




