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孤高の魔法使い #6

 クロムたちが遺跡の調査から帰った翌日から、砂漠の都市には珍しい雨が降り始めた。

 普通の雨ではなく、一寸先も見えないほどの豪雨だ。

 特にできることもなく、コテージの中でクロムたちは過ごしていた。

 雨は三日三晩降り続き、四日目の朝にようやく青空が戻った。

 ジャイアントスコーピオンとの戦いで負傷したラーセンの右腕も、ほとんど回復していた。

 簡単な朝食を取ると、クロムたちはコテージを出た。

 砂地で水捌けが良いからなのか、あれだけの豪雨が降り続いたにもかかわらず、道は乾いて歩きやすかった。

 今日の目的地は博物館だ。

 学芸員の男から、遺跡の出土品を展示するので見にきて欲しいと、調査の帰り道に誘われていたのだ。


「滅多に降らないのに、降る時はじゃんじゃん降るのねえ。おかげでずっと退屈だったわ」


 雨のため外に出ることもできず、暇を持て余していたオリーブが愚痴をこぼす。


「そうですか? 私は色々レポートがまとめられたので、退屈しませんでしたよ」


 オリーブ相手だと、ついつい遠慮や共感といったものがなくなってしまうクロムは、気兼ねなく思ったことを口にする。


「レポートぉ?」

「そうですよ。私、こう見えて学生ですから」

「そういえばそうだったわね。元気よく走り回るから、園児かと思ってたわ」

「園児って、何言ってるんですか、オリーブさんってば。こんな優秀な学生をつかまえて」

「はぁ、自分で優秀って言えるところ、尊敬するわ」


 いつもの軽口を、クロムとオリーブが叩き合う。

 すっかりお馴染みになった二人のやりとりを、楽しげに眺めるアンバー。

 そうこうしているうちに、一行は博物館にたどり着いた。

 受付で名乗ると、すでに話は通っているらしく、関係者入り口から中へと案内される。

 まだ開場時間を迎えていない館内では、この前の調査で入手した遺跡の出土品の設置が、あちこちで行われていた。

 三つある部屋のうち、魔法陣が刻まれた石碑の飾られていた二つ目の部屋に、クロムたちは入っていく。

 すると、この都市に来てかなり聴き慣れてきた声がかけられた。


「やあ、また会ったね、みなさん」

「ヴィルさん!」


 声をかけてきたヴィルに、アンバーが駆け寄っていく。

 アンバーは、前にヴィルが描いた古代魔法を虚空に描く方法に、強く興味を持っていたのだ。

 ヴィルの近くまで来ると、アンバーは問いかける。


「今日はどうして、博物館に来られているのですか?」

「いや、なんでだろう。もしかしたら、初めて会った時からずっと、君たちの魔法に囚われているのかもしれないな」


 クロムの古代魔法で、ヴィルを誤って捕まえてしまった時のことを思い出して、思わずアンバーは頭を下げた。

 ちょっとからかいすぎてしまったかと思ったヴィルは、ひとしきり笑い声を立てると、少し真面目に答える。


「すまない。実は、宝探しを行った途中で、いくつか気になる出土品を見つけたのでね。雨が止んだ今日、持ってきたんだ」

「そうなんですね」

「それにしても、あの時の古代魔法は、実に見事だったよ。見ていて惚れ惚れしてしまった」


 その言葉を聞いてアンバーは、ヴィルが地面ではなく虚空に、古代魔法の魔法陣を描いたことを思い出した。

 そしてそれは、シーサーペントと戦った島で、クロムが教えてくれた可能性の話が現実になった瞬間でもあった。

 私も、あんなふうに古代魔法を使ってみたい。

 そう思ったアンバーは、気がついたらラーセンにお願いをしていた。


「ラ、ラーセンさん。私、ヴィルさんと、少しお話ししたいです」


 もとよりヴィルの使った古代魔法に興味があったラーセンは、ちょうど良い機会かと思いヴィルを見る。

 ラーセンの視線に気づいたヴィルは、心得たという表情をして、アンバーの手を取った。


「可愛いお嬢さんとお話しするのに、断る理由などあるはずがない。さあ、あちらのベンチで話をしようか」

「は、はい」


 流れるようにアンバーの手をとると、ヴィルは館内に用意されている休憩用のベンチへとアンバーを連れて行った。

 あまりにスムースな流れに口を挟む間もなく、ただ茫然と立ち尽くしているクロムに、オリーブが追い打ちをかける。


「あらあら、大変。アンバーちゃんが、悪ーい男の人について行っちゃったわよ。心配じゃあないの。クロムお・姉・ちゃん」


 オリーブの言葉で、ようやく思考が追いついてきたクロムが、慌てて言い返す。


「な、何言ってるんですか、オリーブさん。古代魔法について話すだけですよ」

「どうかしらねえ。古代魔法が使えて、頼れるお兄さんという雰囲気もあるし。仲良くなってもおかしくは……」

「オリーブさん!」


 なんだかわからない感情に任せて、クロムはポカポカとオリーブの背中を叩く。


「痛い痛い。冗談よぅ、クロちゃん。そんなに怒らないで」

「もう!」

「それよりも、ほら。ラーセンさんが遺跡の出土品についてお話ししてるわよ」


 オリーブが指差す先では、ラーセンと学芸員の男が話し込んでいた。

 二人の前には、魔法陣が描かれた三つの石碑が立っていた。

 真ん中の一つは、この前の調査でラーセンが見つけたものだ。

 クロムは、ラーセンにそばまでくると、ラーセンに問いかけた。


「師匠、何を話しているんですか?」


 その声に、ラーセンと学芸員の男が振り向いて、クロムを見る。


「この前見つけた石碑に描かれた、魔法陣についてだな」


 いつも通り淡々としているラーセンの横から、学芸員の男はやや興奮気味に話してきた。


「そうなんですよ、クロムさん。これは大発見ですよ!」

「大発見?」

「ラーセンさんのいう通り、この石碑に書かれていたのは、古典魔法の魔法陣でした」


 学芸員の男は、今回の石碑が魔法の歴史について、どれほど重要かについて話し始めた。

 主に民間の間で、口伝で伝承されてきた古代魔法。

 主に貴族階級の間で、スクロールに記録されて進化していく近代魔法。

 本来だったら出会うはずのなかった二つの魔法体系が、遠く離れたこの地で交わったのだ。

 そして、二つの魔法の融合に興味を持った一部の魔法使いたちが、三百年ほど前にこの地を訪れていたのだ。


「二つの魔法を組み合わせる鍵となりそうだったのが、今回見つかった古典魔法というわけだ」


 ラーセンが、真ん中にある石碑を見上げて話す。

 学芸員の男が、その話を続けた。

 クロムは、その話を興味深げに聞いている。


「はい。当時の魔法使いたちは、複数の魔法陣を重ねることで、魔法の効果が変えられることを発見していました」

「……」

「しかしまだ当時は、ユニゾン効果やハルモニー効果といった理論は確立しておらず、魔法使いたちは、それぞれ独自に魔法陣の組み合わせを試していたのです」

「研究熱心な魔法使いたちが、いたんですね」

「そうです。しかし残念ながら、完全な組み合わせを発見した魔法使いは、現れませんでした」

「なぜでしょう」

「私は、魔法については全くわからないのですが、ラーセンさんはどう思われますか?」


 学芸員の男が、ラーセンに意見を求める。

 ラーセンは、当時の魔法使いに思いを馳せるように、少し沈黙する。

 そして、自身の考えを語り始める。


「予想でしかないが、単純に難しかったのだろう。何しろ、魔法陣の描き方らして、地面と虚空というように違っていたからな」

「確かに」


 クロムにも、自分の魔法とアンバーの魔法を組み合わせるのが容易でないことは、想像できる。


「しかし」


 ラーセンは、クロムと学芸員の二人を見て、力強く話を続ける。


「この石碑に書かれている魔法陣は、かなり良いところまで辿り着いていたと思う」

「三つの魔法の融合……」

「そうだ。そしてこの石碑の魔法陣を描いた魔法使いは、おそらく我々が手にしている日記を書いた魔法陣と、おそらく同一人物だ」

「すごい……」


 三百年前の魔法使いの足取りが繋がったことに、クロムは思わず感嘆の声をあげた。


「でも、なんでその研究が廃れてしまっちゃったのかしらねえ」


 話を聞いていたオリーブが、疑問を口にする。

 その疑問に、ラーセンはやや自信無さげに頭をかきながら答える。


「これも予想だが、一つは理論が難しすぎて、理解して引き継いてくれる魔法使いがいなかったこと。そしてもう一つは、近代魔法が急激に発展したために、この理論がその影に隠されてしまったこと。その辺りが原因ではないかと思う」

「理論が簡単で、効果の大きい近代魔法が、世の中を席巻してしまったということね」

「そうだ。まあ、近代魔法がこれほど発展したことを考えると、決して悪いことではないんだがな」


 ラーセンは、学芸員の男の方を向くと、その手を握った。


「私も、かつての魔法使いたちと同じく、すべての魔法を統一する理論を探し求めて旅をしている。今回の調査で得られた情報は、旅のゴールにたどり着くために、非常に有用なものだった。感謝する」

「元はと言えば、私が皆さんを見て舞い上がってしまったのが原因なので、今回は申し訳なさがいっぱいだったのですが、そういっていただけると、やや心の支えが取れたような気がします」


 学芸員の男の言葉に、ラーセンはうなずいた。


「そして、もう一つ、この調査で発見が……」


 ラーセンが、さらに続きを話そうとしたところで、向こうからアンバーとヴィルがやってきた。

 ヴィルは相変わらずのイケメンスマイルだが、アンバーは目をキラキラさせてその前を歩いていた。


「クロムさん!」

「アンバーちゃん、その、大丈夫だった?」


 さっきのオリーブの冗談が、完全に冗談とも思えないクロムは、ちょっと心配げにアンバーに声をかける。


「え、大丈夫ってなんのことでしょうか?」

「あ、ああ、なんだろうねぇ、ははは」

「それよりも、ヴィルさんはすごいですよ! 古代魔法の魔法陣を近代魔法のように描くなんて、私には思いもつきませんでした」


 アンバーに大絶賛されたヴィルは、当然というように笑顔を見せる。

 クロムはヴィルに問いかける。


「ヴィルさんは、近代魔法以外の魔法も使えるんですね」

「言ったろう。一通り魔法については習得した、って」

「近代魔法の杖を持っていたので、てっきり近代魔法のことかと」

「魔法は魔法だよ。イケメンは道具を選ばないのさ」

「それにしても、どうやって近代魔法の杖で古代魔法の魔法陣を描くんですか?」

「ふふふ、やっぱりそれを聞いてくるよねえ」


 ヴィルはその質問を予想していたかのように、アンバーをみる。


「はい。すごいです、ヴィルさんの発想は」


 そのあとは、ヴィルから方法を聞いたアンバーが、いつになく饒舌に、その手法について語り始める。

 まずは、手元で古代魔法の魔法陣を描く。しかしその大きさは、オリジナルの古代魔法の魔法陣を縮小したものにする。

 その魔法陣の前に、近代魔法の水魔法を使って水球のようなものを作る。

 準備ができたら、古代魔法を発動させる。

 その時に、魔法陣そのもので魔法を発動させるのではなく、近代魔法のように魔法陣から魔法の効果を出力するようにする。

 出力された魔法は、水球がレンズの役割を果たして拡大され、到達した壁や地面で本来の古代魔法の効果を発動する。

 大雑把にいうと、そのような仕組みらしい。


「理屈はわかりますけど、結構難しいですよね、それは」


 クロムが感心しつつも、疑問を伝える。


「そうだね。拡大しても鮮明な魔法陣となるように、手元で描く魔法陣には、精緻さが求められる。例えれば、麦の実に字を書くようなものかな」

「クロちゃんは、繊細っていうの、苦手そうね」


 ヴィルの説明に、オリーブがツッコミを入れる。


「もう。確かに私は、オリーブさんほど繊細な魔法陣は描けないですよ。でも、練習して絶対描けるようになります」

「期待してるわ。それができないと、私のお仕事になっちゃうからね」


 だんだんと話が雑談になってきたところで、一行は博物館を出ることになった。

 博物館の正面で、ヴィルは懐から二つのものを取り出す。

 まず一つ目を、ラーセンに手渡した。


「これは?」

「これは、今回のトレジャーハンティングの報酬でもらったものの一つ。さっきの博物館での話を聞く限り、どうやらあなたたちに持ってもらったほうが良さそうだと思ったので、お渡しします」


 ラーセンがヴィルから受け取ったとのは、一冊の日誌。

 パラパラと中身を見ると、どうやらそれは魔法使いの日記のようだ。


「ありがたいが、いいのか? 特にこちらから渡せるようなものはないのだが……」

「と言われても、こちらも使い道がない。なので、貸しということで預けても良いだろうか?」

「わかった。しばらく預からせていただく」


 ラーセンは、ヴィルの好意を素直に受け取ることにした。

 そして次にヴィルは、アンバーの元へと移動した。

 アンバーの正面に立つと、跪いてアンバーの首にプレゼントをかける。


「可愛いお嬢さんには、素敵なネックレスを」


 何が起きたか気がつくまで、アンバーは少し時間がかかった。

 そして、気がついた瞬間、大慌てで手を振って遠慮し始める。


「だ、だめです。こんな高価そうなもの。いただけません」

「言ったろう。僕は宝探しに興味はあるが、宝そのものには興味がないって」

「で、でも」

「素敵な魔法を見せてくれた、お礼だと思ってくれればいいよ」


 困り果てて、助けを求めるように振り向くアンバーに、オリーブが笑いながらアドバイスをする。


「もらっちゃいなさいよ。宝石っていうのは、男性から女性に贈られるために存在しているものなのよ」

「じゃ、じゃあ」


 首からかけられたネックレスと、ヴィルの顔を見比べながら、恥ずかしそうにアンバーは答えた。


「そ、それじゃあ、ありがたくいただきます。あ、あの、ありがとうございます」

「受け取ってもらえてよかったよ。僕だと思って大切にしてね」


 アンバーの顔を真っ赤にさせるセリフと共に、ヴィルは去っていった。


「なんていうか、最後までかっこいい人でしたね」

「そうかしら。いけすかない男って感じ」


 クロムとオリーブが、めいめいにヴァルの感想を言い合う。


「しかし、彼のおかげで次の目的地が決まった。我々も出発するか」


 ラーセンの言葉と共に、一行は次の街への旅支度を始める。

 いっしょに準備を始めつつ、ラーセンは去っていくヴィルの背中姿を眺めていた。

 

(彼とは、もう一度会う気がする)


 そんな予感を、ラーセンは感じていたのだった。


これで第6章はおしまいです。そして全体通しても折り返しまできました。

無事にクロムたちが旅を終えられるよう、引き続き頑張っていきます。

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