孤高の魔法使い #5
「ヴィルさん、どうしてここに?」
クロムがジャイアントスコーピオンに注意を払いつつ、ヴィルに尋ねる。
ヴィルは、肩からかけていた大きな袋をジャラリと鳴らすと、少し得意げに説明する。
「言ったろう。領主様に頼まれて宝を探しに来たと。それがこの遺跡だったんだ」
「じゃあ、その中に入っているのは……」
「もちろん、発見した宝物さ。今回は割とあっさり見つかったので、あまり面白い探索ではなかったけどね」
「面白いって……」
「でもよかったよ、物音のする方に来てみて。こういうピンチが、僕の冒険談に彩を添えてくれるはずだ」
クロムは、ピンチを楽しんで飛び込んでくるヴィルの考え方についていけず、一瞬思考が止まる。
そんなクロムの油断に気づいたオリーブが、クロムを諌める。
「ほら、気を抜かない。助っ人が一人増えただけで、状況は変わってないのよ」
「は、はい!」
オリーブが言うように、状況は変わっていない。
それどころか、小型のスコーピオンがわらわらと増えている。
地面だけではなく、壁や天井にも増殖している。
クロムは、ラーセンに声をかける。
「師匠、こんな状況ですが、どうやって切り抜けますか?」
クロムに言われるまでもなく、ラーセンは全体を見渡して作戦を立てていた。
ただ、自身が怪我をして魔法が使えないのと、助っ人で入ってきたヴィルがどれほどの魔法が使えるかがわからないため、役割分担を決めかねていた。
でも、そのあたりは、できるできないを考えつつ、臨機応変に行くしかない。
そう考えをまとめたラーセンは、まずは背後にいるアンバーに指示を出す。
「まずは、小物の動きを止めていこう。ウルフの時に使った魔法は使えるか?」
「はい。ただ、私の魔法だと地面にいるものしか、対象になりません」
「十分だ。早速発動させてほしい」
後方で、かつ他の探索隊のメンバーと同じ安全な場所にいるため、比較的落ち着いてアンバーが答える。
周りに一声かけた後、アンバーは詠唱を開始する。
アンバーを中心に、白い魔法陣が広がり始める。
これで地面を這うスコーピオンの対策はできたと、ラーセンは判断した。
次は、壁や天井を這うスコーピオンの処理だ。
ラーセンは、クロムやオリーブの初級魔法で、それらのスコーピオンを少しずつ払い落としていこうと考えていた。
ちまちまとした作業で時間はかかるが、安全な方法だ。
ジャイアントスコーピオンの動きが気になるが、それは自分が牽制すればいい……
そう思っていたところに、ヴィルが思いもよらない提案をした。
「それって、もしかしてイケイケ魔法かい? なるほどなるほど。そうしたら僕は、壁と天井のスコーピオンたちを担当しよう」
ヴィルは、アンバーが発動し始めた古代魔法が、自分がクロムによって捕縛された魔法であることを見抜いた。
そして手に持った魔法の杖をかざすと、近代魔法のように虚空に、アンバーと同じ生き物の動きを束縛する魔法陣を描き始める。
えっ?! と驚くアンバー。
ラーセンは、ニヤリと小さく笑うと、ヴィルに声をかける。
「さすがは、優秀なトレジャーハンターだ。そうしたらアンバーの魔法陣の発動に合わせて、同じく魔法を発動してほしい」
「心得た」
ヴィルは、三つの古代魔法の魔法陣を描く。それぞれ左右の壁と天井用のものだ。
それぞれの魔法陣が、まるでシャボン玉のように大きく広がっていく。
その背後から、さらに大きなアンバーの魔法陣が広がり、地面をうごめくスコーピオンたちを捉える。
ヴィルの魔法陣に驚きつつも、アンバーは今自分ができることをしようと、冷静に魔法陣を構築し終えた。
そして、ヴィルに向かって合図を出す。
「ヴィルさん、お願いします」
「いつでもどうぞ。ただし、イケメンは捕縛の対象から外しておいてくれよ」
ヴィルの不意の冗談だったが、流石にこの緊迫した状況で吹き出すようなことはなく、アンバーは古代魔法を発動させる。
魔法陣が白く輝き、地面のスコーピオンの動きが止まる。
そしてヴィルも、虚空に描いた古代魔法の魔法陣を発動する。
それらの魔法陣から、白い光が飛び出していく。
左右の壁と天井に到達した光は、到達した壁や天井に生き物の動きを止める魔法陣を、新たに描き出す。
そしてその魔法陣が白く光ると、魔法が発動した。
動きを止められたスコーピオンたちは、ぼたぼたと壁や天井から落ちる。
そして、地面に描かれたアンバーの魔法陣によって、絡め取られることになった。
「さすがは、本物の古代魔法だな。僕の『もどき』とは格が違う」
そういうと、ヴィルは自身の魔法の発動を止めた。
そしてアンバーの方を向くと、親指を立てて素晴らしい、というジェスチャーを送る。
自分の役目を果たせたと思ったアンバーは、ニコリと笑顔を返すと、魔法の杖をしっかりと握り直し、魔法陣を維持し続けた。
良い方向に計画が変わったラーセンは、ジャイアントスコーピオンの動きを見る。
距離の問題か、あるいは他の要因か不明だが、ジャイアントスコーピオンには、アンバーの魔法の効果はあまり出ていない様だった。
しかし周りのスコーピオンが思い通りに動かないせいか、少しずつクロムとオリーブとの距離を詰め始めてきた。
ラーセンは、ヴィルを含む前の三人に指示を出す。
「あとは、ジャイアントスコーピオンだけだ。あれは殻が硬い。なので、土魔法で押し潰すか串刺しにするのが、良いはずだ」
ラーセンの指示を聞いて、クロム、ラーセン、そしてヴィルは互いに互いを見合う。
そして、ジャイアントスコーピオンを牽制しながら、まずはオリーブとヴィルが相談を始める。
「さて、可愛いアンバーちゃんが頑張ってくれているのに、私たちが手をこまねいていていい理由はないわね」
「同感だ。か弱い女の子は助けるものであって、助けられるものではないからな」
「あら、意外と気が合うかも」
「出会いの第一印象が悪いほど、後で仲良くなれるというのが、物語の鉄板だよ」
そんな会話をしつつも、油断なく相手の持つ魔法の杖を見合った二人は、お互いがどのような土魔法を使えるのか、大体把握することができた。
そして、ユニゾン効果を出せそうだという雰囲気も感じとっている。
すると大事なのは、ハルモニー効果を出すための古典魔法。
二人は、チラリと後ろを見る。
そこには、ラーセンの魔法の杖をギュッと握り締め、前を見据えているクロムの姿があった。
少し肩に力が入りすぎているクロムの緊張を解こうと、オリーブとヴィルが変わるがわる声をかける。
「クロちゃん、ちょっと力みすぎよ。ラーセンさんの杖が折れちゃうわ」
「手慣れた近代魔法の方が良ければ、変わるよ。僕、一応古典魔法も使えるから」
クロムは、オリーブのからかいに抗うようにラーセンの魔法の杖を強く握る。
そして、その杖を前に振りかざすと答えた。
「大丈夫です。私は師匠の一番弟子。そして師匠の古典魔法を、誰よりも間近で見てきました。だから、私は誰よりも上手く、師匠の古典魔法を使うことができます!」
そういうとクロムは、魔法の杖に魔力を込め始める。
魔法の杖の先端が光り出し、魔法陣を描く準備が整う。
ラーセンは、そんなクロムを見て、これなら大丈夫だろうと思った。
変に力が入ったり、逆に抜けたりしないよう、言葉に注意しながら指示を出す。
「いい感じだ。そのまま、いつも俺が描いているように、魔法陣を描いていくんだ」
「はい!」
実はクロムは、旅の途中で時々古典魔法の魔法陣を描く練習をしていた。
ラーセンには秘密だったので、自身の魔法の杖を使っていた。
見た目はラーセンが描くものと、同じ魔法陣のはずなのだが、どうにも描きづらい。
魔法陣を構成する線の太さが均一にならず、また魔法陣自体のバランスも崩れてしまった。
しかし今、ラーセンの魔法の杖を使って、そのバランスの良さに、驚きを隠せない。
(師匠の杖は、こんなに使いやすいんだ)
魔法陣を描き終えると、オリーブとヴィルに対して準備ができたという合図を送る。
その合図を聞きつけたオリーブとヴィルは、初級土魔法の魔法陣を描き始める。
ヴィルの魔法陣は、性格に違わずのびのびとした線で描かれる。
その魔法陣に筋を通すように、オリーブの繊細な魔法陣が重なる様に描かれる。
「ほう、面白い。魔法はそんな使い方もできるのか」
「どうも。そちらこそ、本職じゃあないのに、随分と迷いのない魔法陣を描くのね」
「まあ、イケてるのは顔だけじゃないからね」
本人たちは決して認めようとはしないだろうが、似たもの同士が描く魔法陣は、かなりの精度でユニゾン効果が期待できるものになっている。
もちろん、オリーブの師のアルマンドが見出した、整数比の太さを組み合わせた魔法陣だ。
二人はジロッと、ジャイアントスコーピオンを見る。
そして、オリーブがクロムに声をかける。
「クロちゃん、いくわよう」
「いつでもどうぞ!」
クロムの答えとともに、オリーブとヴィルは魔法陣を発動させる。
二つの魔法陣が溶け合い、ユニゾン効果によって大きな魔法陣が描き出される。
さらにクロムが、師匠譲りの魔法の効果を高める魔法陣を重ねる。
ハルモニー効果により、魔法陣が変質する。
そしてその魔法陣から、巨大な土のツララが、幾つも飛び出した。
土のツララは轟音をあげて飛んでいくと、ジャイアントスコーピオンに突き刺さる。
勢いの衰えない土のツララは、ジャイアントスコーピオンもろとも飛んでいき、壁面に突き刺さった。
はりつけになったジャイアントスコーピオンのハサミと尻尾はギチギチと動き、やがて力尽きるように下に垂れ下がった。
「おおー!!」
「やったぞ!」
「助かったぞー!!」
探索隊のメンバーは、初めて見る魔法でジャイアントスコーピオンが倒された様子を見て、歓声を上げる。
ヴィルは片手をあげて、オリーブを見た。
いけすかない相手とユニゾンしたことを素直に喜べないオリーブは、ついと顔を逸らす。
それでも出されたその手を、軽く叩き返す。
パン、といい音が響いた。
「師匠、どうでしたか!」
初めての実践での古典魔法を発動させて、やや緊張気味のクロムが、ラーセンに問いかけた。
「初めてにしては上出来だ」
ラーセンが珍しく素直な感想を述べて、クロムはようやく緊張の糸が解けた。
そんなクロムに、ラーセンが大切なことを伝える。
「さて、まだ一人頑張っている人がいる。もう、魔法を解除しても良いと伝えてきてもらえるか」
そうラーセンが指差した先には、いつ古代魔法を解除したら良いかわからないアンバーが、ギュッと杖を掴んだまま立ちすくんでいた。
「え、あ、大変。アンバーちゃーん。もう終わったから魔法を解除してもいいってー!」
「は、はい。わかりました」
その声を聞いて、アンバーは魔法を解除する。
そして崩れ落ちそうになるアンバーを、駆けつけたクロムがギュッと抱きしめた。
ようやく危険は去ったと判断したラーセンは、辺りを見回した。
すると、古典魔法らしき魔法陣が描かれた石の塊を見つけた。
その紋様を見て、ラーセンは、これこそが博物館の展示で欠けていた石碑だということを直感したのだった。




