収穫祭 #1
あれほど強かった夏の日差しが、だいぶ和らいでいた。
吹く風も爽やかになり、色づき始めた街路樹を揺らす。
遠くに見える山の斜面では、たわわに実った葡萄を、農夫が収穫している姿が見える。
そんな穏やかな昼下がりを、一台の荷馬車が進んでいた。
荷馬車の引く荷車には、荷物ではなく旅人たちが、何人から乗り合っていた。
屋根がない荷車の上で、旅人たちはそれぞれ、秋の到来を感じ取っていた。
「ところで師匠。本当に私の古典魔法用の杖、作ってもらえるんですか?」
荷車の旅人に混じるクロムが、豊かな金髪をなびかせながらラーセンに問いかける。
相変わらず、日記や書物に目を通していたラーセンは、少しだけ顔を上げてクロムを見る。
いつものように、新しい土地を訪れることに心躍らせているクロムを見て、やれやれという思いを抱きつつ、ラーセンが答える。
「毎回毎回、俺の杖を貸すわけには、いかないからな」
「師匠の杖は使いやすかったから、貰っちゃってもいいんですけど」
「それじゃあ、俺が魔法を使えなくなるだろう」
「優秀な弟子に杖を託して、師匠は引退、っていうのはどうですか?」
「俺の老後を養ってくれるっていうんだったら、考えてもいいぞ」
クロムの冗談に冗談で返すと、少しだけ真面目な表情になってラーセンは問いかける。
「で、どんな杖にしたいかは、考えたのか?」
「それなんですけどね。なかなか決められなくて……」
砂漠の遺跡で、ラーセンの杖を使って古典魔法を使ったクロムに、ラーセンがクロム用の杖を作ってみるかと提案したのは、砂漠の都市を出る直前だった。
そうなった経緯は、ヴィルから渡された日記に記された、古の魔法使いの次の目的地にあった。
と言うのもその目的地は、ラーセンの杖を作った職人のいる町に近いところだった。
ラーセンは、自分の杖の調整もあるが、クロム用の杖を作る良い機会と思い、職人の町に立ち寄ることにしたのだ。
「考える時間は、だいぶあったはずだが」
「杖の特性について、もう一度おさらいさせてもらってもいいですか、師匠」
「仕方がないな」
自分で優秀というクロムが、それを忘れているわけがないことはわかっているのだが、同じことを何度も話すことにも意味があるだろうと思って、ラーセンは同じ説明を始める。
「復習だ。魔法陣を描くときに大切な要素は、なんだ?」
「大きさ、速さ、正確さ、です」
「そうだ。近代魔法の魔法陣は小さく、普段使っている杖の形状が、その三つの要素を全て高い水準で満たすものになる」
「でも、古典魔法の魔法陣は大きいので、考えなければならないことがあるんですよね」
そういうとクロムは、自分の近代魔法の杖を体の前に構え、そこからさらに伸びた古典魔法の魔法陣に最適な長さをイメージする。
ラーセンも、自分の杖を取り出して、説明を続ける。
「小さな杖では、魔法陣の大きさに見合った、力強い線を描くことができない」
「はい」
「だからといって、杖を単純に大きくすると重くなり、魔法陣を描くスピードが落ちてしまう」
「大きさをそのままに杖を軽くすると、杖が安定せず正確な魔法陣が描けなくなる、と言うわけですね」
「わかっているじゃないか」
最後の正確な魔法陣が描けなくなる、というあたりで、ジュリアード魔法女学園のユニゾン効果実習での嫌な思い出が蘇る。
そんな思いを振り払おうと、クロムはラーセンに問いかけた。
「師匠は、どうやって決めたんですか?」
「俺か? どうだったかな……」
ラーセンは昔を思い出すかのように、腕を組み宙を見る。
「確か、杖を使いこなせるよう、筋力をつけたり正確性を身につけたりといった、努力する系は嫌だったなと。だから、バランスを崩さない程度に色々な形状を試してみて、決めた気がする」
「……」
「そういえばその時の職人には、だいぶ怒られたな。いや、呆れられたか」
「参考にならないです、師匠」
そうは言いつつも、実は努力という点にクロムはヒントを見出していた。
(今の杖でも、結構正確で力強い魔法陣は描けているよね。だったら、やや小ぶりでスマートな形状が、自分にはあっているんじゃないかなあ)
クロムも腕を組み、宙を見て杖の形状を想像する。
それを見たオリーブは、師弟そろって同じポーズを取っているなと気づいて、苦笑する。
そしてオリーブは、アンバーの首にかかっているネックレスを見た。
(アンバーちゃん向けと言うことで、そんなに派手じゃないように見えるんだけど……)
一見、アンバーの年齢にあった、可愛いサイズに加工されたネックレス。
しかし、前から少し気になるところがあって、改めて見てみると、意外なことがわかる。
それは、ネックレスにはめられた宝石の大きさだ。
外から見ると、宝石を収める枠に囲まれて、一見小さな宝石に見える。
しかし、宝飾品を多く見てきたオリーブには、見えている部分はごく一部であり、枠の中には大粒の宝石が入っていることがわかった。
大きな宝石をわざわざ小さく見せる理由を思い浮かべるが、それはアンバーのことを思ってのことだと、すぐに気がつく。
(普段使いはして欲しいけれど、周りからの好奇の目には触れさせたくないって言うわけね。独占欲が強いというか、本当にアンバーちゃんのこと、気に入ったのね)
おそらくアンバー自身にも気づかれていないヴィルの思いを、巧みに加工されたネックレスから読み取ったオリーブは、やっぱりいけすかない男ね、と心の中でつぶやいた。
クロムやオリーブが、それぞれ異なる思いを巡らせる中、荷馬車は街道を進んでいた。
昼食を食べてから少し時間が経っているらしく、少しずつ荷馬車の影が長くなっていく。
そんな荷馬車の進む街道の先を眺めながら、クロムはラーセンに問いかけた。
「杖を作ってくれる職人さんのいる町は、まだまだ先なんですよね」
「そうだ。だから、途中の村で休んでいくという話だ」
「キャンプも楽しいんですが、毎日続くと、ちょっと疲れますからね。ね、アンバーちゃん」
そう問いかけられたアンバーは、うとうとと眠っていた。
荷車の揺れに誘われて、茶色のくせ毛もふわふわと揺れている。
それを見たオリーブが、小さく笑って、代わりに答える。
「確かにお疲れみたいね」
「そういえばオリーブさん、今回は珍しく元気ですね」
長旅の乗り物ではだいたい体調を崩しているオリーブが、今日は珍しく元気なので、クロムが素直な感想を口にする。
「そうね。山あり谷あり魔獣ありの、波瀾万丈な旅路で、少し鍛えられたのかもね」
「波瀾万丈って、大袈裟ですよ。楽しい旅行のようなものじゃないですか」
「そう思えるクロちゃんが、羨ましいわ」
たわいもない会話を続けているクロムたちの周りに風景に、段々と人の手が入った様子が混じってきた。
川辺に立つ、水車小屋。
空き地に積まれた、麦わら。
そのようなものを通り過ぎると、遠くに木の柵で囲まれた村が見えてきた。
「お客さん方、今日泊まる村が、見えてきましたぜ」
荷馬車を操る御者が、クロムたちに伝える。
程なく荷馬車は、村の中央にある広場の横にある停留所に停められた。
「アンバーちゃん、今日泊まる村に着いたわよ」
クロムが、アンバーを優しく起こす。
アンバーは、手で目をこすりながら、むにゃむにゃと返事をする。
その返事を聞き流しつつ、クロムは辺りを眺めた。
広場の中央には、小さなやぐらが組まれていた。
そこから四方に綱が垂れ下がっていて、麦わらや大きい葉っぱで作られた簡素な飾りが、幾つも連なってつけられていた。
「なんだか楽しそうな雰囲気ですね」
クロムが話すと、ラーセンが答える。
「収穫祭だな」
「収穫祭?」
「秋の恵みに感謝して、収穫した作物の一部を神様に捧げる。この地方で続く祭りだ」
「もしかして、私たちもお祭りに参加できますか?」
「どうやら、明日か明後日には開催されそうだし、それもいいだろう」
「やったあ!」
偶然を装っているけど、実際は以前も訪れたことのあるこの村で、今の時期に収穫祭が行われることは、ラーセンはすでに知っていた。
いく先々で魔獣との戦闘が続いたので、たまにはのんびりと羽を休めることも必要だろうと思い、この村に立ち寄ったのだ。
もちろん、クロムにそのことを伝えるつもりはない。
想像通りにテンションが上がるクロムを見たラーセンは、荷馬車を降りると辺りを見渡す。
そして、前回来た時と変わらず、村に一つだけある宿屋があるのを確認した。
「さあ、いくぞ。この村には宿は一つしかないからな。まずは旅の疲れを取るとしよう」
そういって歩いていくラーセンに、クロムたちは慌ててついて行った。
西陽がクロムたちの背中を照らしていた。




